はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

文字の大きさ
上 下
10 / 36
1.つまらない今について

8

しおりを挟む
 新城さんのまさかの発言に、俺は驚いた。新城さんは、慎重で計画的なタイプだ。人生設計で、仕事を辞めるという選択をするとは想像していなかった。
 しかし、OTOの活動において、新城さんが宣伝やプロモーションを行い、OTOのマネジメントをしている。さらに、ドラムをメインに、キーボードや打楽器を演奏したりもして、新城さんがいなければOTOは成り立っていないのも確かだ。
「意外?」
「そう、ですね……」
 新城さんはハハッと笑い飛ばして、スッと目を細め、俺を見つめた。
「ハルタに俺の何がわかるの?」
 目の奥が笑っておらず、俺はぞっとした。新城さんは静かに怒るタイプだ。
「うそ、冗談だって」
 パッと表情を和らげた新城さんは、卵焼きを一つ頬張った。俺は詰めていた息をそっと吐いた。
「そうですね、他人が何考えてるかなんて、わからないですよね」
「そうそう。俺はわからなくてもいいし、わかりたくもないから。最低限のコミュニケーションでいい。全部に取り合ってたら、心が疲れちゃうよ」
「なるほど」
「でも、ハルタは音とちゃんと話した方がいいよ。まずは話をしてから、よく考えて」
 急に俺と音さんの話になって、俺は首を傾げた。
「二人の間で、いろいろ聞かされる俺の身になってよ」
 新城さんは苦笑した。俺と音さんが関係を持っていて、別れたことを、もちろん新城さんは知っている。
「音さんから、何か聞いてます?」
「それは俺の口からは言えない。ハルタが自分で聞いて」
「はい……」
「暗い話はそこまでにして、ほら、飲んで食べな。育ち盛りなんだから」
「いや、俺そんな食べないですから」
「遠慮しないで」
 そのあとは、新城さんの就活の話を聞いたり、最近聞いてる音楽の話をしたり、楽しい時間を過ごした。ついついお酒が進み、俺はいつもよりハイペースで酒を消費していた。気がつくと、顔が熱く、頭がぼんやりとしている。飲み過ぎたと思ったが、時すでに遅しだ。
「ハルタ」
 優しく呼ばれて、重い瞼を開けた。そこには音さんがいた。
「あれ、おとさん……?」
「結構飲んだ?」
「かも、しれないです。わかんないです……」
 音さんは困ったようにため息をついた。音さんは居酒屋にいるのに、なぜ素面なんだろう。いつも酔い潰れるのは音さんの方だったのに。あれ、俺は誰と飲んでたんだっけ?
「なんで、音さんは、飲まないんですか?」
「俺は飲まない。ほら、帰るぞ」
 音さんの手が俺の腕を掴む。俺の身体は重くて、立ち上がれない。身体が沈んでいく感覚に、逆らいたくなかった。けれど、このままだと、音さんに置いていかれる。そう思うと、急に寂しくなってきた。
「俺のこと、置いて行ったら、いやです」
 縋るように、音さんの身体に抱きつく。音さんの懐かしい匂いに、俺は安心した。
「置いて行かないから、おいで、ハルタ」
 音さんに抱き抱えられる。俺は抵抗せずに、音さんに身を委ねた。
「帰ろう」
 音さんの声が聞こえる。音さんの体温が近くて、規則的な鼓動が聞こえる。温かくて、安心できる場所。
 そっか、これは夢だ。
 だって、音さんとの関係は終わったんだから。昔の夢を見ているに決まっている。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天使の居場所

すずかけあおい
BL
「お腹空いた」 アルバイト帰りの伊央が深夜の道で出会ったのは、お腹を空かせた天使だった。 ずいぶん俗っぽい天使だな、と思いながらも自宅に連れ帰ると、天使は「お礼」と称して伊央を押し倒し――。 ※ファンタジーではありません。

Re:asu-リアス-

元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。 英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。 だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である 人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…? 会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。 甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生 ※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。 この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

緋色の蝶々

hamapito
BL
 殺虫剤を持ち歩くほどの虫嫌いである大学生の緋色(ひいろ)は、駅でのケガをきっかけに、昆虫写真家の中谷(なかたに)と同居することに。  大事な人を探すための休暇中だという中谷は苦手な野菜をすすめ、侵入してきた虫を追い出すどころか嬉しそうに追い回す始末。それなのに求められることに弱い緋色は中谷とキスしてしまい――⁉ ※2025.3.23J.GARDEN57にて同人誌として頒布予定(書き下ろしあります)

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

ネクタイで絞めて

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙* 題字&イラスト:さや いんげん 様 ( Twitter → @sayaingenmaru ) ※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください (拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!) 真駒摘紀(まこまつみき) はクールビズ期間が嫌いだ。周りは薄着になり、無防備に晒された首筋を見ないよう俯き、自身の首を掻きむしる。それをいつも心配してくれるのは、直属の上司である 椎葉依弦(しいばいづる) だ。優しさを向けられ、微笑む彼の顔を真駒はよく憶えていなかった。 ――真駒が見ているのは、椎葉の首筋だけだから。 fujossy様で2019/8/31迄開催『「オフィスラブ」BL小説コンテスト』用短編小説です!! ちょっと変わった性癖を持つ上司と、ちょっと変わった性癖を持つ部下の恋物語です!! fujossy様のTwitter公式アカウントにて、書評をいただきました!! ありがとうございました!! ( 書評が投稿されたツイートはこちらです!! → https://twitter.com/FujossyJP/status/1197001308651184130?s=20 ) ※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!!

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...