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1-7.仲直り

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 謝るのが遅ければ遅いほど気まずくなるなんてわかっているのに、王輝はタイミングを掴めずに、三日が経った。
 遼に言い放った言葉は我ながらひどいものだったとあの後すぐに反省した。アイドルだからこそ大変なこともあるに決まっている。アイドルと俳優の優劣はつけるものじゃない。
 このまま遼との関係が終わってしまったらどうしようと不安になる。でもセフレなんてそんなものだ、とも思う。王輝には過去に身体だけの関係を持った人が何人かいたが、喧嘩したり嫌だと思ったりすればあっさり関係を切って終わりにしてきた。今回もそれと同じだとわかっていたが、どこか拒否する自分もいて、心の中に戸惑いが生まれていた。
 遼に謝りたいが、踏ん切りがつかない。もう終わりにすればいいが、なぜか終わりにしたくない。自分の中の反する意見に、思わず大きなため息がでた。
「明日ドラマの顔合わせですよ。大丈夫ですか?」
 隣に座る須川に心配される。二人で電車移動している途中だった。基本王輝は電車移動をしている。送迎スタッフがつくほど売れていないし、タクシーを使うほど稼いでいない。急ぎの時やどうしてもという時だけ、タクシーを使うことを許されていた。昼間の電車は空いており、二人はドアの近くに並んで座っていた。
 王輝はマスクと変装用のメガネをかけている。夏場はマスクが苦しいが仕方ない。以前マスクなしで移動していたら、声をかけられたことがあった。それにマスクをしていないと誰かに見られている気がして、王輝自身が落ち着かないこともあり、マスクをつけるのが常だった。
「それは大丈夫です」
「もしかしてオーディション落ちたこと引きずってます?」
「全然。…って言ったら嘘ですけど」
 諏訪のオーディション結果がメールで届いたのは昨日だった。残念な結果に終わったが、王輝の演技に対する諏訪の総評も一緒に送られてきており、諏訪の演技への情熱を感じた。諏訪本人への好感度が少し上がった瞬間でもある。総評には厳しい意見が書いてあったが、成長すればいつか作品に出て欲しいとも書いてあり、相手はお世辞かもしれないが、王輝にはそれが救いの言葉だった。
 表情の浮かない王輝を須川は心配していた。オーディションに落ちたことはショックだろうが、それだけではないはずだ。こちらから聞いた方がいいか悩んでいると、王輝はおずおずと口を開いた。
「ちょっと聞きたいことがあって…」
「私で答えられる範囲なら」
 須川は王輝の次の言葉を待つ。王輝は「友達の話なんだけど」と前置きした。
「喧嘩して謝りたいのに気まずいらしくて…」
 どうにも視線が泳ぐ王輝を見て、須川は友達の話ではないことをすぐに見抜いた。演技は上手いのに、嘘をつくのは下手で、可愛らしいと思う。嘘に気付かないふりをして、須川は答えた。
「それは謝るしかないですね。もちろん今すぐですよ。時間が経つとお互い気まずいですし、もういいかなって気にもなりますし。あと必ず面と向かって謝って下さい」
 須川から返ってきた答えは、至極当たり前の答えだったが、悩んでいる王輝にとっては天啓だった。大きく頷いた後、王輝はすぐにスマホを取り出し、メッセージ画面を開いた。もやもやを抱えたままで、日々を過ごすのは精神的に疲れる。早く謝ってしまおうとメッセージを打ちこむ。
『今日の夜、ちょっと時間取ってもらっていい?』
 一瞬指が止まるが、えいやっと送信した。メッセージが吹き出しにように押し出されていく。王輝は心の中で気合を入れた。
 その様子を須川はにこやかに見守っていた。まさか友達との仲直りについて聞かれるとは思わなかった。今まで仕事については何度も相談されたことはあったが、人間関係についてはからきしなかった。大人びているようで、まだまだ子供だ。須川は嬉しく思いながら、いたずら心で王輝に尋ねた。
「もしかして友達って佐季さんですか?」
「え?!」
 王輝のメガネの奥の瞳が、驚きで見開かれた。予想通りの驚き様に、須川は笑いをこらえきれずクスクスと笑った。最近の王輝の交友関係は、遼がほとんどのようだ。それだけ馬が合うのだろう。
「早く仲直りしてくださいね。」
「ちがっ、佐季じゃないですって」
 慌てる王輝が可笑しくて、須川はまたクスクスと笑った。
 二人を乗せた電車は速度を落とす。車掌が駅への到着のアナウンスをする。須川は「降りますよ」と王輝に声をかけた。
「違いますからね」
「はいはい。わかりました。ほら、仕事ですよ」
 須川は王輝をなだめながら、仕事へと切り替えるよう促した。


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