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3-1.夜に走る
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しおりを挟む十一月に入り、季節は秋から冬へと近づく。
王輝のドラマ撮影は続いていた。本編とネット配信分の撮影、そして放送に向けての各種媒体の取材、モデルの仕事などで日々を忙しく過ごす。並行して、十二月下旬の舞台出演に向けての稽古が始まり、王輝は家と現場を往復するばかりだった。休みについては、須川はきちんと確保してくれていたが、休みの日は王輝は基本的には家でゆっくりしていた。外出する気力がなかったとも言える。
対して、遼は比較的余裕があるスケジュールだ。日々のボイストレーニングやダンスレッスンがあるのは変わらない。直近に控えた大きなライブやイベントはなく、年末のカウントダウンライブに向けて、少しずつ準備が進み始めたところだった。
セックスをするタイミングは、自然と王輝に委ねられることになる。王輝の忙しさは知っており、セックスをすると負担がかかるのは王輝の身体なので、遼はそれを十分弁えていた。
代わりに予定が合えば、二人でご飯を食べることが多くなった。デリバリーを頼んだり、遼が簡単なものを作ったり、メニューは様々だ。王輝の食生活を見かねた遼が、半ば無理矢理始めたことだが、誰かと食事するのは存外悪くないと王輝は感じ始めていた。
「誕生日、欲しいものある?」
テーブルの向かいに座る遼に尋ねられ、王輝は自分の誕生日が再来週に近づいてきていることに気づいた。
遼の部屋のリビングテーブルで二人は晩ご飯を食べていた。今日のメニューはデリバリーのピザで、王輝のリクエストだった。
「欲しいもの…」
王輝は新しいピザに手を伸ばしながら呟いた。最初は円だったピザが今は半分になっている。そこから一ピースを取り、王輝は一口食べた。
欲しいものと考え、腕時計や冬用のコート、スニーカーなどが思い浮かんだが、それなら自分で買えば済む話だと、王輝は返答に悩んだ。最近は精神的に満たされており、欲が少なくなっていると感じていた。それは遼との関係の賜物でもある。
「今は特にないかも」
「そっか…」
「プレゼントなら、気にしないで。結局俺も佐季に大したものあげてないし」
「ハンカチくれただろ」
「そうだけど、あれは全然そんなんじゃないから」
「プレゼントには変わらない」
譲らない遼に、王輝は「それなら」と話を仕切り直す。
「また温泉行こうぜ。年内は無理かもしれないけど、年明けくらいに。それならいいだろ」
遼は半ば納得していなかったが、王輝が言うならと、引き下がった。それに単純に王輝と旅行に行くことは楽しみだった。
「わかった」
遼が頷くのを見て、王輝は満足そうに笑った。
「あ、そうだ、俺誕生日にやりたいことあって」
王輝の言葉に、遼は身構える。無理難題を言われても、よほどのことでなければ叶えていやりたい。
「ケーキをホールのまま食べるやつ」
無邪気な表情の王輝は「あれ、ずっとやりたかったんだよな」と付け加えた。思わぬ提案に、遼はふっと笑いを吹き出した。
「笑うなよ」
拗ねるようにむくれた王輝に、遼は「ごめん」と笑いながら謝った。
「そんなにおもしろい?佐季だってやってみたいと思ったことあるだろ?」
「ないよ」
「嘘だ、人は誰もが一回は思うんだよ、ホールケーキ食べたいって」
どこからその自信が湧くのかは、遼にはわからなかったが、王輝の可愛らしい願望を叶えてやることにした。
「わかった、付き合うよ」
「ほんと?!あ、俺が食べられなかったら、佐季も食べろよ」
「俺?」
急に矛先が自らに向き、遼は驚く。甘いものは嫌いではないが、そんなにたくさんは食べられない。
「できるだけ手伝うよ」
「よし、決まり!」
王輝は楽しげに笑い、手に持っていた残りのピザを口へ運んだ。美味しそうにピザを頬張る王輝を、遼は微笑ましく見ていた。
王輝へ誕生日プレゼントを買おうとした遼だが、王輝の趣味嗜好にそこまで詳しくなく、困っていたのだった。結局王輝の欲しいものはわからなかったが、やりたいことをやることになったので、遼は一安心した。
食事を終えた二人は、お互いのスケジュールを確認した。偶然にも王輝の誕生日当日が二人とも空いていたため、その日にケーキを食べることを決めた。
「せっかくだし、ケーキ以外も準備する?料理とかお酒とか。遅くなったけど、佐季の誕生日も一緒に祝おうぜ」
王輝の提案に、遼は賛成し、二人の誕生日パーティーの開催が決まった。
王輝は芸能界に入ってからの誕生日を思い返す。仕事現場で祝ってもらったり、須川からプレゼントをもらったりはあったが、プライベートで誕生日を他人と過ごすことは久しぶりだった。料理は王輝、ケーキは遼が手配することを決め、この日はセックスせずに解散となった。
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