はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

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3.これから先の話をしよう

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「ありましたよ」
 音さんに渡すと、音さんは「ありがと」と眠そうな目をしながら、お礼を言った。
「もしもし?」
 音さんはスマホを耳に当てる。電話だったようだ。聞くのも悪いと思い、部屋から出ようと立ち上がる。しかし、音さんに手を掴まれ、またしゃがみ込む姿勢に戻される。
「うん、うん……、それで……?」
 音さんは誰かと話をしながら、俺を見つめる。その瞳は、行かないで、と縋るようだった。振りほどいてもよかったが、できなかった。俺は仕方なく音さんの電話が終わるのを待つ。
「よかった。うん……、ありがとう、じゃあ、あとで」
 会話を終えると、音さんはふーっと息を吐いた。
「ハルタ」
「はい」
 俺の手を握る音さんの手に力が入る。
「OTOの曲が、作曲コンペ通ったって」
「え、すごい、おめでとうございます」
 OTOが作曲コンペに参加しているのは、以前からだった。メジャーアーティストへの提供は狭き門だが、過去に数曲は採用されている。
「しかも、今回はアルバムのリード曲なんだ。 BloomDreamの」
「え、BloomDreamって、あの?!」
 アイドルには疎い俺でも知っている男性三人組のアイドルグループだ。最近はテレビで見ない日はない。
「すごいじゃないですか!」
 思わず手に力が入り、音さんは「痛いって」と苦笑した。俺は慌てて手を離す。
「すいません」
 俺は謝ったが、離した手を再び音さんに握られる。不思議に思っていると、音さんは俺の腕の引っ張った。しゃがんでいた俺は、バランスを崩して、そのまま音さんへと倒れ込んでしまう。ぶつかると思い、反射的に目を瞑る。しかし、気づけば音さんに抱きしめられていた。
「謝るのは、俺のほうだ」
 耳元で聞こえる音さんの声。それに浸る間もなく、その言葉の意味を考えてしまう。
「音さん、謝るってなんですか?」
 俺は顔を上げて尋ねた。近くにある音さんの顔は、相変わらず見惚れるほどかっこよく、綺麗だ。
「ハルタ、俺に怒ってたんじゃないのか?」
「怒って……?」
 心当たりがなく、俺は首を傾げる。音さんはため息をついて、俺を解放した。俺たちの間に、気まずい空気が流れる。
 音さんに怒るとは、どういうことだろうか。確かに腹立たしく思ったことはある。飲みに行けば酔い潰れるし、すぐにセックスしたがるし、子供みたいに怒ったり拗ねたりするし、そのくせに俺のこと子供扱いするし、部屋は散らかしたままだし……。心の中で数え上げて、案外多いことに、苦笑する。
『ハルタは音とちゃんと話した方がいい』
 昨日、新城さんが言っていたことを思い出した。今がその時かもしれない。別れを告げた時は、俺から一方的だったし、音さんの気持ちをちゃんと聞いていなかった。
「音さん」
 覚悟を決めて、音さんの名前を呼ぶ。声が少し震えてしまった。音さんは悟ったように俺をじっと見つめ、俺の言葉を待つ。俺は深く呼吸をし、頭の中で言葉をまとめる。そして、それを口にした。
「音さん、俺、音さんのこと、怒ってないですし、嫌いになったわけでもないんです」
 音さんは驚いたように、目を見開いた。何か言いたげに口を開いたが、俺は視線でそれを制する。
「音さんは、もしかして、嫌われたと思ってるかもしれないですけど、違います。関係を切ったのは、就活と、あと色々思うところがあって……。でも、結局全部言い訳で。だから、嫌いになったわけじゃないんです」
「むしろまだ好きです」という言葉は、ぎりぎりで飲みこんだ。気持ちを言葉にするのは難しく、うまく伝わった不安になる。音さんはパチパチとまばたきした後、大きく息を吐いた。
「あー、よかった。嫌われたかと思ってた……」
 音さんの声は弱々しく、くしゃりと顔を顰め、泣きそうな表情をした。その表情を見た瞬間、俺の胸はズキッと痛む。


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