はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

文字の大きさ
上 下
21 / 36
3.これから先の話をしよう

2

しおりを挟む



「ありましたよ」
 音さんに渡すと、音さんは「ありがと」と眠そうな目をしながら、お礼を言った。
「もしもし?」
 音さんはスマホを耳に当てる。電話だったようだ。聞くのも悪いと思い、部屋から出ようと立ち上がる。しかし、音さんに手を掴まれ、またしゃがみ込む姿勢に戻される。
「うん、うん……、それで……?」
 音さんは誰かと話をしながら、俺を見つめる。その瞳は、行かないで、と縋るようだった。振りほどいてもよかったが、できなかった。俺は仕方なく音さんの電話が終わるのを待つ。
「よかった。うん……、ありがとう、じゃあ、あとで」
 会話を終えると、音さんはふーっと息を吐いた。
「ハルタ」
「はい」
 俺の手を握る音さんの手に力が入る。
「OTOの曲が、作曲コンペ通ったって」
「え、すごい、おめでとうございます」
 OTOが作曲コンペに参加しているのは、以前からだった。メジャーアーティストへの提供は狭き門だが、過去に数曲は採用されている。
「しかも、今回はアルバムのリード曲なんだ。 BloomDreamの」
「え、BloomDreamって、あの?!」
 アイドルには疎い俺でも知っている男性三人組のアイドルグループだ。最近はテレビで見ない日はない。
「すごいじゃないですか!」
 思わず手に力が入り、音さんは「痛いって」と苦笑した。俺は慌てて手を離す。
「すいません」
 俺は謝ったが、離した手を再び音さんに握られる。不思議に思っていると、音さんは俺の腕の引っ張った。しゃがんでいた俺は、バランスを崩して、そのまま音さんへと倒れ込んでしまう。ぶつかると思い、反射的に目を瞑る。しかし、気づけば音さんに抱きしめられていた。
「謝るのは、俺のほうだ」
 耳元で聞こえる音さんの声。それに浸る間もなく、その言葉の意味を考えてしまう。
「音さん、謝るってなんですか?」
 俺は顔を上げて尋ねた。近くにある音さんの顔は、相変わらず見惚れるほどかっこよく、綺麗だ。
「ハルタ、俺に怒ってたんじゃないのか?」
「怒って……?」
 心当たりがなく、俺は首を傾げる。音さんはため息をついて、俺を解放した。俺たちの間に、気まずい空気が流れる。
 音さんに怒るとは、どういうことだろうか。確かに腹立たしく思ったことはある。飲みに行けば酔い潰れるし、すぐにセックスしたがるし、子供みたいに怒ったり拗ねたりするし、そのくせに俺のこと子供扱いするし、部屋は散らかしたままだし……。心の中で数え上げて、案外多いことに、苦笑する。
『ハルタは音とちゃんと話した方がいい』
 昨日、新城さんが言っていたことを思い出した。今がその時かもしれない。別れを告げた時は、俺から一方的だったし、音さんの気持ちをちゃんと聞いていなかった。
「音さん」
 覚悟を決めて、音さんの名前を呼ぶ。声が少し震えてしまった。音さんは悟ったように俺をじっと見つめ、俺の言葉を待つ。俺は深く呼吸をし、頭の中で言葉をまとめる。そして、それを口にした。
「音さん、俺、音さんのこと、怒ってないですし、嫌いになったわけでもないんです」
 音さんは驚いたように、目を見開いた。何か言いたげに口を開いたが、俺は視線でそれを制する。
「音さんは、もしかして、嫌われたと思ってるかもしれないですけど、違います。関係を切ったのは、就活と、あと色々思うところがあって……。でも、結局全部言い訳で。だから、嫌いになったわけじゃないんです」
「むしろまだ好きです」という言葉は、ぎりぎりで飲みこんだ。気持ちを言葉にするのは難しく、うまく伝わった不安になる。音さんはパチパチとまばたきした後、大きく息を吐いた。
「あー、よかった。嫌われたかと思ってた……」
 音さんの声は弱々しく、くしゃりと顔を顰め、泣きそうな表情をした。その表情を見た瞬間、俺の胸はズキッと痛む。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

緋色の蝶々

hamapito
BL
 殺虫剤を持ち歩くほどの虫嫌いである大学生の緋色(ひいろ)は、駅でのケガをきっかけに、昆虫写真家の中谷(なかたに)と同居することに。  大事な人を探すための休暇中だという中谷は苦手な野菜をすすめ、侵入してきた虫を追い出すどころか嬉しそうに追い回す始末。それなのに求められることに弱い緋色は中谷とキスしてしまい――⁉ ※2025.3.23J.GARDEN57にて同人誌として頒布予定(書き下ろしあります)

天使の居場所

すずかけあおい
BL
「お腹空いた」 アルバイト帰りの伊央が深夜の道で出会ったのは、お腹を空かせた天使だった。 ずいぶん俗っぽい天使だな、と思いながらも自宅に連れ帰ると、天使は「お礼」と称して伊央を押し倒し――。 ※ファンタジーではありません。

箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」 現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。 無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。 しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。 おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った? 世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。  ※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。  この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら

夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。 テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。 Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。 執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

処理中です...