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1-5.それぞれの一夜
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Bloom Dreamのツアー最終日当日。開演三十分前を迎え、ステージ裏では慌ただしくスタッフが行き交っている。客席にはファンが徐々に入場してきており、ライブ前の独特の熱気が溢れていた。チケットは売り切れているため、開演時間には満席になるだろう。
岸は楽屋に向かっていた。マネージャーとしてはライブ当日の仕事量は少なく、現場スタッフのほうが大変だ。すれ違うスタッフたちは岸に頭を下げる時間も惜しいようで、駆け足で通り過ぎていく。
さきほど諏訪のチームから連絡があり、ショートムービーの脚本のデータと絵コンテが送られてきた。内容を軽く確認しただけだが、アイドルのCD特典のわりにはかなり本格的だと岸は感じた。どうやら諏訪自らが撮影チームを組んでくれるようだ。演技にこだわる監督だという話は耳に入ってきていたので、どうなることやらと気が重くなってしまった。諏訪に撮影してもらえることはかなりありがたいし、メンバーにもいい経験と刺激になるだろうとオファーしたが、雲行きが怪しくなってきた。
この話はライブ後にしようと決めて、岸は楽屋のドアをノックし「お疲れ」と言いながら、ドアを開けた。
「あ、岸さんちょうどいいところに!カメラお願いします!」
すでにステージ衣装に着替えていたカズが、足取り軽く岸に近づき、スマホを差し出した。
「カズだけ?遼は?」
「リョウはボーっとしてるから俺だけで」
「全身でいいか?」
カズからスマホを受け取り、カズにスマホを向ける。カズのポーズの変化に合わせてシャッターボタンを押しながら、岸は遼の様子を伺った。楽屋に備えつけられたテレビには客席の様子が映し出されており、ランダムに画角が変わる。遼はそれをじっと見ていた。遼はライブ前は緊張するタイプだが、いつもならカズに付き合って写真くらいは撮っている。不思議に思いながら、岸はカズにスマホを返した。
タスクはイヤホンを付け、スマホで自分のダンス動画を見て、振付を確認していた。集中するタイプのタスクには、あえて声はかけない。タスクなりのルーチンがあるのを岸はわかっていた。
「十分前にステージ袖集合でよろしく」
岸は三人に声だけかけて、楽屋を後にする。遼の様子は気になるが、問題ないだろうと判断した。
「岸さん」
後ろから声をかけられ、振り向くと遼が立っていた。ステージ衣装を身に着け、アップハングにセットされた髪型は、遼のかっこよさをぐっと引き上げる。何か言いたげにしていたので、岸から促した。
「どうした?」
「えっと……、…今ヶ瀬って来てました?」
「……あぁ、今ヶ瀬さん」
遼の口からでた名前に、記憶をたどり、そういえば関係者チケットで来る予定だったと思い出す。
「今すぐにはわからないけど、確認してこようか?」
アナログ的に名簿が受付にあるはずだ。確認すればすぐにわかる。
「あ、いや大丈夫です。ちょっと気になったたけなので……」
言葉に反してがっかりした表情を見せた遼に、岸は思わず驚いた。それほどまでに王輝が来るのを楽しみしていたのだろうか。仲がいいのならメールか何かで確認すれば済む話なのに、と同時に不思議に思いながら、岸は遼の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「他は?気になることは?」
「大丈夫です。忙しいのにすいませんでした」
「気にするなよ。じゃああとで」
「はい」
遼は岸に一礼し、楽屋に戻っていった。
どこか寂しそうな遼の背中を見送り、岸は受付へと足を向けた。
その頃、王輝は会議室の端の席に座り、名前を呼ばれるのを待っていた。諏訪作品のオーディション会場は、都内の映画会社の会議室だった。
「番号を呼ばれたら、隣の部屋に来てください。オーディションの詳細は封筒の中に入っているので、お待ちの間に確認しておいてください」
映画会社のスタッフに「12」と書かれた茶封筒を渡され、案内された会議室に入る。一瞬王輝に視線が集まり、すぐに視線がばらけていく。十人ほどの人がいた。見たことある顔、見たことない顔が半分ずつくらいだった。王輝は空いていた端の席に座り、封筒の中を確認する。今回の作品の概要とオーディション用の短い台本が入っていた。
主役は家族の父親で、その息子役が今回のオーディションで選ばれるようだ。準主役と言っても過言ではない。
諏訪の作品には出たいが、苦手意識がついてしまっており、うまく演技ができるかわからなかった。
「考えて演技してる?何が表現したかったんだ?」
