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「がっついてるって言われても、男ならセックスしたいやん」
金曜日、夜のバーで、高坂麻琴(こうさか まこと)はバーテンダーの友人である村上榛(むらかみ はる)に愚痴を吐いた。麻琴はグレーのスーツ、榛は制服である白のシャツに黒いベストを身につけている。
「麻琴、声のボリューム落としてくれ」
榛はカウンター越しにビールを差し出しながら、注意してきた。綺麗なグラスに入ったビールを受け取った麻琴は、半分ほどを一気に飲む。すでに美味しい・美味しくないを超えた次元で酔っており、ただ単にアルコールを摂取しているだけだった。
それもそのはず、麻琴は先ほどまで彼女と食事をしていたが、食事が終わった後にホテルに誘ったら、「いっつもがっついてて嫌。これ以上付き合ってられない」と見事に振られたのだ。全然がっついてないと思っていたが、彼女のほうはそうは思っていなかったらしい。振られた麻琴は、その後バーに直行して、今に至る。
静かなバーで飲んだくれてるのは麻琴くらいだった。薄暗い店内で、間接照明に照らされた着飾った人たちが、談笑している。BGMはジャズで、洒落た雰囲気が漂っていた。
「っつーか、俺以外に友達おらへんの?振られたたんびに来られるの、毎回うざいわ」
榛は声を潜め、関西弁で文句を吐いた。
麻琴と榛は高校と大学が一緒で、二人とも社会人になったタイミングで上京してきたのだ。上京して二年経つのに東京の空気に馴染めない麻琴は、友達と呼べる友達が数少なく、こうして榛のバーに出没するのだった。普段は二人とも標準語だが、二人で話していると関西弁が自然と零れる。
「俺には榛しかおらんねん」
「そんな顔すんなよ、きっしょ」
榛に無下に扱われた麻琴は、グラスに残ったビールを一気に飲んだ。グラスをカウンターに置き「もう一杯」と榛におかわりをせがむ。
「酒はもう終わり。ジンジャーエール飲んどけ。酔っ払いの世話すんの嫌やからな」
空のグラスの変わりに、ジンジャーエールが入ったグラスを渡してきた榛は、別の客を相手にするために、カウンターの中を移動した。ぽつんと一人にされた麻琴は、悲し気にジンジャーエールを飲む。甘い炭酸に、うげっと顔を顰めた。
麻琴はスマホを取り出す。待ち受けの彼女とのツーショットに、ショックが追い打ちをかけてくる。慌てて設定を変え、ネットで検索して見つけた適当な南国の風景を待ち受けにした。画面に表示された時刻は、二十三時を過ぎており、もう終電には間に合わない。明日は仕事は休みなので、マンガ喫茶で時間をつぶして、始発で帰ろうと決めた。
「榛、俺帰るわ」
麻琴は榛に声をかけ、椅子から立ち上がる。足元がふらついて、慌ててカウンターに手をついた。
「お客様、お会計はお済でしょうか?」
接客スマイルの榛が近づいてきたので「今度払うから、つけといて」と軽く手を振った。榛の友達ということで、割安で飲ませてもらっているし、支払いも融通してもらっていた。榛は呆れたようにため息をつき「気ぃつけて帰りや」とだけ言い、仕事に戻っていった。
バーから出ると、十二月の冷たい風が吹き付ける。ビル風で余計に風が強く、麻琴はカバンからマフラーを取り出し、首にぎゅっと巻いた。
金曜の夜の独特の騒がしさの中を歩く。この辺りにマンガ喫茶があったはずと記憶をたどっていると、身体の中の熱が主張し始める。
今頃彼女とセックスしていたはずなのに、と忸怩たる思いだった。いっそ風俗でも行こうかと考えていると、路地から出てきた男性に勢いよくぶつかってしまう。受け身が取れなかった麻琴は、地面に倒れこんだ。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
麻琴が地面の冷たさを味わっていると、男性は手を差し伸べた。麻琴の手を取ると、男性はぐっと手を引く。立ち上がった麻琴は、酔いのせいでふらつき、男性にもたれかかった。ふわりと香水のいい香りが鼻をくすぐる。彼女の香水の匂いはどんな匂いだっただろうと麻琴はぼんやり思い返していた。
「あの、すいません……」
「うわ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたわ」
麻琴は慌てて男性から離れた。男性はぽかんとした表情をしている。見知らぬ男にくっつかれれば、誰でもそうなるだろう。麻琴はすぐに「ほんとにすいません」と謝った。
