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2-1.好きにして
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しおりを挟む見慣れた遼の部屋のドアの前で、王輝は緊張を落ち着けるために深呼吸した。今日はBloom Dreamの三人と王輝の焼肉パーティーの日だった。以前から遼を通じてご飯を食べたいとカズが希望していることは聞いていた。それが念願叶ったのと、遼が演技を教えてくれたお礼だということで、王輝は手ぶらだった。ここまで来て、何か持ってきたらよかったと後悔したが、冷蔵庫の中には卵くらいしかないので諦めた。
王輝にとって、遼以外と食事をするのは久しぶりだった。仕事の付き合いでは多いが、プライベートで食事をする機会はほとんどない。学生時代の友達と疎遠になった今、どうしても仕事を通じて出会うことが多くなり、プライベートだとわかっていても、仕事の延長線上の感覚になってしまう。距離感がよくわからないのだ。なので今日はどうなるか不安だった。
王輝は覚悟を決めチャイムを鳴らす。数秒後に勢いよくドアが開いた。そこにいたのは遼ではなく、カズだった。
「王輝くん、いらっしゃい。入って入って」
王輝の顔を見たカズは、満面の笑みを浮かべた。
「こんばんは、お邪魔します」
いつもは勝手に鍵を開けて、ずかずかと入る王輝だが、遠慮がちに玄関に足を踏み入れた。ここへ来るのは数えるほどしかないというように、よそよそしさを演じる。
「もう準備できてるから、早く早く」
カズに片手を掴まれ、部屋の中へと引っ張られる。慌てて脱いだサンダルがひっくり返ってしまったが、それを整える時間はなかった。ぐいぐいと王輝の腕を引いて、カズはリビングへと進む。リビングまでの短い距離の間に「そのTシャツかっこいいね」とカズに褒められた。毎度感じるがパーソナルスペースが狭い。カズとはテレビ局などで数回顔を合わせた程度だが、いつのまにか距離感を詰めてくる。人懐っこい性格と可愛げのある容貌のせいか、嫌な気がしない。遼とは正反対だと、王輝は可笑しくなる。
カズに導かれ、リビングに着くと、いい匂いが鼻をくすぐった。リビング中央のソファは移動し、代わりにローテーブルが置かれていた。ローテーブルの上にはホットプレートがあり、肉や野菜が載っていた。テーブルを囲んで遼とタスクが座っている。煙を逃す為に、ベランダに続く窓は開けられていて、やや蒸し暑い。
「あー!もう食べてる!」
「まだ食べてない、焼いてるだけ。もうできるから早く座れ」
遼はトングでせっせと肉と野菜を焼きながら、カズと会話をする。このメンバーならきっと遼が仕切ると想像していた王輝だが、想像通りだったと心のなかで笑った。
「今ヶ瀬、タスクの横空いてるから、そこ座って」
遼に促され、王輝はタスクの隣に座った。机の上には皿と箸と空のコップが用意されていた。
「こんばんは」
タスクが王輝に挨拶した。王輝は「こんばんは」と返す。いつ見ても綺麗な顔をしていると王輝は思った。タスクとは話したことがないため、クールなイメージを抱いており、隣に座るの少し緊張した。
「お酒飲みます?お茶もありますけど」
タスクに尋ねられる。どちらでもよかったので、王輝は遼がどうしているのかを確認した。この場で、成人しているのは王輝と遼だけだ。
「佐季は?酒飲んでる?」
「飲んでない。俺はいいから、今ヶ瀬飲めよ」
「それなら俺もいいや。お茶もらってもいい?」
王輝の答えを聞き、タスクはテーブルに置いてあったペットボトルのお茶をコップに注ぎ、王輝に手渡した。全員がお茶という健全な場になる。
「もうすぐ二十歳だから、そのときはリョウと王輝くんにお酒付き合ってもらおうっと」
