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2-3.湯煙る二人
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しおりを挟む買い物と散策を終えた二人は、疲れた身体で旅館に戻ってきた。途中のコンビニで酒とつまみを調達するのも忘れなかった。
部屋の準備ができていたため、仲居に部屋へと案内される。エレベーターで上階にあがり、廊下を歩いて着いたのは、三階の一番奥の部屋だった。
部屋に入った二人は、踏込から続く和室へと足を進めた。和室には座卓と座椅子があり、壁に沿って大きなテレビが設置されていた。茶の間には掛け軸と生け花が飾ってあり、部屋を彩っている。仲居に促されて二人は座椅子に座る。預けた荷物は和室の端に運ばれていた。
仲居から旅館の案内、温泉や食事の説明があり、二人は頷きながら聞く。部屋に専用露店風呂がある説明されたとき、王輝は目を輝かせた。
「どうぞごゆっくり。何かありましたら、内線でお呼び下さい」
丁寧にお辞儀をした仲居が部屋からでていくと、二人はマスクを外し、どっと息を吐いた。
王輝は素早く立ちあがり、部屋を物色することにする。和室には広縁が接しており、小さなテーブルと二脚の椅子が置かれ、窓からは明るい光が差しこんでいた。和室の奥は寝室で、和モダンな内装の部屋にベッドが二つ並んでいる。寝室の隣にトイレや風呂があり、寝室のガラス扉越しに直接露天風呂に行けるようになっていた。露天風呂からは山々の景色が見渡せ、自然を感じることができた。
部屋を全て見てきた王輝は、座椅子には座らず、和室の畳に大きく寝転んだ。疲れが身体にのしかかるが、この後温泉に入れると思えば気にならなかった。
「めちゃくちゃいい部屋じゃん。いつもこんなところに泊ってんの?」
王輝は座卓にあったポットと急須でお茶を入れている遼に尋ねた。Bloom Dreamの人気を考えると、このレベルの旅館に泊まっていても変ではない。
「そんなことない。俺も初めてだし、びっくりしてる」
Bloom Dreamが仕事で地方に行くときは、ほとんどビジネスホテルだった。たまに旅館に泊まることはあるが、一人部屋のこじんまりとした部屋で過ごす。今まで宿泊してきた場所に文句はなく、メンバー三人ともが眠れればいいと言う感覚の持ち主だった。
遼は物珍しさでぐるりと部屋を見まわした後「お茶できたぞ」と王輝に声をかけた。起き上がってきた王輝は、熱い緑茶が入った湯のみを受け取った。
「ご飯までに大浴場行く?」
「うん。とりあえず温泉入りたい」
王輝は遼の質問に答えながら、緑茶を一口飲む。普段は飲む機会が少ない緑茶だが、すっきりとした味わいで美味しい。座卓の対面で、遼も同じように緑茶を飲んでいた。日々慌ただしく過ごす二人は、少しの間のんびりとした時間を過ごした。
二人は着替え用の浴衣を持って、大浴場へと移動した。広い脱衣場は脱衣籠が設置してあり、二人は隣あった籠に荷物を置いた。他の籠が使われている形跡はなく、今は二人の貸切の様子だった。
遼は服を脱ごうとして、手を止めた。あれだけ裸を見せ合っているのに、なぜか気恥ずかしい。一ヶ月以上セックスをしていないので、裸を見るのが久しぶりだからかもしれない。そんな遼を余所目に、王輝はあっという間に服を脱いだ。
「適当に入ってるから、佐季は自分のペースで入れよ」
そう言うと、すたすたと浴場へと歩いていった。一人残された遼は、変に意識していたことを恥ずかしく感じる。一緒に入りたかったと思いつつ、王輝の言う通り、それぞれのペースで入る方がいいこともわかっていた。せっかくの温泉だから、のんびり入ろうと決めた。
大浴場には温泉がいくつかあり、内風呂の他に、露天風呂やサウナ、水風呂があった。
王輝は一人で露天風呂を楽しんでいた。身体を綺麗にし、いくつか内風呂に浸かった後だったので、頬はうっすらと赤い。露天風呂は緑に囲まれ、涼しい風が心地よく吹きぬけた。日頃の喧騒が嘘みたいに静かで、ずっとこのまま過ごせたらいいのにと思ったのは一瞬で、すぐに飽きることはわかっていた。結局は無いものねだりなのだ。
王輝のため息は、秋風に流される。自分のペースで温泉に入りたいのは確かだったが、遼を意識していたからでもあった。変だと思われなかったかと心配になる。遼がいる内風呂の様子は露天風呂からは見えなかった。
温泉に浸かり続けていた王輝の身体に異変が起こったのは、しばらくしてからだった。すっかり温まった身体は、頬が熱く、鼓動がどきどきと跳ねていた。長湯してのぼせたかもしれないと、王輝はゆっくり立ち上がり、風呂から出た。頭がくらくらすると思いながら、室内へと戻る。
内風呂に遼の姿を見つけ、王輝は声をかけた。
「佐季、俺先上がるから、ちょっとのぼせたかも」
「大丈夫?部屋までついて行こうか?」
「いいよ、休めば治ると思うから」
湯気で遼の表情はぼやける。王輝は重い頭を気にかけながら、脱衣場に足を向けた。
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