はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

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2.楽しかった昔の話を少し

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 リビングの隣の部屋は防音室になっていて、ドアを開けると、ギターやベース、ドラムにキーボード、そしてスピーカーやマイク、ミキサー等の音響機器が揃っていた。想像以上に充実していて、俺は驚く。
「すごいですね」
「俺はよくわかんないけど、貴史が凝り性だから」
「ドラムの?」
「そうそう。俺はギター弾ければ十分だし」
 うんざりした口調とは裏腹に、音さんは楽し気な表情だ。
「これ使って」
 音さんから渡されたベースは使い古されていたが、丁寧に手入れされていることがわかった。肩にストラップをかけると、心地いい重さを感じる。
「ハルタ、最近弾いてる曲は?」
 音さんは昨日のライブでも使っていたエレキギターをチューニングしながら、尋ねてきた。
 軽音楽サークルでは、コピーバンドをやっていて、流行りのロックバンドの歌を演奏している。OTOのようなオリジナル楽曲は演奏していない。俺は最近よく演奏する曲名を伝えると、音さんはスマホを取り出した。音さんがスマホを操作すると、すぐにスマホからその曲が流れ始める。
「それです、その曲」
「CMで聞いたことある」
 音さんは曲を聞きながら、軽く弦を弾く。そして、スマホから発せられる音に身体を揺らし、鼻歌でメロディを歌った。
「チューニングしといて、合わせるから」
 俺にチューナーを渡し、音さんは曲に集中するように、弦の上で指を滑らせる。耳コピする気だとわかった。俺は音さんの様子を気にしながら、ベースのチューニングをする。
「よし、合わせよう」
 音さんはそう言ったのは、曲を通しで二回聞いた後だった。サークルのメンバーが苦労して練習していた曲をもう演奏できるとは、にわかには信じられない。しかし、それは杞憂であることがすぐにわかった。
「じゃあ、3カウントで始めよう」
 俺と音さんは向かい合うように立ち、視線を交わす。
 一瞬の静寂の後、音さんのカウントで、俺は弦を弾いた。
 アンプから、ギターとベースの音が鳴り響く。その音の重なりは、ただのハーモニーではなくて、鳥肌が立つほどの音色の波だった。音さんのギターはメロディラインを弾きながら、少し遊びを入れるように、弦を弾く。その指さばきは惚れ惚れするように、軽やかで、かつ滑らかだった。
 俺は緊張も相まって、音さんのギターについていくのが精一杯だ。指がうまく動かず、音を外し、テンポに遅れる。ミスが続き、息が苦しくなる。
「ハルタ、俺を見て」
 音さんに声をかけられ、俺は顔を上げた。
「大丈夫。俺の音を聞いて、楽しんで」
 にこりと微笑んだ音さんは、俺をリードするようにギターを弾いた。激しく情熱的なのに、どこか寄りそうような音さんのギターの旋律に、俺は引き寄せられるように指を動かした。
「いいよ、その調子で」
「はいっ」
 ベースからは心地よい低音が鳴り、ギターの音色がそれに乗る。音さんは鼻歌でメロディを歌い、楽しそうに身体を揺らした。俺も身体でリズムを刻む。音さんと視線を合わせて、弦をかき鳴らすと、音の波が大きく打ち寄せる。
 楽しい。俺は夢中になって演奏した。サークルのバンドで演奏したときも楽しかったが、それ以上に楽しかった。鼓動が速くなって、身体が熱くなる。もっと音を奏でて、一体になって、音の波に溺れたい。永遠に音さんと演奏できたらいいのに、という俺の願いはすぐに終わりを迎える。曲の最後の一音を弾き終えると、部屋に音の余韻が残った。


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