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2.楽しかった昔の話を少し
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しおりを挟むジャグジーのような広い風呂に俺は入っていた。身体のあちこちに違和感があったが、お湯の温かさに、全身の筋肉が弛緩する。足を伸ばして入れるなんて最高だ。アパートの狭い風呂で、いつも縮こまっているのとは違う解放感に、思わず「ああぁ」と声が出た。
「おじいちゃんみたい」
音さんはくすくすと笑った。俺を風呂場まで連れてきてくれた後、「俺も入ろ」と、俺の意見は聞かず、ずかずかと入ってきたのだ。そのせいで、俺は浴槽の端の方に追いやられていた。
「なんでそんな端っこにいるの?」
「ここがいいんです」
「おいで」
「遠慮しておきます」
「じゃあ、俺から」
音さんはお湯に浸かりながら、俺の方へ近づいてくる。波立ったお湯が、じゃばりと俺にぶつかった。
「気持ちいいな」
俺の横に陣取った音さんは、ふぅと息を吐いた。音さんから離れようとしたら、逃げられないように肩を抱かれた。大きな手が俺の腕や肩を撫でてくる。心では抵抗しているが、身体は気持ちよく感じてしまい、その背反に戸惑う。
「ハルタ」
名前呼ばれて、音さんを見る。音さんの整った顔が近づき、唇が触れ合った。唇が離れていくのが惜しく感じてしまう。それに、先ほどから気になっていたことがあった。
「あの、名前……」
「名前?」
「ハルタって呼ぶの、なんか、キュってなるんで、やめてほしいです」
「きゅって?」
「このあたりが」
俺は自分の胸あたりを指差した。音さんの声が、俺の名前を呼ぶのが耐えられなかった。
「ふはっ、なにそれ」
俺の真剣な訴えは、音さんに笑い飛ばされてしまう。
「ハルタ」
「っ、だから」
「ハルタ、それってさ……」
再び音さんの顔が近づき、音さんにぐっと抱き寄せられる。唇が触れそうな距離で、音さんは囁いた。
「俺のこと好きなんじゃない?」
にやりと笑った音さんに、俺の鼓動は一気に速くなり、全身がぶわりと熱くなる。
「ハルタ」
もう一度名前を呼ばれ、俺はごくりと唾を飲んだ。音さんの茶色がかった綺麗な瞳が、じっと俺を見つめる。音さんは動かない。代わりに、俺のほうから、恐る恐る音さんの唇に口付けた。それは音さんの質問を肯定したということだった。全く論理的ではない。一晩で、覚えている記憶は僅かなのに、音さんにすっかり堕ちている。
「可愛いキス」
俺の精一杯のキスに、音さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ハルタ」
今度は音さんからのキスだった。ちゅ、ちゅ、と何度かキスをされ、俺はその度に気持ちよくて、小さく息を吐いた。
突然、口内に音さんの舌が入ってきて、俺は肩を揺らした。ちゃぷりとお湯が波立つ。音さんの舌に翻弄される。身体の奥から熱が湧いてきて、気持ちよくなって、何も考えられない。背筋がぞくりとして、下半身に熱が集まる。腹の中がなぜか寂しくて仕方なかった。
最後に舌を甘噛みされ、解放された。キスで骨抜きにされた俺は、お湯に沈みそうになって、音さんの腕に支えられる。
「ハルタ、今から俺の家、来る?」
音さんの誘いを断る術と理由は、俺にはなかった。
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