お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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2-4.共演

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 撮影二日目は野外での撮影が主だった。天気は晴れで、絶好の撮影日和だ。
 日除けとして建てられたタープテントの中で、王輝はパイプ椅子に座って、撮影待ちをしていた。台本で台詞を再確認しながら、頭の中でシーンを思い浮かべる。次はエキストラを交えた喧嘩のシーンだった。怪我に繋がりかねないので、入念なリハーサルを先ほど終えた。監督や他のスタッフは同じテントの中にいて、慌ただしく撮影準備をしている。
「えー!リョウさんって自炊してるんですか?!」
 脳天気な漠の声が響いた。先ほどまで隣にいたのに、いつの間に移動したのだろうと王輝は周囲に視線を走らせる。テントのすぐ外で、遼と漠が話しているのを発見した。
「料理って言っても、そんなに大したものは作ってないから」
「作るのだけでもすごいですって。俺ロケ弁とかコンビニ弁当ばっかりですよ」
「ちゃんと食べないと、身体悪くするぞ」
「はーい。リョウさんに言われたらやるしかないですね」
 満面の笑顔の漠に、王輝はイラつきを紛らわせるために、大きく息を吐いた。
 漠は時間があれば、BloomDreamの三人に話しかけていた。特に遼に対してべったりと懐いていたが、遼は嫌な顔せず優しく対応していた。それがさらに王輝はイラつかせる。このイラつきが嫉妬だということを王輝は自覚していて、自分の子供っぽさが嫌になった。
 それに、昨日漠が王輝にやたらと絡んできたことが気になっていた。本編の撮影から漠と一緒だが、それまでは無駄に話しかけてこず、最低限の会話だけしかしなかった。そのため昨日の変貌ぶりに気持ち悪さすら覚えたほどだった。漠が何を考えているか理解できなかったが、嫌な予感だけはあった。
「あれ、漠くんって佐季さんと仲良くなったんですか?」
 スーツ姿の須川がテント内にはいってくる。今日は須川が同行していた。隙を見て挨拶周りをする須川に、王輝は相変わらず元気だと感心していた。
 漠のデビュー当時、須川は少しの期間マネージャーをしていた。漠には今は別の専属マネージャーがついている。気弱そうな男性マネージャーだったと王輝は記憶していた。
「今日は朝からずっとあんな感じです」
「漠くんの悪い癖ですね。あとで言い聞かせておきます」
 須川はため息を吐いた。マネージャーをしていたからこそ、漠の媚びを売る癖はよく知っていた。実力はあるのに、それを伸ばそうとしない漠を須川は心配していた。もう担当マネージャーではないので、あまり口出しはしないが、事あるごとに気にかけていた。
「そういえば、ダンスは大丈夫ですか?」
 須川の言葉に王輝は顔を顰めた。
 今回、BloomDreamがゲスト出演するので、特別エンディングが予定されていた。BloomDreamの曲に合わせて、出演者全員でダンスを踊るというものだ。あらかじめ音源とダンス動画はもらっていて、ダンスレッスンは何度か受けた。その後王輝は自主練習を繰り返していたが、普段ダンスを踊る機会がないため難航していた。まだ完璧とは言えないまま、撮影が明日に迫る。今日の空き時間に練習して、仕上げようとは思っていた。
「なんとかします」
「佐季さんに教えてもらったらいいんじゃないですか?」
「それはそうなんですけど……」
 須川が言うことはもっともだ。しかし、王輝は自分の力で乗り越えたいと思っていた。教えてもらうのは簡単だが、今後のためにならない。それに、王輝のプライドが許さず、遼に教えてもらうのには抵抗感があった。
「変に頑固なんですから」
 そこがいいところでもある、と須川は思っていた。一度挑戦するという気概は大事だ。王輝のことだから、明日には仕上げてくると心配はなかった。
「すいません、今ヶ瀬さんお願いしまーす」
 スタッフから声がかかり、王輝は素早く立ち上がった。身体をほぐすように腕を回す。須川は王輝から台本を預かり、不必要だとわかっていながらも声をかけた。
「気をつけてくださいね」
「はい」
 王輝の思考はすでに切り替わり、意識は演技へと集約していく。





