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4.よんかいめ
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「最近仕事ばっかりしてるけど、もしかして別れた?」
最近麻琴の残業時間が増えていることに、野中は気づいていた。
「そういうわけじゃないんですけど、向こうが忙しそうで……」
別れるも何も、まず付き合ってもいない。野中に嘘をついているのが気まずかったが、麻琴は誤魔化しながら答えた。
「連絡くらいしてる?」
「いや、なんか邪魔したくなくて、全然してないです」
「高坂って変に我慢強いよな。もうちょっと自分の意見言ったほうがいいよ」
「え、そうですか?」
「いつもなんか言いたそうにしてるなって、会議の時とか、そわそわしてるだろ」
「そう、ですか」
麻琴は苦笑いをした。意見を出したり、主張したりするのが苦手で、会議で発言する機会は少ない。下っ端だからと遠慮しているのは言い訳だ。
「でも、そうやって我慢するのも 相手のこと好きだからだろ?」
「好き……?」
野中の言葉を鸚鵡返しした麻琴は、首を傾げた。野中は麻琴の反応に、首を傾げ返す。
「いや、好きだから付き合ってて、好きだから相手のこと考えて我慢してるんだろ」
キヨへの気持ちを考えたことがなかった麻琴には、野中の言葉は目から鱗だった。
麻琴の脳内で、今までのキヨとの記憶がフラッシュバックする。かっこよくて、笑う顔は綺麗で、たまに年相応の子供っぽさが見えて、セックスがうまくて、いつも気持ちよくしてくれて、話していて楽しくて、一緒にいても嫌じゃない。こんがらがっていた感情が、全て集約していき、名付けるとしたら、それは至極シンプルな二文字だった。
「好き、かぁ……」
行き着いた答えを確かめるように、麻琴はつぶやいた。首筋や頬がじわりと熱くなり、鼓動がとっとっと跳ねる。好きと言う感情に、戸惑いはあるが、確かであることはわかった。
不意に麻琴のスマホが震える。野中に断りを入れて、スマホを確認すると、キヨからメッセージが届いていた。タイミングの妙に麻琴は驚いたが、メッセージの内容を確認する。
『試験終わった』
端的な内容だったが、麻琴は嬉しくて頬が緩んだ。
「あ、もしかして、連絡来た?」
野中は麻琴の表情の変化に目敏く気づく。麻琴は慌てて表情を引き締めて「いや、まぁ」とあやふやに答えた。
「頑張れよ」
野中の励ましに、麻琴はまたあやふやに「あ、はい」と答えるしかなかった。
駅についた二人は、使用する路線が違うため、それぞれの帰路につく。
一人電車に乗った麻琴は、メッセージ画面を見つめていた。キヨのことを好きだと自覚してしまったため、メッセージを見るだけでにやにやが止まらない。こんな状態で、キヨと会えば、セックスすればどうなるのだろう。想像しようとして、想像できなくて、麻琴はすぐに諦めた。会いたいと逸る気持ちを落ち着けるように、静かに深呼吸した後、麻琴はスマホの画面に指を走らせた。
*
キヨと麻琴が連絡をとってから初めての土曜日、二人は待ち合わせをしていた。先に駅に着いたのは麻琴だ。キヨが改札から出てくる姿を見つけた麻琴が片手を軽く振ると、キヨが気づく。
「ごめん、待った?」
「全然、今着いたとこやから」
一ヶ月ぶりに見るキヨは相変わらずかっこよく、麻琴はドキッとする。キヨも同じで、麻琴の可愛らしさにキュンとしていた。久しぶりに会うせいもあり、お互い照れるように視線を交わした。
「とりあえず行こうよ」
キヨは駅に隣接するショッピングモールへと歩き出した。麻琴はキヨの横に並んで歩く。今日二人はショッピングモール内にある映画館で映画を観る予定だった。
先日、メッセージのやり取りの流れで、映画を観に行くことになったのだ。以前居酒屋で飲んだ際に、お互い映画好きだという共通点があることが判明したことがきっかけだ。
