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1.つまらない今について
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しおりを挟む「今日どうだった」
「まぁ、よかったんじゃないですか」
つっけんどんに返したが、本当はすごくよかった。久しぶりに体感するOTOのパフォーマンスに、全身の細胞は悦んでいたし、鳥肌だって立った。
「ベースがいまいちだったって思ってるだろ」
「え」
「大丈夫、俺も思ってた」
「あのベースの人って……」
「今日だけになると思う。練習のときは良かったんだけどなぁ」
音さんは苦笑いして、がっくりと肩を落とした。俺は正直ホッとしていた。俺がいたポジションに、未だに誰も決まっていないことが、少し誇りに思えた。
「ハルタ、また俺らとバンドしない?」
別れてから、何度も言われた言葉だった。OTOで演奏するのは楽しいし、刺激的で、充実している。しかし、OTOに復帰すれば、俺は真面目には生きていくことができない。
「無理です」
「何で?」
「俺、うまくないです。今日の人のほうがうまかったですよ」
「バンドなんだから、カバーし合える。一体感が大事なんだって」
「でも技術は必要です」
「確かにあいつはハルタよりうまかったけど、ハルタと演奏した時の方が、OTOはいい音出してただろ」
俺と同じことを、音さんが感じていたことが嬉しかった。が、断らなければならない。
「俺、今就活忙しいんで無理です」
「就活?」
「大学三年になったんで、就活始まったんです」
「じゃあ、就活終わるのはいつだよ」
「来年とかです」
「そのあとは?」
「そのあとって……」
音さんが食い下がるため、俺は頭をフル回転させ、言い訳を探す。
「たぶん、卒論とかあるから、無理です」
軽音サークルの四年の先輩は、卒論と口々に言っていたことを思い出した。就活が終われば卒論があって、卒業したら就職して、社会人になれば、バンドなんてしている暇ない。俺に返事に、音さんは大きくため息をついた。
「ポチは何で無理ばっかりなんだよ。作曲だって、やればできるかもしれないだろ」
「だから、無理ですって」
「そうやって、最初から無理って決めつけてたら、本当に何もできなくなる」
「そんなこと言われても……」
「大学卒業したら、きっと仕事があるから無理だって言うに決まってる」
さっき思っていたことを言い当てられ、俺はびくりと肩を揺らした。どうして俺がここまで言われなければならないのか、わからない。もう構わないで欲しい。俺はぐっと奥歯を食いしばる。
「ハルタ」
音さんの優しい声に、俺は視線を上げることができない。床を見つめ続ける。
「無理って決めつけるの、やめたほうがいい。ハルタはできるよ」
俺の肩に、音さんの手が触れる。慰めるようなその行動に、俺は反射的に言葉を発していた。
「俺は、できないです、っ……。音さんみたいに、できないです!」
視線を上げると、音さんが驚いたように目を見開いていた。大きな声で言ったつもりだったが、そうでもなかったようだ。周囲は何事もなかったように、片付けを続けている。
「こら、音。邪魔すんなよ」
ふいに聞こえてきたのは新城さんの声で、俺と音さんは振り返る。新城さんの横には、ベースを弾いていた男性が並んでいた。
「ハルタ、お疲れ様。これは俺が連れて帰るから」
新城さんはにこりと笑って、音さんの腕を掴む。
「じゃあね、ハルタ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「おい、貴史(たかし)。離せよ」
昔からつるんでいるため、新城さんは音さんの扱いに慣れていた。音さんは新城さんに引っ張られていく。三人が出ていくのを俺は見送るしかできなかった。
「無理なものは、無理だろ……」
俺の独り言は、誰に届くこともなくフロアに寂しく落ちた。
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