はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

文字の大きさ
上 下
7 / 36
1.つまらない今について

5

しおりを挟む



「ドリンク交換はこちらでーす。コインは当日のみ交換可能です」
 一時間半程度のライブは大団円で終わり、フロアには熱気が満ちている。客は口々にライブを感想を語り合い、フロアは騒がしい。その喧騒をかき消されないように、俺はフロアに声をかけた。俺の仕事は再開され、店長も加わって、ドリンク交換に勤しんだ。桜川はいつの間にか列整理をしている。
 ようやくドリンク交換の列が捌け終わった後、フロアは閑散として、一種の寂しさが残った。PA卓ブースやステージでは他のスタッフが片付けをしている。俺はドリンクカウンター内の片づけをしていた。
「いや、最高でしたね、マジで」
 桜川はドリンクカウンターにもたれ、プラスチックコップに入ったビールを飲んでいた。手伝ったお駄賃として、店長が一杯奢ってくれたようだ。
「ハルタさん、見てました?よくここでじっとしてられましたね」
「俺バイト中だから」
「そうなんですけど、全然盛り上がってないですよ」
「心の中では盛り上がってるって」
「なんすか、それ」
 けらけらと笑った桜川は、ビールを飲みきって、空のカップを俺に差し出す。俺はそれを受けとり、ゴミ袋へ入れた。
「なにか手伝うことあります?なかったら、俺帰りますけど」
「大丈夫、十分手伝ってもらったから」
「じゃあお疲れ様でーす」
 桜川は片手を上げて、出口へと歩いて行った。明るくて気が利く奴だ。ちなみに桜川も俺と音さんが付き合っていたことを知らない。
 俺はドリンクカウンターの片づけを終え、客のいなくなったフロアの掃除に取り掛かる。モップで掃除をしながら、落とし物がないかを確認する。案外財布やスマホが落ちていることが多い。せっかくのライブの後に悲しい気持ちにはなって欲しくない。
 モップを動かしながら、今日のライブを反芻する。アンコールで演奏していた曲は俺が知らない曲だった。音さんの指が滑らかにギターを奏で、新城さんの刻むリズムは精確でテンポよく、最後の転調での音さんの高音が綺麗に伸びていた。耳に残る演奏の余韻に、俺は浸っていた。
「その曲気に入った?」
 急に目の前に音さんが現われ、俺は驚く。モップがカランと床に倒れてしまった。俺は慌ててモップを拾い、顔を上げたところで、音さんと目が合う。ライブの時とは違う、優しい視線に、俺はじわりと頬が熱くなる。
「どの曲ですか?」
「今、鼻歌で歌ってた曲」
「俺が?鼻歌歌ってました?」
「うん。よく歌ってる」
 音さんは、ふふっと楽し気に笑った。俺に鼻歌を歌っている意識はない。完全に無意識なのだろう。
「ポチはよく鼻歌歌ってるし、作曲とかやってみれば?」
「いや、無理ですって」
 俺は首を横に振った。OTOでは俺は完全に演奏専門で、曲は音さんと新城さんが作っていた。
「案外できるもんだよ」
 音さんは手に持っていたギターケースを肩にかけた。ギターケースのポケットのチャックで、イルカの小さなキーホルダーが揺れている。そのキーホルダーはぬいぐるみのピンク色のイルカで、俺のベースのケースには、同じものが付いたままだ。捨ててくれればいいのに、と恨めしく見ながら「ライブ、お疲れ様でした」と伝える。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天使の居場所

すずかけあおい
BL
「お腹空いた」 アルバイト帰りの伊央が深夜の道で出会ったのは、お腹を空かせた天使だった。 ずいぶん俗っぽい天使だな、と思いながらも自宅に連れ帰ると、天使は「お礼」と称して伊央を押し倒し――。 ※ファンタジーではありません。

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

Re:asu-リアス-

元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。 英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。 だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である 人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…? 会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。 甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生 ※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。 この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

緋色の蝶々

hamapito
BL
 殺虫剤を持ち歩くほどの虫嫌いである大学生の緋色(ひいろ)は、駅でのケガをきっかけに、昆虫写真家の中谷(なかたに)と同居することに。  大事な人を探すための休暇中だという中谷は苦手な野菜をすすめ、侵入してきた虫を追い出すどころか嬉しそうに追い回す始末。それなのに求められることに弱い緋色は中谷とキスしてしまい――⁉ ※2025.3.23J.GARDEN57にて同人誌として頒布予定(書き下ろしあります)

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...