はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

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3.これから先の話をしよう

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「ハルタ、大丈夫?」
 新城さんが心配してくれる。俺は「はい」と答えたつもりだったが、声は掠れて小さかった。
 ライブハウスの控室に、俺と新城さんはいた。あと三十分でライブが始まる。先ほどステージ袖からフロアを覗くと、すでに客でいっぱいだった。
「やけに緊張してない?」
 新城さんはリラックスした様子で、椅子に腰掛けて、スマホを触っていた。俺はテーブルを挟んだ対面で、座ったら立ったりと落ち着かない。
「なんか、OTOとして演奏するんだって思うと、緊張して」
「去年はそんなふうじゃなかったのに?」
「去年は若かったんです」
「若いって、一年で変わんないよ」
 新城さんは軽く笑った。
 昨年、OTOしてステージに立つことになった時は、猪突猛進、一生懸命で、緊張感よりも高揚感が勝っていた。
今改めて冷静になると、OTOのベースとしてステージに立つことが、とてつもなく光栄なことで、かつ責任が伴うことだとわかる。
「外の空気吸ってきたら?少しはスッキリするんじゃない?」
 新城さんのアドバイスに、俺は控室から出て、裏口から外へ出た。日は落ち始めているが、暑さはゆるむ気配はない。
「あつっ……」
 急に温度が上がり、思わず言葉が漏れる。ドアの横にはクーラーの室外機があり、勢いよく熱風を吹き出している。隣のビルが迫っていて、解放感はない。これなら、涼しい室内の方がマシだ。控室に引き返そうとすると、「ハルタ」と名前を呼ばれる。視線を下げると、音さんが室外機の横にしゃがんでいた。
「こんなとこで何してるんですか?」
「気合い入れてる」
 音さんは手に持っていたエナジードリンクの缶を、俺に見せるように揺らす。
「ハルタは?どうした?」
「ちょっと気分転換です」
「緊張してる?」
「……まぁ」
 見透かされていて、少し恥ずかしくなる。
「久しぶりだし、緊張するよな」
 音さんは優しく微笑んで、俺を手招きする。俺は招かれるまま、音さんの隣にしゃがみこんだ。音さん側の半身が、熱い気がする。
 しばらく何も話さずにいた。街のざわめきが、ビルの隙間から流れ込んでくる。狭い空を見上げて、深呼吸をすると、トットッと鼓動が打つ。音さんの隣にいるだけで、いくらか落ち着いてきた。
「実は」
 音さんの声がして、俺は視線を下げた。ドリンクの缶は、いつの間にかアスファルトの地面に置かれている。
「俺も、ちょっと緊張してる」
 いたずらが見つかった子供のように、音さんは笑った。音さんはどんな大舞台でも、緊張はせず、肝がすわっているタイプだ。珍しいと思っていると、音さんは言葉を続けた。
「久しぶりにハルタとライブやれるから、いい演奏したいって思って」
 音さんははにかんだ。俺はその言葉と表情に、胸がきゅううとなる。最近気持ちをちゃんと伝えてくれるようになった音さんだが、その破壊力は凄まじい。俺は一喜一憂するばかりだ。
「ハルタは頑張ってたから、今日のライブは、絶対最高になるよ」
 音さんの言葉は、スッと俺の身体に沁みこむ。身体の底からエネルギーが湧いてくる。
「俺、頑張ります」
 俺はそれしか言えなかったが、もう大丈夫だと思った。自信はないが、確証はある。今日はきっと最高の演奏ができる。もう何も怖くなかった。


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