男性は麻琴より背が高く、すらりと手足が長い。ミディアムヘアの茶髪を耳にかけて、色気がありつつ、爽やかな印象だった。顔は整っており、かっこいい。関西で言うところの「シュっとしている」という身なりだった。東京にはこんなイケメンがほいほいと歩いているんだと麻琴は感動していた。
「関西弁ですか?」
「え?あ、うん。出身が関西やから」
「可愛い」
「は?」
突然の男性の発言に、麻琴は思わず首を傾げた。聞き間違いかもしれない。中肉中背で、黒髪のベリーショート、量販店の安物のスーツを着ているどこにでもいるようなサラリーマンに可愛いと言うなんて、目が腐ってるとしか思えない。麻琴はじりじりと逃げるように後ずさる。
男性は麻琴の全身をじっと見つめる。値踏みされるようで嫌な気分になった麻琴だが、イケメンというだけで、少し許してしまう気持ちもあった。
男性は「うん、なかなかいいんじゃない」と言い、急に麻琴を抱きしめた。男性の腕の中に収まった麻琴は、香水の匂いと人の温かさに包まれ、ほっとすらしていた。振られた後に人肌の温かさが沁みる。
「じゃなくて!!」
麻琴は数秒後に我に返り、男性から離れようとした。が、がっちりと抱き着かれて、身動きが取れない。
「ね、俺と気持ちいいことしようよ」
男性の声が耳朶を打ち、麻琴はぞわぞわと変な感覚に襲われる。このままではいけないと麻琴の頭の中では、警報サイレンが鳴る。
「いやいや、俺男やし、自分も男やし」
「そんなの関係ないって」
「初対面やし」
「その方が都合いいでしょ」
「俺は、もうちょっとお互い知ってからがえぇねん」
「身体は正直なのに?」
男性の太ももがぐいっと麻琴自身を押し上げると、麻琴の口から「あっ」と小さく声が漏れた。
「可愛い」
「ちょお、やめろって」
男性に性器を刺激されて、麻琴自身は否応なく反応してしまう。熱を持て余した身体が誤作動が起こしているだけだと、半ば泣きそうになりながら、麻琴はもがいた。
「これは、さっき彼女に振られて」
「セックスできなかったんだ、かわいそ」
「かわいそう、ちゃうわ…」
麻琴は自分で言っておいて、かわいそうな自分に泣きたくなってきた。何も考えたくない。早くベッドで寝たい。もっと酒を飲みたい。全部忘れたい。セックスしたい。気持ちよくなりたい。麻琴の頭の中で、次々と欲望が渦巻く。
「俺に任せてよ」
顔を上げた麻琴に、イケメンの優しい視線が降りそそぐ。
「気持ちよくしてあげるから、ね?」
イケメンの笑顔と優しい声に促されるように、麻琴は小さく頷いた。
金曜日、夜のバーで、高坂麻琴(こうさか まこと)はバーテンダーの友人である村上榛(むらかみ はる)に愚痴を吐いた。麻琴はグレーのスーツ、榛は制服である白のシャツに黒いベストを身につけている。
「麻琴、声のボリューム落としてくれ」
榛はカウンター越しにビールを差し出しながら、注意してきた。綺麗なグラスに入ったビールを受け取った麻琴は、半分ほどを一気に飲む。すでに美味しい・美味しくないを超えた次元で酔っており、ただ単にアルコールを摂取しているだけだった。
それもそのはず、麻琴は先ほどまで彼女と食事をしていたが、食事が終わった後にホテルに誘ったら、「いっつもがっついてて嫌。これ以上付き合ってられない」と見事に振られたのだ。全然がっついてないと思っていたが、彼女のほうはそうは思っていなかったらしい。振られた麻琴は、その後バーに直行して、今に至る。
静かなバーで飲んだくれてるのは麻琴くらいだった。薄暗い店内で、間接照明に照らされた着飾った人たちが、談笑している。BGMはジャズで、洒落た雰囲気が漂っていた。
「っつーか、俺以外に友達おらへんの?振られたたんびに来られるの、毎回うざいわ」
榛は声を潜め、関西弁で文句を吐いた。
麻琴と榛は高校と大学が一緒で、二人とも社会人になったタイミングで上京してきたのだ。上京して二年経つのに東京の空気に馴染めない麻琴は、友達と呼べる友達が数少なく、こうして榛のバーに出没するのだった。普段は二人とも標準語だが、二人で話していると関西弁が自然と零れる。
「俺には榛しかおらんねん」
「そんな顔すんなよ、きっしょ」
榛に無下に扱われた麻琴は、グラスに残ったビールを一気に飲んだ。グラスをカウンターに置き「もう一杯」と榛におかわりをせがむ。
「酒はもう終わり。ジンジャーエール飲んどけ。酔っ払いの世話すんの嫌やからな」
空のグラスの変わりに、ジンジャーエールが入ったグラスを渡してきた榛は、別の客を相手にするために、カウンターの中を移動した。ぽつんと一人にされた麻琴は、悲し気にジンジャーエールを飲む。甘い炭酸に、うげっと顔を顰めた。
