お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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2-4.共演

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「本番いきまーす!」
 スタッフの声がスタジオ内に響き渡った。
 教室と廊下を模したセット内、廊下に王輝と遼は対峙している。王輝の後ろには漠が、遼の後ろにはカズとタスクが立っていた。眩いライトとカメラが役者を囲み、セットの外側では監督や他の出演者、大勢のスタッフが見守っていた。
 撮影するのは、王輝が演じるキャラクターのスピンオフの回。原作では触れられなかったキャラクターの過去を掘り下げ、暗い展開がありつつも、笑いあふれるストーリーになっていた。遼たちは王輝の昔の友達という設定で、他校から王輝の高校に乗り込んできた。一触即発というシーンの撮影だった。
 遼は緊張していた。読み合わせはしているが、王輝と対面して演技することは初めてだ。対峙する王輝の纏う空気は普段とは明らかに違う。王輝の後ろにいる漠も同じで、先程とはうってかわって鋭い目つきで遼たちを睨んでいた。
「さん、にー…」
 スタッフのカウントダウンで撮影がスタートする。台詞は遼からだった。
『お前が裏切ったんだろ』
 遼の声は低く響いた。続いて、王輝の台詞、そして王輝が遼の胸ぐらを掴み啖呵を切る、という流れだ。
『俺は信じてたんだぞ!』
 王輝が発したのは台本通りの台詞だった。しかし、そこに王輝の演じる感情が乗り、遼にぶつかってきた。鳥肌が立つ。遼は一気に王輝の演技に引き込まれた。
『なんとか言えよ』
 王輝が大股で遼に近づき、遼の胸ぐらを掴んだ。想像以上に力強く、遼はよろけてしまった。カットの声はかからないため、演技は続行だ。
『俺だって……』
 遼は王輝の目を見ながら、台詞を溜める。
『俺だって、信じてたのに……』
 遼の台詞に対して、王輝の綺麗な顔に憎悪が歪み、驚き、怒り、悲しみ、戸惑いが滲む。そして、瞳に涙が光った。涙を隠すように、王輝は顔を伏せ、遼から手を離した。解放された遼は軽く咳き込み、襟元を整える。
『くそっ!』
 王輝は廊下に置いてあるゴミ箱を蹴り上げた。ゴミ箱は派手な音を立てて飛んでいき、遼たちの足元にゴミが散らばる。遼は心中驚いたが、微動だにしない演技をしなければならず、腹に力をいれて我慢した。遼と王輝は再び対峙して睨みあう。数秒の間、カメラがじっと二人の表情を捉えた。
「はい、オッケーです!」
 カットの声がかかり、現場の緊張の糸が緩む。
 遼は大きく息を吐いた。王輝も同じように息を吐き、険しい表情を緩め、監督に声をかけた。
「すいません、佐季さんのボタン飛んだんですけど、大丈夫でした?」
 王輝の言葉で、遼は詰襟のボタンを確認する。確かに一番上のボタンがなくなっていた。王輝が掴みかかった時に取れたが、遼は全く気付いていなかった。
「あー、ちょっと待って、確認するから」
 監督である四十代の男性は、モニターと睨めっこする。スピンオフの監督は、本編の監督とは違い、全十話を数人で割り振って担当する予定だった。監督によって特色があり、きっちり台本通りに撮る監督もいれば、ハプニングをスパイスとして良しとする監督もいる。今回の監督に撮ってもらうのは初めてだったので、王輝は念のため確認した。あとで撮り直しと言われるのも面倒だからだ。
「おっけー!勢いあっていいよ。次は、えっと、シーン21いきまーす!」
 監督の声で、スタッフが慌ただしく動き始める。わらわらとセットの中に集まってきたスタッフは、床に散乱したゴミを片付け始めた。ゴミの真っ只中に立っていた遼は、足元に落ちていたゴミを拾おうとして、スタッフに慌てて止められた。
「リョウ、次こっちだって」
 タスクに呼ばれ、遼は隣接する教室のセットに移動する。生徒役のエキストラが数人合流した。
 遼の元にすぐに衣装担当のスタッフが来て、制服を脱ぐように促した。ボタンのあたりをぱっと確認して「すぐ縫い直します」と持っていった。遼はワイシャツだけ着ている状態になる。制服の手直しが終わるまで、撮影は小休止となった。
 教室のセットには、机が規則正しく並んでいる。王輝は隙間を縫うように移動して、遼に近づいた。
「さっき首苦しくなかった?」
「大丈夫。でも、力強くて驚いた」
「ちょっと転びそうになってたよな」
 けらけらと笑う王輝は、演技中とは全く違う。遼はついさっきまでの王輝の表情が頭の中にちらついて、到底同一人物とは思えないと感心した。
「さっきの王輝くん、すっごい迫力あってびっくりした!」
 遼の隣にいたカズは興奮と驚きが混ざった顔をした。タスクは「僕らはまだまだ演技の勉強をしないといけないね」と自らの演技の未熟さを嘆いた。
「俺なんか全然。もっとすごい人はいるから」
 王輝は褒められて悪い気はしなかったが、褒められるほどの演技はではないと慌てる。仕事で様々な俳優と共演するが、その度に実力不足を痛感する。尊敬の眼差しに、王輝は困った表情を見せた。
 和気あいあいと話すBloomDreamの三人と王輝を、少し離れたところで漠は見ていた。
 おもしろくない。漠は小さく舌打ちした。せっかくBloomDreamの三人と仲良くなるチャンスだったのに、王輝ばかり構われている。今日を含め三日間で、もう少し親しくなりたいし、あわよくば連絡先を交換したい。そうすればBloomDreamの人気を利用して、もっと知名度を上げることができる。今の時代バズればいいのだ。さっきの写真は今後SNSにあげようと企んでいた。
 それに、王輝に対する嫉妬も募っていく。ドラマ撮影で、王輝と一緒に撮影する日々が続いているが、やはり俳優としての実力は王輝の方が上だと実感していた。
 漠は王輝より半年遅くデビューした。漠がデビューした当時、容姿から二人とも王子様系としてもてはやされたが、いつしか王輝だけ演技派という肩書きを手に入れた。
 悔しいという気持ちはあるが、漠は自分の実力を見切っていたので、演技についてはこれ以上追求しないことに決めた。その代わり、小判鮫のように他人の人気に乗っかったり、SNSでの活動に力を入れたりすることにしたのだ。今のやり方について、漠はつまらないと感じているが、実際に王輝より人気がでて、仕事もあるため、しばらくはこのまま続けるつもりだった。
 漠はイタズラ心が芽生え、静かに王輝に近づいた。
「おーきさん、何の話してるんですか!」
 話しかけながら、漠は王輝の背に抱きつく。王輝は勢いで前に倒れそうになる。
「矢内、危ないだろ」
 むっとした表情の王輝が振り返る。王輝に嫌われていることはわかっていたので、漠は気にしなかった。
 それよりも、一瞬飛んできた遼の強い視線のほうが気になった。遼は何事もなかったようにすぐに目を逸らしたが、漠はじっと遼の表情を見つめる。遼の精悍な顔つきに、動揺が浮かぶ。他人の表情を常に読んでいる漠は、何かあると勘づいた。
「おい、さっさと降りろって」
 王輝に叱られたので、「はーい、すいませんでした」と漠は投げやりに謝り、王輝から離れる。ちょうどスタッフが遼の制服を持って戻ってきたため、撮影が再開となる。
 退屈な撮影が一気に楽しくなる予感がして、漠は心の中でほくそ笑んだ。



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