冷ややかな視線と胸に突き刺さった言葉。ワークショップで諏訪の前で初めて演技をしたときに、言われた言葉だった。暗い穴に突き落とされたような気分になった。他の役者もほとんど酷評され、部屋が暗い雰囲気になったことを覚えている。
思わずため息がでた。早くオーディションを終え、Bloom Dreamのライブへ行きたい。やる前から諦めていたら駄目だ。そう思いながら台本を確認し、どうやって演技をするか考え始めた。
岸は楽屋に向かっていた。マネージャーとしてはライブ当日の仕事量は少なく、現場スタッフのほうが大変だ。すれ違うスタッフたちは岸に頭を下げる時間も惜しいようで、駆け足で通り過ぎていく。
さきほど諏訪のチームから連絡があり、ショートムービーの脚本のデータと絵コンテが送られてきた。内容を軽く確認しただけだが、アイドルのCD特典のわりにはかなり本格的だと岸は感じた。どうやら諏訪自らが撮影チームを組んでくれるようだ。演技にこだわる監督だという話は耳に入ってきていたので、どうなることやらと気が重くなってしまった。諏訪に撮影してもらえることはかなりありがたいし、メンバーにもいい経験と刺激になるだろうとオファーしたが、雲行きが怪しくなってきた。
この話はライブ後にしようと決めて、岸は楽屋のドアをノックし「お疲れ」と言いながら、ドアを開けた。
「あ、岸さんちょうどいいところに!カメラお願いします!」
すでにステージ衣装に着替えていたカズが、足取り軽く岸に近づき、スマホを差し出した。
「カズだけ?遼は?」
「リョウはボーっとしてるから俺だけで」
「全身でいいか?」
カズからスマホを受け取り、カズにスマホを向ける。カズのポーズの変化に合わせてシャッターボタンを押しながら、岸は遼の様子を伺った。楽屋に備えつけられたテレビには客席の様子が映し出されており、ランダムに画角が変わる。遼はそれをじっと見ていた。遼はライブ前は緊張するタイプだが、いつもならカズに付き合って写真くらいは撮っている。不思議に思いながら、岸はカズにスマホを返した。
タスクはイヤホンを付け、スマホで自分のダンス動画を見て、振付を確認していた。集中するタイプのタスクには、あえて声はかけない。タスクなりのルーチンがあるのを岸はわかっていた。
「十分前にステージ袖集合でよろしく」
岸は三人に声だけかけて、楽屋を後にする。遼の様子は気になるが、問題ないだろうと判断した。
「岸さん」
後ろから声をかけられ、振り向くと遼が立っていた。ステージ衣装を身に着け、アップハングにセットされた髪型は、遼のかっこよさをぐっと引き上げる。何か言いたげにしていたので、岸から促した。
「どうした?」
「えっと……、…今ヶ瀬って来てました?」
「……あぁ、今ヶ瀬さん」
遼の口からでた名前に、記憶をたどり、そういえば関係者チケットで来る予定だったと思い出す。
「今すぐにはわからないけど、確認してこようか?」
アナログ的に名簿が受付にあるはずだ。確認すればすぐにわかる。
「あ、いや大丈夫です。ちょっと気になったたけなので……」
言葉に反してがっかりした表情を見せた遼に、岸は思わず驚いた。それほどまでに王輝が来るのを楽しみしていたのだろうか。仲がいいのならメールか何かで確認すれば済む話なのに、と同時に不思議に思いながら、岸は遼の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「他は?気になることは?」
「大丈夫です。忙しいのにすいませんでした」
「気にするなよ。じゃああとで」
「はい」
遼は岸に一礼し、楽屋に戻っていった。
どこか寂しそうな遼の背中を見送り、岸は受付へと足を向けた。
その頃、王輝は会議室の端の席に座り、名前を呼ばれるのを待っていた。諏訪作品のオーディション会場は、都内の映画会社の会議室だった。
「番号を呼ばれたら、隣の部屋に来てください。オーディションの詳細は封筒の中に入っているので、お待ちの間に確認しておいてください」
映画会社のスタッフに「12」と書かれた茶封筒を渡され、案内された会議室に入る。一瞬王輝に視線が集まり、すぐに視線がばらけていく。十人ほどの人がいた。見たことある顔、見たことない顔が半分ずつくらいだった。王輝は空いていた端の席に座り、封筒の中を確認する。今回の作品の概要とオーディション用の短い台本が入っていた。
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思わずため息がでた。早くオーディションを終え、Bloom Dreamのライブへ行きたい。やる前から諦めていたら駄目だ。そう思いながら台本を確認し、どうやって演技をするか考え始めた。
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