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1-3.眠れぬ夜に
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しおりを挟む「あー疲れたー」
玄関のドアを閉めて、王輝は大きなため息をついた。暗い部屋にそれが響いて、余計に疲れが増すようだった。
絶賛撮影中の学園ものドラマの宣伝のために、バラエティ番組の収録を終えて帰宅したところだ。笑顔を作っていたから、頬が痛い。自分で頬をふにふにとマッサージしながら、暗い廊下を歩く。電気をつけるのも面倒だった。
さすがにリビングは電気をつけた。しーんと静まり返っているリビングには、待つ人は誰もいない。王輝は荷物を床に置き、そのまま洗面所へと向かう。梅雨の時期に独特の、じめじめとした暑さに、じんわりと汗をかいて気持ち悪い。シャワーを浴びてさっぱりしたかった。
脱いだ服は洗濯機につっこみ、浴室に入る。浴槽にお湯をためるのは面倒だったので、シャワーだけで済ませることにした。遼がいたら、風呂に浸かれだの、夏場でも身体が冷えるだの、小言を言われそうだ。
熱いシャワーを浴びると疲れが流れ落ちる気がした。
それにしても、だ。王輝は一人怒っていた。番宣のために仕方ないとは言え、激辛ラーメンを食べさせられたのが原因だった。主演の、王輝より若くて売れている俳優は、さも当然とばかりに、王輝に罰ゲームを押しつけてきた。テレビ的にはおいしいというのだろうが、王輝にはそんなこと関係ない。いつか俺が売れたら、同じ目に合わせてやると、心に決めた。
王輝は烏の行水のように髪と身体と顔を手早く洗い、浴室をでたが、着替えを持ってくるのを忘れていたことに気づく。タオルで適当に身体を拭き、顔に適当に化粧水を塗った後、裸のまま自室へと着替えを取りに行く。誰も見てないから許されることだ。床が濡れたが、明日の朝には乾くだろうと放置しておく。
ボクサーパンツとスウェットを身に着け、濡れた髪をタオルで拭きながら、寝室へと向かった。途中床に放置していたカバンからスマホを取り出した。
広いベッドに倒れこんだ王輝は、スマホで明日のスケジュールを確認した。電気をつけていない寝室で、スマホの画面が眩しいくらいに光る。頬に濡れた髪が当たって冷たい。お腹はすいてなかったし、激辛ラーメンが腹に溜まっている気がして、気持ち悪さすら感じる。
シーツは柔軟剤のいい匂いがした。広いベッドの隣には誰もいない。王輝は少し寂しく感じた。
遼とはこの一週間会っていない。ツアーがあると言っていたから忙しいのだろう。身体の熱を持て余しているし、日々疲れがたまっていくだけでうまくリセットできていない。無性に話したくなって、スマホを操作するが、すぐに手が止まる。そういえばメッセージでしかやり取りをしたことがない。電話をかけたことも電話で話したこともなく、電話が繋がったところで今何を話したいのか、王輝はわからなかった。
久しぶりに自慰でもしようかと思ったが、あまりにも疲れすぎて動きたくなかったため、すぐに諦めた。
スマホのアラームをセットして、目を瞑った。遼とは明日会う予定になっている。あと少しの辛抱だと王輝は思った。
一方、遼はツアーの地方公演を終えて、ホテルの部屋に戻ってきた。Bloom Dreamにとっては初めて訪れた土地だったが、ライブは大盛況で大成功に終わった。ライブ終わりの反省会では、メンバー三人とも手応えを感じており、このままオーラスまで走りきろうと団結した。
東京に戻るのは明日だったため、郷土料理のお店でメンバーとメインスタッフで細やかな打ち上げをした。ホテルに戻ってきたメンバーは、ホテル最上階の備えつけてある大浴場で身体を休め、それぞれの部屋へと解散した。売れる前は三人一緒の部屋で寝泊まりすることが多かったが、今は三人とも別の部屋だ。遼はそれを寂しく思うときがある。
ゆっくりと湯舟に浸かった遼の身体はぽかぽかしており、空調をつけていない部屋は暑いくらいだった。王輝はきっとシャワーで済ませているんだろうと遼は想像した。
明日は東京に帰るだけなので気が楽だ。午後からはオフになっており、王輝と会う約束をしていた。せっかくだからお土産でも買って帰ろう。遼はそんなことを考えながら、ベッドに身体を沈めた。
ライブ後の疲労感と高揚感が身体を包む。カサカサとしたシーツは肌触りが良いとは言えず、寝心地はいまいちだった。
スマホでアラームをセットし、部屋の電気を消す。目を瞑るが、なかなか寝付けない。ライブの高揚感のせいかもしれない。寝ようとすればするほど目が冴えてしまい、遼は思わず起き上がった。
なんとなくスマホを手に取る。眩しいくらいの画面の光が目に刺さって、思わずスマホを遠ざけた。意味もなく明日の天気予報を確認して、明日が晴れであることを知る。
王輝は何をしているだろうか。遼はふと思った。時刻は二十三時を過ぎているので、おそらく寝ているだろう。
王輝に最後に会ったのは一週間ほど前のことだった。ドラマ撮影が忙しいと言っていたし、舞台稽古が始まるとも言っていた。無理をしていないか心配がつのる。
遼はメッセージの画面を開く。直近でスケジュールが空いている日付と時間を送りあっているメッセージ画面を見て、味気無さを感じた。セフレ関係はバレてはいけないし、もしメッセージ画面が流出したときに、何とでも言い訳ができるように、極力文章は送りあわないことに決めていた。
改めてメッセージ送るとなると、どんなメッセージを送ればいいかわからず、操作する指が止まる。元気?ちゃんと飯食ってる?なんて、送るほどの内容ではない。遼の指は動かないままだった。考えているうちに、画面は勝手に暗くなる。遼はため息をついて、スマホを枕元に置いた。
明日には会うんだから、もう寝てしまおう。遼は雑念を振り飛ばすように、軽く頭を振った。再びベッドに寝転がり、ぎゅっと目を瞑った。
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