ショッピングモールは混雑していた。家族連れやカップル、若者たちがわいわいと賑やかに行き交う。
「試験どうやった?」
「手応えあるし、大丈夫だと思う」
「よかったやん」
麻琴は当たり障りのない会話をしたが、内心はずっとドキドキしていた。こんな日の高いときに、さらに酒も飲んでない状態で、二人で出歩くことは今までなかったため、まるでデートみたいだと感じていた。所謂「好きぴとデート」状態で、暖房も相まって、麻琴の頬は少し赤い。映画を観た後の予定は決まっていないが、もしかして、とセックスを期待してしまい、麻琴は背筋がぞくりとした。しかし、キヨはいつもと変わらず飄々としているため、不純な気持ちを悟られまいと麻琴は表情を引き締めた。
キヨは隣を歩く麻琴をちらりと見た。ずっとセックスを我慢していたせいと、試験が終わった解放感で、キヨは絶賛ムラムラしていた。映画を観に行きたかったのは本当だが、それだけで終わらせるはずがない。狼が何も知らない羊を狙うように、キヨは麻琴を見つめた。
「おもろかったな」
映画のエンドロールが終わり、劇場内の電灯がつくと、麻琴は興奮気味にキヨに話しかけた。隣の席に座ったキヨは頷くだけだ。そのテンションの低さに、麻琴は尋ねた。
「おもんなかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
キヨの歯切れの悪い回答に、麻琴は首を傾げる。
場内はざわざわと騒がしく、皆口々に映画の感想を言い合っている。八割がた埋まっていた座席は、徐々に人が少なくなっていく。座席に座っているのは、もう二人だけだ。
「どうしたん?しんどい?」
心配になった麻琴は、キヨの表情を覗きこむ。キヨの瞳がゆらりと揺れ、熱っぽく麻琴を見つめた。
「っ、キヨ……」
麻琴はちりりと皮膚が熱くなるのを感じた。キヨに求められているとわかったとき、ぶわっと麻琴の身体を情欲が駆け巡る。
「行こう」
キヨはそれだけ言うと、立ち上がり、麻琴の手を取る。キヨの視線に中てられた麻琴は、何も考えられず、キヨの手に引かれるだけだった。
最近麻琴の残業時間が増えていることに、野中は気づいていた。
「そういうわけじゃないんですけど、向こうが忙しそうで……」
別れるも何も、まず付き合ってもいない。野中に嘘をついているのが気まずかったが、麻琴は誤魔化しながら答えた。
「連絡くらいしてる?」
「いや、なんか邪魔したくなくて、全然してないです」
「高坂って変に我慢強いよな。もうちょっと自分の意見言ったほうがいいよ」
「え、そうですか?」
「いつもなんか言いたそうにしてるなって、会議の時とか、そわそわしてるだろ」
「そう、ですか」
麻琴は苦笑いをした。意見を出したり、主張したりするのが苦手で、会議で発言する機会は少ない。下っ端だからと遠慮しているのは言い訳だ。
「でも、そうやって我慢するのも 相手のこと好きだからだろ?」
「好き……?」
野中の言葉を鸚鵡返しした麻琴は、首を傾げた。野中は麻琴の反応に、首を傾げ返す。
「いや、好きだから付き合ってて、好きだから相手のこと考えて我慢してるんだろ」
キヨへの気持ちを考えたことがなかった麻琴には、野中の言葉は目から鱗だった。
麻琴の脳内で、今までのキヨとの記憶がフラッシュバックする。かっこよくて、笑う顔は綺麗で、たまに年相応の子供っぽさが見えて、セックスがうまくて、いつも気持ちよくしてくれて、話していて楽しくて、一緒にいても嫌じゃない。こんがらがっていた感情が、全て集約していき、名付けるとしたら、それは至極シンプルな二文字だった。
「好き、かぁ……」
行き着いた答えを確かめるように、麻琴はつぶやいた。首筋や頬がじわりと熱くなり、鼓動がとっとっと跳ねる。好きと言う感情に、戸惑いはあるが、確かであることはわかった。
不意に麻琴のスマホが震える。野中に断りを入れて、スマホを確認すると、キヨからメッセージが届いていた。タイミングの妙に麻琴は驚いたが、メッセージの内容を確認する。
『試験終わった』
端的な内容だったが、麻琴は嬉しくて頬が緩んだ。
