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1-6.全部忘れさせて

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 寝室に取り残された王輝は、スマホが手元にないことを焦っていた。自分の部屋に置いたままか、もしくは遼の部屋のどこかにあると考えていた。寝室に時計がないため今が何時なのかもわからない。酒を飲み過ぎたせいで、頭が重く、胸には気持ち悪さが広がっていた。二日酔いだと自覚すると、もっと症状がひどくなるように感じた。早くシャワーを浴びてすっきりしたかった。
 遼と岸が寝室の前を通り過ぎた足音が聞こえてからは静かだった。身動きできずに隠れていることに、イライラが募っていく。こっそり部屋のドアを開けて、二人の様子を探ろうと考えついた。部屋の間取りを考えれば、リビングからは寝室のドアは見えないはずだ。
 王輝は寝室のドアに耳を当て、二人の様子を伺うが、何も聞こえない。深呼吸して、ドアノブをゆっくりとおろし、少しだけドアを押した。カチャリと音が鳴り、心臓が跳ねる。
「話…な…すか?」
 遼の声がかすかに聞こえる。そのあと岸の声がするがはっきり聞き取れなかった。王輝と岸は直接話をしたことはなく、お互い姿を見たことがあるくらいの関係だった。
 会話に耳を澄ませるが、よく聞き取れない。途中「今ヶ瀬さん」という自分の名前だけが、王輝の耳に届いた。どうして自分の名前がでるのかわからない。その後も会話を続ける二人だったが、盗み聞きみたいで罪悪感が湧き、王輝はドアから離れ、壁際に膝を抱えて座った。
 しばらくすると、二人の足音が寝室へと近づいてきた。王輝は息を潜めるが、ドアを開けたままであることに気が付く。今から閉めれば余計にバレてしまうと考え、マネージャーが気づかずに通り過ぎるのを祈るしかなかった。
「あ、そうそう、ショートムービーの件だけど」
 今度ははっきり声が聞き取れた。ドアの前で二人は立ち止まったため、王輝は音を立てないように一層注意する。
「諏訪監督の希望で、三人別々に撮ることになったから。スケジュール確認しといてくれ」
 マネージャーの声が続き、その後遼が「はい」と返事をするのが聞こえた。
 王輝の頭の中でショートムービーや諏訪監督という単語が巡る。もしかして、あの諏訪監督に撮ってもらうのだろうか。昨日のオーディションが王輝の脳裏に蘇る。もしそうだったらと心にじわりと妬みが広がり、ぎゅっと手を強く握った。
 玄関のドアが開閉する音がした後、少し経ってから寝室のドアが勢いよく開いた。遼が寝室に入ってきたが、王輝はその場から動けなかった。
 遼は壁際に座りこんでいる王輝の姿を見つけ、駆け寄って傍にしゃがみこんだ。
「今ヶ瀬?体調悪いのか?」
 心配そうに王輝の表情を伺う遼に、王輝は尋ねた。
「さっき言っていた諏訪監督って?」
「え、あぁ……、映画監督の諏訪ユヅル監督だけど…」
 体調が悪いのかと心配した遼だったが、どうやら違うらしい。いつもとは違う王輝の雰囲気に圧された。
「撮ってもらうんだ?」
「うん。あ、これまだ発表前だから、秘密にしといてくれ」
「わかってるよ」
 王輝の口調にとげとげしさを感じ、遼は首を傾げた。何か気に障ることを言ったのかもしれないと会話を反芻するが、検討がつかない。
 王輝は冷静になれと心の中で唱え、自らを落ち着かせようとしていた。遼が諏訪に撮ってもらえることが素直に羨ましく、同時に妬んでしまう。オーディションをくぐり抜けてようやく撮ってもらえる俳優とは違い、遼はこんなにも簡単に撮ってもらえる。それは事務所の力もあるだろうが、要は売れているアイドルだから、演技ができなくても、諏訪に監督を手掛けてもらえるのだ。芸能界とはこういうものだとわかってはいるが、意地汚い嫉妬が、王輝の思考を占拠する。羨ましい、腹が立つ、なんで自分じゃないんだ、どうして遼なんだ、と子供みたいな駄々が次々と浮かんでは消えて、ついには王輝の口から飛びだした。
「いいよな、アイドルは。アイドルってだけで仕事できるんだから」
 言った後、王輝は我に返り、しまったと思った。けれど無残にも言葉は遼に届いてしまう。遼は怒気をはらんだ表情をしていて、何か言おうと口を開けたが、そのまま口を噤んでしまった。王輝は自ら引き起こした状態に居たたまれなくなって、立ちあがり、そのまま玄関へと向かった。遼が追いかけてこないのを確認して、王輝は自分の部屋に逃げ帰った。
 寝室に一人残された遼は、大きくため息を吐いた。感情が揺さぶられ続けて、頭痛がする。今怒っているのか、悲しんでいるのか、遼は自分の感情がわからず、戸惑っていた。何も考えてたくなかった遼は、吸いこまれるようにベッドに倒れこんだ。昨夜のセックスの残り香を感じて、余計に胸がざわついた。

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