はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

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3.これから先の話をしよう

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「貴史、これにはわけが……」
 音さんは慌てて俺から離れ、ホールドアップする。しかし、新城さんは遠慮なく音さんの頭を叩いた。「いたっ」と音さんは呻く。新城さんはしゃがみこみ、俺の身体を起こしてくれた。
「ハルタ、大丈夫?無理矢理された?」
 心配そうな表情の新城さんに、俺は小さく首を振る。
「本当に?」
「はい、あの、大丈夫です」
 新城さんは俺の表情をじっと伺う。俺は恥ずかしくなり、唾液で濡れた唇を慌てて拭った。
「なに?より戻したんだ?」
「え、あ、えっと……」
 鋭い質問に、俺は視線を泳がせる。音さんに助けを求めると、悲し気な表情でTシャツを着ているところだった。
「なんだ、心配して損した」
 新城さんはあっけらかんとすると、俺から手を離した。俺は床に落ちて、軽く頭を打つ。鈍い痛みが広がった。
 新城さんは何かを考えるように、目を瞑る。俺はその間に再び起き上がり、乱れた服を整えた。ようやく目を開けた新城さんは、大きく頷き、俺を見て、次に音さんを見た。
「わかった。来月、OTOのライブやろう」
「は?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、音さんだった。
「待てよ、貴史。しばらくやらないって言ってただろ」
「気が変わった。ハルタをベースに戻して、ライブだ」
「え?俺ですか?」
 今度は俺が声を上げる番だった。
「OTOで演奏したいってこの前言ってただろ?」
 新城さんの言葉に、俺は心当たりがない。きっと酔った末の発言だ。
「とりあえず、二人ともシャワー浴びて、頭冷やしてこい。ハルタはその後練習」
「はい」
 頭がついていかないが、新城さんの指示に、反射的に返事をした。
 OTOの一員として、また演奏できることは純粋に嬉しい。しかし、ベースに触る時間は明らかに減っていて、ちゃんと弾けるか不安だ。
「音、お前は作曲しろ。納期間に合わないぞ」
「う……、わかってるよ」
 音さんは新城さんに頭が上がらない。拗ねたような顔をして、渋々頷いた。
「俺、一回部屋戻って、ベース持ってきます」
 練習するなら、自分の楽器の方がいい。俺は立ち上がった。
「そうだな。じゃあ十二時からにしよう。音も、わかった?」
「はいはい」
「わかりました」
 新城さんの提案に、音さんと俺は返事をした。
 俺が防音室から出て行くと、音さんも俺についてきた。
「ハルタ、よろしくな」
 音さんは手を差し出す。俺はその手を躊躇わずに握り返す。
「よろしくお願いします。俺頑張ります」
「うん、よろしく。でも、セックスはライブが終わるまでおあずけだな」
 音さんは肩をすくめ、後ろにチラリと見やる。新城さんが監視するように、じっと俺たちを見ていた。
「別に、俺は……」
「したそうな顔してるのに?」
「っ、してないです!」
「うそだよ」
 ふはっと音さんは笑った。俺もつられて笑う。
「二人とも、さっさとしろよ」
 新城さんが呆れたように言った。俺と音さんは顔を見合わせ、また笑った。
 俺の心はワクワクとドキドキでいっぱいだ。就活や未来のことは考えなければいけないが、きっとなんとかなる。他人はそれを甘い考えと言うだろう。しかし、俺の選択が正しいとか真面目だとかは関係なくて、俺がしたいから、そうするのだ。そう考えられるようになったことが、俺にとって未来への大いなる一歩だった。
 この後、俺はベースを持って音さんの部屋に戻ってくるのだが、新城さんにお揃いのイルカのキーホルダーを笑われることになった。



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