麻琴はスマホを取り出す。待ち受けの彼女とのツーショットに、ショックが追い打ちをかけてくる。慌てて設定を変え、ネットで検索して見つけた適当な南国の風景を待ち受けにした。画面に表示された時刻は、二十三時を過ぎており、もう終電には間に合わない。明日は仕事は休みなので、マンガ喫茶で時間をつぶして、始発で帰ろうと決めた。
「榛、俺帰るわ」
麻琴は榛に声をかけ、椅子から立ち上がる。足元がふらついて、慌ててカウンターに手をついた。
「お客様、お会計はお済でしょうか?」
接客スマイルの榛が近づいてきたので「今度払うから、つけといて」と軽く手を振った。榛の友達ということで、割安で飲ませてもらっているし、支払いも融通してもらっていた。榛は呆れたようにため息をつき「気ぃつけて帰りや」とだけ言い、仕事に戻っていった。
バーから出ると、十二月の冷たい風が吹き付ける。ビル風で余計に風が強く、麻琴はカバンからマフラーを取り出し、首にぎゅっと巻いた。
金曜の夜の独特の騒がしさの中を歩く。この辺りにマンガ喫茶があったはずと記憶をたどっていると、身体の中の熱が主張し始める。
今頃彼女とセックスしていたはずなのに、と忸怩たる思いだった。いっそ風俗でも行こうかと考えていると、路地から出てきた男性に勢いよくぶつかってしまう。受け身が取れなかった麻琴は、地面に倒れこんだ。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
麻琴が地面の冷たさを味わっていると、男性は手を差し伸べた。麻琴の手を取ると、男性はぐっと手を引く。立ち上がった麻琴は、酔いのせいでふらつき、男性にもたれかかった。ふわりと香水のいい香りが鼻をくすぐる。彼女の香水の匂いはどんな匂いだっただろうと麻琴はぼんやり思い返していた。
「あの、すいません……」
「うわ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたわ」
麻琴は慌てて男性から離れた。男性はぽかんとした表情をしている。見知らぬ男にくっつかれれば、誰でもそうなるだろう。麻琴はすぐに「ほんとにすいません」と謝った。
男性は麻琴より背が高く、すらりと手足が長い。ミディアムヘアの茶髪を耳にかけて、色気がありつつ、爽やかな印象だった。顔は整っており、かっこいい。関西で言うところの「シュっとしている」という身なりだった。東京にはこんなイケメンがほいほいと歩いているんだと麻琴は感動していた。
「関西弁ですか?」
「え?あ、うん。出身が関西やから」
「可愛い」
「は?」
突然の男性の発言に、麻琴は思わず首を傾げた。聞き間違いかもしれない。中肉中背で、黒髪のベリーショート、量販店の安物のスーツを着ているどこにでもいるようなサラリーマンに可愛いと言うなんて、目が腐ってるとしか思えない。麻琴はじりじりと逃げるように後ずさる。
男性は麻琴の全身をじっと見つめる。値踏みされるようで嫌な気分になった麻琴だが、イケメンというだけで、少し許してしまう気持ちもあった。
男性は「うん、なかなかいいんじゃない」と言い、急に麻琴を抱きしめた。男性の腕の中に収まった麻琴は、香水の匂いと人の温かさに包まれ、ほっとすらしていた。振られた後に人肌の温かさが沁みる。
「じゃなくて!!」
麻琴は数秒後に我に返り、男性から離れようとした。が、がっちりと抱き着かれて、身動きが取れない。
「ね、俺と気持ちいいことしようよ」
男性の声が耳朶を打ち、麻琴はぞわぞわと変な感覚に襲われる。このままではいけないと麻琴の頭の中では、警報サイレンが鳴る。
「いやいや、俺男やし、自分も男やし」
「そんなの関係ないって」
「初対面やし」
「その方が都合いいでしょ」
「俺は、もうちょっとお互い知ってからがえぇねん」
「身体は正直なのに?」
男性の太ももがぐいっと麻琴自身を押し上げると、麻琴の口から「あっ」と小さく声が漏れた。
「可愛い」
「ちょお、やめろって」
男性に性器を刺激されて、麻琴自身は否応なく反応してしまう。熱を持て余した身体が誤作動が起こしているだけだと、半ば泣きそうになりながら、麻琴はもがいた。
「これは、さっき彼女に振られて」
「セックスできなかったんだ、かわいそ」
「かわいそう、ちゃうわ…」
麻琴は自分で言っておいて、かわいそうな自分に泣きたくなってきた。何も考えたくない。早くベッドで寝たい。もっと酒を飲みたい。全部忘れたい。セックスしたい。気持ちよくなりたい。麻琴の頭の中で、次々と欲望が渦巻く。
「俺に任せてよ」
顔を上げた麻琴に、イケメンの優しい視線が降りそそぐ。
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