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1.つまらない今について
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しおりを挟む開演時間を迎え、シンシティのフロアは客でいっぱいになった。平日の夜なのに、ここまで客がいるのはOTOがライブをするからだ。先月発売されたチケットは即完売した。
俺はドリンクカウンターの中からステージを見つめる。先程まで、俺は受付で仕事をしていたが、途中からドリンクカウンターに立つことになった。「せっかくのOTOのライブなんだから」と店長の気遣いは、俺にとってはありがたくはなかった。当たり前だが、俺と音さんが付き合っていたことを店長は知らない。ちなみに店長は五十代で、今は優しそうなおじさんという風貌だが、昔はインディーズ界隈では有名なバンドマンだったらしい。今は見る影もないが。
ワンコインとドリンクをただひたすら交換し続け、ようやく一息ついたのは開演直前だった。客入れの洋楽が軽快に流れている。客は開演を待ちわび、フロアは熱気に溢れていた。
「よかった、間に合った」
ドリンクカウンター前に現れたのは、バイトの桜川(さくらがわ)だった。灰色のパーカーと黒の細身のパンツ、そして長い前髪は目にかかっていた。
「あれ?今日シフト入ってた?」
「入ってないですけど、ライブ見たかったんで」
桜川はドリンクカウンターの中に入り、俺の隣に並んだ。息が跳ねているのは、走ってきたからだろう。桜川は大学一年で、この四月からバイトを始めたばかりだ。俺にとってはいい後輩だ。
客電がふっと消え、洋楽が止まる。ステージが明るくなり、ライブの始まりに、客は拍手や歓声で盛り上がる。何度体感しても、この一瞬の高揚感はたまらない。
「始まりますよ」
桜川は目を輝かせる。俺はこっそり深呼吸をした。OTOのパフォーマンスを見るのは、音さんと別れてから初めてだ。
ステージ袖から、男性が一人、その次にドラマーの新城(しんじょう)さんが現れる。最後に音さんが現れ、一層拍手と歓声が大きくなった。
音さんはギターの弦をいたずらに弾く。新城さんはスティックを持ち、軽やかにドラムを叩いた。もう一人の男性はベースだ。OTOは音さんと新城さんのグループで、ベースや他の楽器はその時々で入れ替わるのだ。俺が音さんと関係を持っていた時は、俺がベース担当だった。
「こんばんは、OTOです」
音さんがフロアに向けて挨拶をし、新城さんのカウントで、三人から一気に音が放たれる。
「今夜、一緒に音楽を奏でようぜ」
音さんは一言告げ、一曲目が始まる。三人の演奏と音さんの歌声がフロアに響き渡った。スピーカーからの音圧に、びりりと俺の肌は震える。アップテンポの曲はOTOの代表曲で、観客の熱気は一気に高められ、身体を揺らしたり拳をあげたりして、想い想いに曲を楽しんでいた。俺も例には漏れず、自然と身体が揺れる。
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