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2-3.湯煙る二人
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しおりを挟む「いただきます」
王輝の目の前には、小さなガラスの器に盛られた抹茶パフェ。抹茶のソフトクリームに白玉やあんこ、栗が添えられている。王輝がスプーンで一口食べると、抹茶の苦みと甘さが口の中に広がった。
二人は足湯に入りながらくつろげるカフェに来ていた。先ほどまで通りをあちこち歩いて、疲労が溜まっていた二人にはぴったりだった。横に並びあって座った二人は、足湯に足をくぐらせる。カフェは温泉街より一段高い位置にあったため、温泉街と山々の緑が一望できた。
「佐季、ちょっとだけちょうだい」
王輝は遼の答えを聞かず、遼が食べていたあんみつをスプーンでひょいっとすくった。あんみつを口に運んだ王輝は、嬉しそうに目を細めた。
先ほどまでの食べ歩きで、王輝に「半分ちょうだい」「ちょっとだけちょうだい」と繰り返されていたので、遼はもう驚かなかった。それにカズにもよく同じことをされてるので、慣れていた。
「あんまり食べ過ぎたら、晩ご飯食べれないぞ」
「大丈夫だって。甘いものは別腹」
パフェをぱくぱくと食べながら、王輝は足湯の中で足をゆらゆらと動かした。温泉まんじゅうや地鶏の焼き鳥、焼き立てのせんべいや温泉たまごなどを食べたが、まだまだ食べられそうだった。しかし遼に言うことも確かで、あとは散策するだけにしようと王輝は決めた。
ふと視線を感じた王輝が隣を見ると、遼と目が合った。もしかしてと思い「あ、これ食べる?」と抹茶パフェの器を差し出し王輝は尋ねたが、遼は首を横に振った。遼の前に置いてあるあんみつはまだ半分ほど残っていた。
「お腹いっぱい?」
「そうじゃなくて、人が食べてるところ見ると満足しちゃって。カズとタスクが結構食べるから、そのせいかも」
この前の焼肉パーティーでの様子を王輝は思い出していた。カズもタスクも食欲旺盛で、見ているだけで満足する遼の気持ちがなんとなくわかった。
「待って、今ヶ瀬、服汚れそう」
王輝のスプーンからソフトクリームの滴が机に落ちると、遼が手早く紙ナプキンで机を拭いた。
「ごめん、ありがとう。佐季って面倒見いいよな。あ、妹いるから?」
「どうだろ?メンバーにはお母さんみたいって言われる」
「あー、それはわかるかも」
セフレ関係を始めてから、遼に世話を焼かれている王輝は身に染みていた。
「うざがられることも多いから、あんまり世話焼かないようにしようと思ってるんだけど」
「別にいいんじゃない?俺は佐季のそういうところ、す……いい、と思う」
王輝は好きと言いかけて、慌てて言い直した。しかし、意識し過ぎたとすぐに後悔する。遼を見ると、何もなかったように、あんみつを口に運んでいた。
「これ食べたら、他に店見てもいい?須川さんにお土産買いたいし」
通りに可愛らしい雑貨屋があったので、そこに行きたかったのは本当だが、話を変えたいという気持ちもあった。
遼が頷くのを確認して、王輝はソフトクリームを大きく掬って食べた。足湯のおかげで下半身はポカポカして暑いくらいだから、ソフトクリームの冷たさが心地よく沁みた。
カフェを後にした二人は、再び通りをぶらぶらと歩いた。昼頃より観光客は増え、食べ歩きを満喫したり、浴衣姿で温泉巡りしたりと、行き交う人々は皆楽しそうだ。すれ違う観光客の中には、二人の正体に気づく人もいたが、眼福とばかりに見つめるだけに留めた。
王輝が目星をつけていた雑貨屋は、土産物や地元の特産品を使った手作りの品物、レトロモダンな雑貨などを置いてある店だった。遼は岸とメンバーに、王輝は須川に、それぞれ土産を探していた。
遼は土産を探しながら、先ほどの王輝の発言を思い返していた。わざわざ言い直した言葉を想像して、胸がざわつく。あの時はどうしていいかわからず、何も言わなかった。王輝のことだから割り切っていると思ったが、どうやら違うらしい。もし、自分が同じように好きと告白したら、王輝はどういう反応をするだろう。できもしない妄想をして、遼はため息をついた。
「佐季、いいのあった?」
王輝に声をかけられて、遼は我に返る。
「いろいろあって悩んでる。今ヶ瀬は?」
「俺も何がいいかわかんなくて。お菓子が一番気楽かも」
「確かに」
談笑しながら二人は店内を歩く。王輝が目に留めたのは、優しい色合いのタオルハンカチだった。淡い黄色や赤、紫など様々な色があり、説明には地元の野菜で染めた草木染めと書いてあった。淡い色合いが須川らしく、ハンカチなら普段使えるので、嫌がられないだろうと王輝は思った。
「須川さんへのお土産にいいんじゃない?」
「あ、佐季もそう思う?じゃあこれにしよ」
遼が賛同してくれたので、須川への土産はタオルハンカチに決まった。須川の雰囲気に合いそうな色を探していると、遼が話し始めた。
「この前、誕生日プレゼントに岸さんからネクタイもらったんだけど、使う機会がなくて困ってて。ハンカチなら使え」
「誕生日?誰の?」
聞き流せない言葉が聞こえ、王輝は遼の言葉を遮って尋ねた。
「誰のって、俺の…」
「え、誕生日いつ?」
「八月九日だけど」
遼の誕生が一ヶ月以上前に過ぎていたことに、王輝はがっくりと肩を落とした。セフレ関係でも、せめて誕生日くらいは祝わせて欲しかった。盛大に祝うことはできなくても、プレゼントをあげたり、何か奢ったり、普段のお礼をしたかったのだ。王輝は遼に恨めしそうな視線を向ける。「なんか、ごめん」と遼は思わず謝った。
「今度ちゃんと祝うから、今日はこれでいい?」
王輝は薄黄色のタオルハンカチを指さした。Bloom Dreamの遼の担当カラーは黄色だったからだ。
「いいよ、そんなの。悪いし」
「俺がよくないんだって。あ、もしかして黄色が嫌だったりする?でも佐季って黄色ってイメージが強くて…」
「今ヶ瀬が選んでくれたなら、黄色がいい」
食い気味に主張した遼に、王輝のほうが後ずさる。バングルもそうだが、王輝が選んでくれること自体が遼にとっては嬉しかった。
「じゃあ会計してくるから、ちょっと待ってて」
須川には薄い赤色のタオルハンカチを選んだ王輝は、レジへと向かった。二枚ともプレゼント用に包んでもらう。来年は当日にちゃんと祝いたいと思ったが、来年も遼との関係が続いてる保証はない。王輝はひとり寂しくなった。
王輝が会計をしている間に、遼は店内をぐるりと周った。そして、メンバーには菓子を、岸には地元の野菜を使った漬物を選び、会計を済ませた。あとで王輝の誕生日を聞こうと決めた。
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