「え?二人って同じマンションなんですか?!」
 タクシーの中に、漠の声が響いた。後部座席に遼と漠、助手席に王輝が座ったタクシーは夜の都内を走り抜けていく。
 撮影終わりに、スタッフが送迎用のタクシーを呼んでくれた。BloomDreamの三人も同じタイミングで撮影が終わったので、遼と王輝は乗り合いで帰ることになった。しかし、そこに漠が現れて、途中まで一緒に乗ることになったのだ。カズとタスクは同じマンションなので、二人で一台のタクシーに乗って帰った。
「〇〇駅の近くで降ろしてください」
 王輝を助手席に押しやり、遼の隣に遠慮なく座った漠は、ドライバーに駅名を告げた。撮影場所から遼と王輝のマンションまでの間に、その駅はあったので、途中で寄る形となる。王輝がマンションの大まかな位置をドライバーに伝えると、タクシーは静かに走り出した。
 助手席の王輝は目を瞑った。疲れのせいもあったが、脳内でダンスの振り付けを描いていた。なんとか形にはなりそうだった。そんな時、漠の声が耳に飛び込んできたのだった。
「全然知らなかったです。王輝さん、教えてくださいよ~」
 おもしろがるような口調で絡んできた漠に、王輝は目を瞑ったまま「何で矢内に話さなくちゃいけないんだよ」と突き放した。漠は王輝に話しかけておきながらも、王輝の返事には取り合わず、話を進めた。
「いつからですか?」
「今年の一月くらいから、今ヶ瀬が俺の隣に引っ越してきたんだ」
 遼は丁寧に説明する。余計なことを言わなくていいと、王輝は目を開け、バックミラー越しに遼を睨んだ。しかし車内は薄暗く、王輝の視線に遼は気づかなかった。
「隣の部屋だったら、遊び放題ですね。王輝さんの部屋に遊びに行ったりするんですか?」
「まぁ、時々」
「すっげぇ楽しそうですね。いいなぁ、俺も引っ越そうかな。今のところ、狭いし、飽きちゃって」
漠の部屋は都心のデザイナーズマンションだった。内装が気に入っているので、もちろん漠は引越しする気はない。発言に対する遼と王輝の反応を見て楽しんでいるだけだ。
「そろそろ着きますよ」
 ドライバーはそう言うと、車線変更し、車を路肩へと止めた。自動で後部座席のドアが開く。漠は軽快にタクシーから降りた。
「俺はここで失礼します。明日もよろしくお願いしまーす!」
 車内を覗き込んだ漠は、にっこりと笑顔を見せた。遼は笑顔で、王輝はぶっきらぼうな表情で、漠を見送った。
 ドアが閉まったタクシーは車列へと吸い込まれていく。漠はタクシーが見えなくなると、イヤホンを耳につっこみ、スマホを操作する。お気に入りの曲を大音量で聞きながら、マンションへと歩きだした。駅近くの道路は人通りが多いが、一本道を逸れると静かになる。スマホでデリバリーサービスの晩ご飯を探しながら、昨日と今日はおもしろい二日間だったと反芻する。
 初めてBloomDreamの三人に会って、気取った感じがなかったことに驚いた。あれほど人気であれば、横柄さが滲み出るが、そんな素振りはなく、漠は拍子抜けした。特に遼は業界に擦れているわりに、素直さと優しさを兼ね備えており、なかなかに好印象だった。BloomDreamが好きだと嘘をついたが、実際に興味が湧いていた。
 対して王輝はいつも通りの対応で、絡んだときの王輝の迷惑そうな表情を思い出すと、笑いが湧き上がってくる。露骨に嫌な顔をする王輝は、変に取り繕うよりも信頼できると漠は思っていた。
 二日間だけでは、遼と王輝の関係はわからなかった。漠が遼に懐けば王輝の視線が、王輝に懐けば遼の視線が、痛いほどに飛んできた。友達なのに、余所余所しく振る舞っていて、わざとそうしているように思えた。
 撮影は明日で終わりだ。せっかく見つけた楽しみなのに、残念で仕方ない。しかし、しばらくは王輝との一緒の撮影が続くので、せいぜい王輝で楽しもう。漠は一人微笑みながら、画面に指を滑らせた。


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