カズはあと二週間程で誕生日で、二十歳を迎える。
「焼けたから食べていいぞ」
遼の言葉を合図に、カズが素早い動きで肉を皿に取る。「いただきまーす!」と嬉しそうに肉を頬張った。
「今ヶ瀬、皿貸して。タスクも」
王輝とタスクが遼に皿を渡すと、肉と野菜がバランスよくのせられた皿が返ってきた。
遼は肉ばかり食べているカズに「野菜取ってないだろ。皿貸せ」とトングで掴んだ野菜を差し出した。逃げるように身体を引いたカズは「やだ」と返す。「子供じゃないんだから、野菜くらい食べなよ」と今度はタスクが呆れた顔をした。王輝は三人のやりとりが可笑しくて、思わず笑いを吹きだしてしまった。
「今ヶ瀬さんに笑われてるよ、カズ」
「え、俺?嘘、なんで?違うよね? 」
「どうした、今ヶ瀬」
三人が心配そうに王輝を見つめた。王輝は笑いを抑えようと、深呼吸を繰り返し、お茶を一口飲んだ。
「ごめんごめん、仲いいんだなって思って」
基本は一人で活動している王輝は、須川と話すくらいしかないので、三人でワイワイと話しているのを見るのが新鮮だった。少し羨ましく感じる。同じグループに属して、苦楽を共にするというのがどれほどのものかを想像したが、王輝にはよくわからなかった。けれど、自分にはそれが合わないことだけはわかった。
寂し気な表情を垣間見せた王輝に、遼は声をかける。
「今ヶ瀬、冷めるから早く食べたら?」
「あ、そうだ。いただきます」
遼に促され、王輝は綺麗に焼けた肉を口に入れた。柔らかい舌ざわりで、ジューシーさが広がる。焼肉を食べたのなんて久しぶりだと思った。ロケ弁の焼肉弁当は食べ飽きるくらい食べているのに、こうやって目の前で焼いて食べるのは、ここ最近では記憶がない。
「すごいおいしい。これ、もしかして高かったりする?」
「まぁね!今日は俺の奢りだから気にしないで!」
自信満々に言うカズに、タスクが「カズは謙虚さが足りないですよね」と王輝に耳打ちしてきた。だんだんカズとタスクの関係性がわかってきて、能天気なお兄ちゃんとしっかりものの弟みたいだと王輝は思っていた。あとで遼に言ってみよう。
「リョウ、ご飯ある?お腹すいちゃった」
「そう言うと思って炊いてる。炊飯器に入ってるから」
「やったー!ありがとう!」
カズは立ちあがり、キッチンへと歩いていく。焼肉に白ご飯という組み合わせに、王輝は自分には無理だと思った。
「カズ、ちょっとだけ食べたいから、僕の分も持ってきて」
「オッケー」
線が細いタスクも食べることに王輝は驚いた。そう言えばまだ二人は十代だったと思い出した。若さゆえの食欲なのだろう。
「今ヶ瀬は?ご飯どうする?」
「俺はいいよ。佐季こそ食べれば?」
「いや、ご飯は無理だ」
「だよな。若いってすごい」
遼も王輝も若さを語るには、まだまだ若いくらいだが、十代のカズとタスクには敵わないと笑いあった。
「えーなになに。二人ともなんで笑ってるの?」
カズはご飯が入った椀を二つ持って戻ってきた。きょろきょろと遼と王輝の顔を見比べた。先ほどまでの会話が気になっていたカズだが「肉焼けてるぞ」という遼の言葉で、すぐにどうでもよくなってしまったようで、すばやい動きで座った。
この後四人は焼肉を食べながら、ショートムービーの撮影の話や王輝のドラマ撮影の話など、話題は尽きることなく、和気藹々とした雰囲気が続いた。
最初は緊張していた王輝だが、すっかり打ち解けていたし、久しぶりに楽しいと感じていた。
遼は王輝の楽しそうな表情を見て、安心していた。無理に誘ってしまったのではないかと心配していたからだった。カズとタスクも楽しそうだ。遼は嬉しく思いながら、せっせと肉を焼いた。
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