「あ、もしかして、連絡来た?」
野中は麻琴の表情の変化に目敏く気づく。麻琴は慌てて表情を引き締めて「いや、まぁ」とあやふやに答えた。
「頑張れよ」
野中の励ましに、麻琴はまたあやふやに「あ、はい」と答えるしかなかった。
駅についた二人は、使用する路線が違うため、それぞれの帰路につく。
一人電車に乗った麻琴は、メッセージ画面を見つめていた。キヨのことを好きだと自覚してしまったため、メッセージを見るだけでにやにやが止まらない。こんな状態で、キヨと会えば、セックスすればどうなるのだろう。想像しようとして、想像できなくて、麻琴はすぐに諦めた。会いたいと逸る気持ちを落ち着けるように、静かに深呼吸した後、麻琴はスマホの画面に指を走らせた。
*
キヨと麻琴が連絡をとってから初めての土曜日、二人は待ち合わせをしていた。先に駅に着いたのは麻琴だ。キヨが改札から出てくる姿を見つけた麻琴が片手を軽く振ると、キヨが気づく。
「ごめん、待った?」
「全然、今着いたとこやから」
一ヶ月ぶりに見るキヨは相変わらずかっこよく、麻琴はドキッとする。キヨも同じで、麻琴の可愛らしさにキュンとしていた。久しぶりに会うせいもあり、お互い照れるように視線を交わした。
「とりあえず行こうよ」
キヨは駅に隣接するショッピングモールへと歩き出した。麻琴はキヨの横に並んで歩く。今日二人はショッピングモール内にある映画館で映画を観る予定だった。
先日、メッセージのやり取りの流れで、映画を観に行くことになったのだ。以前居酒屋で飲んだ際に、お互い映画好きだという共通点があることが判明したことがきっかけだ。
ショッピングモールは混雑していた。家族連れやカップル、若者たちがわいわいと賑やかに行き交う。
「試験どうやった?」
「手応えあるし、大丈夫だと思う」
「よかったやん」
麻琴は当たり障りのない会話をしたが、内心はずっとドキドキしていた。こんな日の高いときに、さらに酒も飲んでない状態で、二人で出歩くことは今までなかったため、まるでデートみたいだと感じていた。所謂「好きぴとデート」状態で、暖房も相まって、麻琴の頬は少し赤い。映画を観た後の予定は決まっていないが、もしかして、とセックスを期待してしまい、麻琴は背筋がぞくりとした。しかし、キヨはいつもと変わらず飄々としているため、不純な気持ちを悟られまいと麻琴は表情を引き締めた。
キヨは隣を歩く麻琴をちらりと見た。ずっとセックスを我慢していたせいと、試験が終わった解放感で、キヨは絶賛ムラムラしていた。映画を観に行きたかったのは本当だが、それだけで終わらせるはずがない。狼が何も知らない羊を狙うように、キヨは麻琴を見つめた。
「おもろかったな」
映画のエンドロールが終わり、劇場内の電灯がつくと、麻琴は興奮気味にキヨに話しかけた。隣の席に座ったキヨは頷くだけだ。そのテンションの低さに、麻琴は尋ねた。
「おもんなかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
キヨの歯切れの悪い回答に、麻琴は首を傾げる。
場内はざわざわと騒がしく、皆口々に映画の感想を言い合っている。八割がた埋まっていた座席は、徐々に人が少なくなっていく。座席に座っているのは、もう二人だけだ。
「どうしたん?しんどい?」
心配になった麻琴は、キヨの表情を覗きこむ。キヨの瞳がゆらりと揺れ、熱っぽく麻琴を見つめた。
「っ、キヨ……」
麻琴はちりりと皮膚が熱くなるのを感じた。キヨに求められているとわかったとき、ぶわっと麻琴の身体を情欲が駆け巡る。
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キヨはそれだけ言うと、立ち上がり、麻琴の手を取る。キヨの視線に中てられた麻琴は、何も考えられず、キヨの手に引かれるだけだった。
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