17 / 36
2.楽しかった昔の話を少し
7
しおりを挟む「ありがとう、ございました……」
楽しかったが、お世辞にも上手とは言えない出来だった。音さんは真剣な顔つきで俺を見つめている。怒らせてしまったかもしれない。俺は内心びくびくしていた。
「ハルタ」
名前を呼ばれ、肩がびくつく。怒られると思い、俺は慌てて視線を落とした。
「OTOでベース弾かない?」
「……え?」
音さんの口から飛び出た言葉に、俺は顔を上げる。音さんの表情は、先ほどまでの真剣なものではなく、嬉しそうな笑顔だった。
「俺が、OTOで、ベースを弾く……?」
信じられない言葉の羅列に、俺は口に出して確認した。音さんはうんうんと頷く。
「いや、でも、俺、下手ですし」
「まぁそうだけど」
「え?」
「冗談だって」
ふはっと音さんは笑った。冗談に聞こえないが、それは保留しておく。
「俺はハルタと一緒に演奏して楽しかったけど、ハルタはどうだった?」
「楽しかったです」
「じゃあ問題ないだろ」
「でも、今のベースの人は?」
「サポートだから、全然問題ない」
昨日のライブを思い出すが、ベースの人は俺よりもはるかに上手だった。その人を押しのけてまで、俺を加入させたい理由がわからない。
「それに、あいつはうまいけど、そもそも俺とそりが合わない。演奏してても楽しくない」
音さんは顔を顰める。子供のような理由に、俺は思わず笑いを吹き出した。確かに、嫌いな奴とバンド組みたくないのはわかる。
「笑うなよ。相性って大事だろ」
「すいません」
「で?どうする?俺と音楽やる?」
技術的に不安は残るが、音さんと一緒に演奏できるのは願ってもないことだ。先ほどのセッションは、今まで演奏してきたなかで、一番楽しく、湧きたった。それに、音さんが俺と演奏して楽しかったと言ってくれたことが嬉しかった。こんなチャンスは、逃すべきではない。
「わかりました。俺なんかでよければ、お願いします」
「よし、じゃあ決まり」
音さんは俺に手を差し出した。俺はその手と音さんの顔を見比べる。音さんは大きく頷いた。
「よろしくお願いします」
俺は音さんの手を握った。音さんは力強く握り返してくれる。
「あ、でも、『俺なんか』は余計。俺はハルタだから一緒にやりたいと思った。それは忘れないで」
音さんの言葉は力強い。嬉しく思っていると、気づけば音さんにキスをされていた。
「なんで……」
「さっきの演奏最高だったから、興奮してる」
そう言って、音さんはもう一度キスをしてきた。俺はそれを拒む理由がない。
「ハルタもだろ?」
音さんに熱情的に見つめられ、俺は頷いた。確かに、先ほどの演奏は楽しいだけではなく、興奮もした。
「んっ、音さん……」
何度もキスをされ、俺は壁際に追いつめられる。握手をしていた手は繋ぎ直され、お互いの指が絡んでいた。二人とも楽器を持っているせいで、触れ合えず、もどかしさが募る。このままだと、またセックスをしてしまう。俺は自制心が働いたが、音さんからのキスは止まらない。ふと反対側の壁にかかっている時計が目に入り、俺は声を上げた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
天使の居場所
すずかけあおい
BL
「お腹空いた」
アルバイト帰りの伊央が深夜の道で出会ったのは、お腹を空かせた天使だった。
ずいぶん俗っぽい天使だな、と思いながらも自宅に連れ帰ると、天使は「お礼」と称して伊央を押し倒し――。
※ファンタジーではありません。

金色の恋と愛とが降ってくる
鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。
引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で
オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。
二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に
転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。
初のアルファの後輩は初日に遅刻。
やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。
転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。
オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。
途中主人公がちょっと不憫です。
性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

Re:asu-リアス-
元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。
英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。
だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である
人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…?
会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。
甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生
※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。
この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。
緋色の蝶々
hamapito
BL
殺虫剤を持ち歩くほどの虫嫌いである大学生の緋色(ひいろ)は、駅でのケガをきっかけに、昆虫写真家の中谷(なかたに)と同居することに。
大事な人を探すための休暇中だという中谷は苦手な野菜をすすめ、侵入してきた虫を追い出すどころか嬉しそうに追い回す始末。それなのに求められることに弱い緋色は中谷とキスしてしまい――⁉
※2025.3.23J.GARDEN57にて同人誌として頒布予定(書き下ろしあります)

前世の俺みたいだと思っていたけど全然違った件
某千尋
BL
新しい一年に胸を躍らせる裕也には陰キャだった前世の記憶がある。
前世とは正反対の人生を謳歌する裕也は、新しくクラスメイトになった前世の自分そっくりな男、高林が気になってしまって放っておけない。
ついつい高林の世話を焼いてしまって距離が近くなるうち、どうやら高林の様子がおかしいことに気づき始めるが……?
陰キャの皮を被った攻め×前世持ち早とちり陽キャ。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
僕に翼があったなら
まりの
BL
僕は気がつけば大きな鳥の巣にいた。これって生まれ変わった? 全てを忘れて鳥として育てられ、とりあえず旅に出る。だけどなんでみんな追いかけて来るの? 派手な魔法も剣での活劇もございませんがたぶん、おそらくファンタジー。注:主人公は鳥に育てられたので実際より精神年齢が低いです★自サイトからの移植です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる