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1-6.全部忘れさせて

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 ぼんやりとした意識のなかで、王輝は遼の体温を感じていた。
 オーディションを終えた王輝は、帰りにコンビニで酒を買い込み帰宅した。オーディションは手応えがなかったし、結局Bloom Dreamのライブには間に合わなかった。王輝はほとんどやけくそになっていた。
 普段飲まない酒を一気に摂取したせいで、身体は熱く、頭の中がふわふわとする。自分がなぜ遼の部屋にいるのか王輝は覚えてなかった。
 額にキスをされると、そこから熱が身体に広がっていく感じがした。王輝はもっとキスして欲しいと思ったが、遼は王輝から離れていく。気づいたときには、王輝は遼の身体を押し倒していた。驚いた表情で見上げてくる遼に、王輝はキスを落とす。
「いま、がせ…っん、待て…」
 突然のことで驚いた遼は、キスの合間に制止させようと声を発するが、王輝は止まらなかった。遼の口内へと舌を入れ、じゅっと遼の舌を吸い上げる。びくっと遼の身体が揺れ、王輝は楽しそうの頬を緩めた。
 王輝の表情を見た遼は、たかが外れ、今度は遼のほうからキスを仕掛ける。二人とも唇をむさぼるように口づけし、ズボン越しに自身を押しつけ合った。
 王輝はやけくそな気分をなぐさめて欲しくて、早く中に挿れて欲しかった。遼から唇を離すと、王輝は身体をずらし、遼のズボンへと手をかけた。ズボンの前をくつろがせ、下着から遼自身を取り出す。ゆるく勃ちあがった遼自身を扱くと、ぐぐっと反りあがり、先走りを零す。いつもより蕩けた王輝の意識は、快楽へと流されていき、そのまま遼のものを口内へと含んだ。遼の匂いが口いっぱいに広がり、唾液が分泌される。王輝は先端の敏感なところを舌で弄び、唾液を絡ませて音を立てながら竿を吸い上げる。上顎が亀頭で擦れ、王輝の背筋にぞくぞくと快感が走った。
「っ、今ヶ瀬…!」
 王輝の思わぬ行動に、遼は慌てて上半身を起こす。この前はゴム越しのフェラだったが、今回は直に粘膜同士が触れ合い、腰が溶けそうに熱い。王輝を引き離すために、王輝の肩に手を置いた遼だったが、ぎゅっと口内で搾りあげられ、手の力が抜ける。じゅぶじゅぶと水音が鳴らせてフェラをする王輝に、遼は抵抗できなかった。生でフェラするのは契約違反だろうかと頭を過った疑問は、すぐに快感に塗り替えられていく。精子がせりあがってくる感覚に、遼は慌てて声をだす。
「離せっ、でるから…っあ…っ……」
 王輝は口を窄めて、遼自身を吸い上げた。我慢できずに王輝の口内へと遼は精を吐き出す。久しぶりの射精に遼は身体が痺れるような感覚と脱力感を味わった。
 遼の精液を口内で受け止めた王輝は、雄臭さにむせかえり、堪らず咳き込んだ。口から白濁が流れ落ち、シーツや遼の下着を濡らす。自分がした行為に、王輝はようやく理解が追い付いた。途端、過去の記憶がフラッシュバック。寒い冬の日、狭い部屋、あいつの暗い瞳、へらへらと笑う顔。胸の底に沈めた記憶が、どんどん浮かび上がってきて、止まらない。閉じ込めた記憶が溢れだした。
「今ヶ瀬、大丈夫か?!」
 遼は慌てて王輝の様子を伺う。苦しそうに咳き込む王輝の背中を撫でながら、口元や顎に付いた精液を手でぬぐった。
「悪い、俺が口の中に出したから…」
「っ、ごめんなさい!」
 遼の言葉を遮ったのは、悲鳴にも近い王輝の声だった。
 謝らなければ殴られると思ったのは、反射的だった。王輝の身体は怖さで震える。今の自分は高校生ではないし、ここはあの部屋ではない。目の前にいるのは遼だ。あいつじゃない。王輝は大丈夫と自らに言い聞かせるが、うまく呼吸ができなくなる。涙が溢れて苦しい。
「ごめ…なさい…っ…」
 王輝はベッドにうずくまった。身体が重くて、動けない。息を吸って吐いて、何度繰り返しても苦しいだけだった。嫌な思い出に、心が押しつぶされる。記憶は完全に消えるわけではなく、過去はなかったことにはならない。
 王輝がこうなったきっかけは遼にはわからなかった。けれど目の前で震える王輝をそのままにしておけない。遼はうずくまって苦しそうにしている王輝の身体を抱き起した。涙を流しながら、荒い息を繰り返す王輝をぎゅっと抱きしめ、落ち着かせようと背中を擦る。
「大丈夫…、大丈夫だから……」
 簡単な言葉しか出てこない自分を遼はふがいなく感じた。王輝が謝っている相手が誰なのか、何を思い出しているのか、遼は想像を巡らせたが、検討がつくはずもない。何も知らない遼は、ただ抱きしめる力を強くするしかなかった。
 遼の腕の中におさまっている王輝は、遼の規則的な鼓動を聞いていた。どく、どく、と低く鳴り続ける拍動に、安心感を覚える。背中に触れる遼の手は大きく、優しい声が頭の上から降ってくる。強く抱きしめられて、温かさに包まれる。ここは大丈夫だと感じると、王輝の涙は止まり、息苦しさは消え去っていた。震えが残る身体を動かし、王輝は顔をあげた。心配そうに見つめる遼と目が合う。優しさの滲むそのまなざしに促され、王輝は縋るように言葉を発した。
「全部忘れたい」
 遼はその言葉の意味を完全には理解できなかった。しかし、王輝の揺れる瞳が、遼が何をするべきかを語っていた。
「全部忘れさせてよ、佐季」
 消えそうな声、そして切実な王輝の心の叫びに、遼の身体は自然と動いていた。王輝の濡れた頬を手で優しく拭い、ゆっくりとキスをする。さきほどの早急なキスとは違い、お互いを求めあうようなキス。角度を変えキスを繰り返しながら、遼は王輝をベッドへと押し倒した。
「今ヶ瀬、全部忘れさせてやる」
 遼は王輝をまっすぐ見つめ、言い聞かせる。全部忘れたいというなら、今は俺だけを見ればいいと遼は思った。
 王輝は同意する代わりに、遼の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。身体の震えは止まっていた。

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