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1-1.二人の日常

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 王輝の部屋のキッチンで、遼は朝ご飯を作っていた。
 部屋に戻った遼は手短にシャワーを浴び、ジーンズとTシャツに着替えて、再び王輝の部屋に戻ってきた。寝ぐせがついていた髪は、今は乾かされて、綺麗に整えられている。
 二人はお互いの部屋の鍵を持っている。最初はチャイムを押して開けてもらうという普通の流れだったが、二人とも面倒に感じ始めたのがきっかけだった。セックスはどちらかの部屋でする。セフレ関係、もとい男同士という関係は、スキャンダルになるに決まっているから、部屋が一番安全と考えてのことだった。そもそも鍵を渡すという信頼関係は、セフレの関係よりも上位にあることに、二人は気づいていない。
 綺麗に片付けられた、というかほとんど物がないオープンタイプのキッチンは白色で統一されて、数少ない調味料が隅に追いやられている。遼の部屋と構造は一緒なので、キッチンを使うのに不自由したことはなかった。遼は持ってきたスライスベーコンをキッチンに置き、冷蔵庫の扉を開けた。
「……相変わらず何もないな」
 思わずひとり言を零した遼。無理もない、冷蔵庫には食パンと卵、そして経口ゼリーしか入っていなかった。念のため冷凍庫を開けると、アイスといくつかの冷凍食品があった。王輝は毎日何を食べているのか、もし急に寝込んだら何を食べるのだろうか。遼は心配で仕方ない。
  遼も一人暮らしをしているので、ある程度の料理は作れる。今度料理を作ってもってきてやろうと考えたが、有難迷惑かもしれない。すぐにその考えは捨てた。
パンと卵を拝借して、朝ご飯に使うことにする。パンをトースターにセットし、熱したフライパンにまずは卵を二個落とした。卵を焼いている間に二人分の皿を用意しておく。お湯を沸かすために電気ケトルに水を入れスイッチを入れた。つるりとした目玉焼きが焼きあがると、皿にそれぞれ一つずつ乗せ、次にベーコンを焼く。フライパンの上でじゅうじゅうと音を立てるベーコンが、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「いい匂い。何焼いてんの?」
 気付けば王輝がキッチンに立っていた。濡れた髪をタオルで拭いている。上半身は何も着ておらず、紺色のスウェットだけを身に着けていた。王輝の身体を見た遼は、思わず昨日のセックスを思い出してしまい、心臓がどきっと跳ねた。
「ベーコン。それより危ないから服着ろよ」
 ぱちぱちと油が飛び散っているフライパンに近づこうとする王輝を遼は声で制止した。「はいはい」と返事をして、王輝はキッチンからでていく。昨日は久しぶりのセックスだったため、王輝に負担をかけてしまったことを遼は反省していた。次からは気を付けようと肝に銘じた。
 戻ってきた王輝はちゃんとTシャツを着ており、髪は乾いていた。センターで分けられた前髪のおかげで、形のいい額が見えている。リビングに置かれた大型テレビをつけた王輝は、テンポよくチャンネルを変えていく。静かだった部屋が、テレビの音で一気に騒がしくなる。王輝の部屋はものも少ないし家具も少ないが、テレビは大型で、こだわりのスピーカーを備えつけてある。普段は使っていないが、映画を観るときにスピーカーを使うと全然音が違うらしい。以前に王輝が楽しそうに話していたのを遼は覚えていた。
 こんがり焼けたベーコンを目玉焼きと同じお皿に入れ、キッチンカウンターに置いた。トースターの軽い音が鳴るのと同時に、電気ケトルのお湯が沸く。
「今ヶ瀬、ごめん、パンお願い」
「わかった」
 遼はマグカップにインスタントコーヒーを準備しながら、王輝に指示をだした。王輝はキッチンの中に入ってきて、数少ない食器の中から白い皿を二枚取り出し、きつね色に焼けたパンをのせた。
 マグカップにお湯を注ぐと、コーヒーのいい匂いが辺りに漂う。スプーンでかき混ぜ、キッチンカウンターに置くと、王輝がリビング側から手を伸ばし、リビングテーブルへと運んだ。
「おぉ!カフェのモーニングセットみたい」
 机に並ぶ皿たちに目を輝かせる王輝は、ご機嫌のようだ。
「よく眠れた?」
「うん。めちゃくちゃ寝た」
 にこっと笑顔を見せた王輝。昨日の疲れはでていないようで、遼はほっと胸を撫でおろした。
 リビングテーブルに二人向かい合わせに座り、「いただきます」と声を合わせた。
 王輝はパンに目玉焼きとベーコンをのせて、一口を豪快に頬張った。遼は王輝を見ながらコーヒーを飲み、実家で昔買っていた雑種犬を思い出していた。ご飯を食べるときだけ元気で、あとはいつもボーっとした表情で、寝転んでばかりの犬だった。妹が拾ってきた犬だったのに、世話をするのはいつの間にか遼になっていた。死んでしまってだいぶ経つが、今でもくるりとした瞳と手のひらに感じたごわごわの毛付きは忘れられない。
「佐季、腹減ってないの?」
 気付くと王輝は食べ終わっており、じっと遼を見ていた。遼はまだコーヒーしか飲んでいない。
「食べる?」
「佐季が食べないなら」
「いいよ」
 遼は王輝のほうに、二枚の皿を滑らせた。王輝がこんなに食べることは珍しいので、食べるときに食べておいて欲しかった。芸能界の仕事はアイドルであれ、俳優であれ、とにかく体力がものを言う。エネルギーは蓄えておかないといけない。
「なに?食べないの珍しい。お腹痛いとか?」
「違うって。俺休みだし、あとで適当に食べるから」
「ふーん、適当に、ねぇ」
 言葉尻を捕らえるように王輝は言った。さきほどの遼の言葉を茶化したような口調に、遼は思わず笑いがこぼれて、胸がいっぱいになる。拾った雑種犬が懐いてくれるようになったときの嬉しさと重なる。幸せではないけれど、それに近い何かを感じた瞬間だった。
 王輝は遼の表情を見て、思わず手が止まった。目を細めて微笑み、幸せそうな顔をしていた。世話を焼くのが好きなんだろうか。遼は妹がいるためか、面倒見がかなりいい。セフレ関係になってからすぐにそれわかった。こうやって朝ご飯を作ってくれることもしばしばで、時間があるものなら洗濯や掃除だってやってくれる。世話になるのはまずいとは思っているが、だんだん諦めのほうが強くなってきていた。これ以上甘やかされたらどうなるのだろうと思う。まるで手なずけられているようだ。悔しさをまぎらわせるためにパンをがつがつと食べた。

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