はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

文字の大きさ
上 下
8 / 36
1.つまらない今について

6

しおりを挟む




「今日どうだった」
「まぁ、よかったんじゃないですか」
つっけんどんに返したが、本当はすごくよかった。久しぶりに体感するOTOのパフォーマンスに、全身の細胞は悦んでいたし、鳥肌だって立った。
「ベースがいまいちだったって思ってるだろ」
「え」
「大丈夫、俺も思ってた」
「あのベースの人って……」
「今日だけになると思う。練習のときは良かったんだけどなぁ」
音さんは苦笑いして、がっくりと肩を落とした。俺は正直ホッとしていた。俺がいたポジションに、未だに誰も決まっていないことが、少し誇りに思えた。
「ハルタ、また俺らとバンドしない?」
別れてから、何度も言われた言葉だった。OTOで演奏するのは楽しいし、刺激的で、充実している。しかし、OTOに復帰すれば、俺は真面目には生きていくことができない。
「無理です」
「何で?」
「俺、うまくないです。今日の人のほうがうまかったですよ」
「バンドなんだから、カバーし合える。一体感が大事なんだって」
「でも技術は必要です」
「確かにあいつはハルタよりうまかったけど、ハルタと演奏した時の方が、OTOはいい音出してただろ」
俺と同じことを、音さんが感じていたことが嬉しかった。が、断らなければならない。
「俺、今就活忙しいんで無理です」
「就活?」
「大学三年になったんで、就活始まったんです」
「じゃあ、就活終わるのはいつだよ」
「来年とかです」
「そのあとは?」
「そのあとって……」
音さんが食い下がるため、俺は頭をフル回転させ、言い訳を探す。
「たぶん、卒論とかあるから、無理です」
軽音サークルの四年の先輩は、卒論と口々に言っていたことを思い出した。就活が終われば卒論があって、卒業したら就職して、社会人になれば、バンドなんてしている暇ない。俺に返事に、音さんは大きくため息をついた。
「ポチは何で無理ばっかりなんだよ。作曲だって、やればできるかもしれないだろ」
「だから、無理ですって」
「そうやって、最初から無理って決めつけてたら、本当に何もできなくなる」
「そんなこと言われても……」
「大学卒業したら、きっと仕事があるから無理だって言うに決まってる」
さっき思っていたことを言い当てられ、俺はびくりと肩を揺らした。どうして俺がここまで言われなければならないのか、わからない。もう構わないで欲しい。俺はぐっと奥歯を食いしばる。
「ハルタ」
音さんの優しい声に、俺は視線を上げることができない。床を見つめ続ける。
「無理って決めつけるの、やめたほうがいい。ハルタはできるよ」
俺の肩に、音さんの手が触れる。慰めるようなその行動に、俺は反射的に言葉を発していた。
「俺は、できないです、っ……。音さんみたいに、できないです!」
視線を上げると、音さんが驚いたように目を見開いていた。大きな声で言ったつもりだったが、そうでもなかったようだ。周囲は何事もなかったように、片付けを続けている。
「こら、音。邪魔すんなよ」
ふいに聞こえてきたのは新城さんの声で、俺と音さんは振り返る。新城さんの横には、ベースを弾いていた男性が並んでいた。
「ハルタ、お疲れ様。これは俺が連れて帰るから」
新城さんはにこりと笑って、音さんの腕を掴む。
「じゃあね、ハルタ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「おい、貴史(たかし)。離せよ」
昔からつるんでいるため、新城さんは音さんの扱いに慣れていた。音さんは新城さんに引っ張られていく。三人が出ていくのを俺は見送るしかできなかった。
「無理なものは、無理だろ……」
俺の独り言は、誰に届くこともなくフロアに寂しく落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天使の居場所

すずかけあおい
BL
「お腹空いた」 アルバイト帰りの伊央が深夜の道で出会ったのは、お腹を空かせた天使だった。 ずいぶん俗っぽい天使だな、と思いながらも自宅に連れ帰ると、天使は「お礼」と称して伊央を押し倒し――。 ※ファンタジーではありません。

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

Re:asu-リアス-

元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。 英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。 だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である 人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…? 会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。 甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生 ※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。 この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

緋色の蝶々

hamapito
BL
 殺虫剤を持ち歩くほどの虫嫌いである大学生の緋色(ひいろ)は、駅でのケガをきっかけに、昆虫写真家の中谷(なかたに)と同居することに。  大事な人を探すための休暇中だという中谷は苦手な野菜をすすめ、侵入してきた虫を追い出すどころか嬉しそうに追い回す始末。それなのに求められることに弱い緋色は中谷とキスしてしまい――⁉ ※2025.3.23J.GARDEN57にて同人誌として頒布予定(書き下ろしあります)

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...