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1.つまらない今について
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しおりを挟むライブハウス『シンシティ』はS駅から徒歩五分にあるライブハウスだ。S駅周辺には中小のライブハウスがいくつもあり、日々どこかのライブハウスで音楽が鳴っている。
『シンシティ』のキャパは百五十人程度。ブッキングライブやインディーズアーティストのライブが開催される。たまにメジャーアーティストがライブを開催することもあるが、そのときは確実に入場規制になるキャパだ。
俺、森河開太は大学三年で、一年のときから、このライブハウスでバイトをしている。中高と軽音楽部に入り、大学ではもちろん軽音楽サークルに入っている。ベース担当で、サークルではバンドを組んで、シンシティでもライブをしたことがあった。
夏に向けて季節が進む六月末、俺はいつもながらシンシティでのバイトに勤しんでいた。大学三年のため、就活にも取り掛かかってはいるが、のらりくらりとバイトやサークル活動に逃げているのが現状だ。
出勤をして、すぐに店内やフロアの掃除にとりかかる。今日は忙しくなるのがわかっているので、気が重い。なぜなら……。
「ポチ、おはよ」
後ろから聞き慣れてる声がした。が、俺は振り返らなかった。無心でモップを動かし、床がピカピカになっていくことに満足する。ちなみに、ポチと言うのは、俺のあだ名で、音さんしか呼ばない。
「ポチ、聞いてる?」
声が近づき、目の前に音さんの顔が現れた。後ろから覗き込まれ、俺は仕方なく音さんに向き直る。
「おはようございます」
「うん」
音さんはにこりと笑った。その人懐っこい笑顔に、俺はキュンとする。それを隠したくて、口を噤んだ。
音さんは昔と変わらずかっこいい。一見鋭そうに見える眼光だが、笑うと優しくなる瞳。薄い唇ときりっとした眉。ブラウンに染めた髪は、ハイライトカラーで金色が見え隠れする。長めの髪はゆるくウェーブして、前髪は耳にかけられていた。今は髪を下ろしていて、肩につくくらいの長さで揺れている。左右の耳には二、三個ピアスが光っていた。
「どう?最近?」
「普通です」
「なに?冷たいね?」
「別に、普通ですけど」
「普通ねぇ」
音さんは含みのある笑みを浮かべた。
「今日ライブするから見ててよ」
「仕事あるんで」
「ハルタに見てもらいたい」
すっと目を細めた音さんに見つめられ、鼓動が跳ねた。音さんの方が身長が高いため、見下ろされる形だ。ハルタと呼ばれると、否応なく胸が締めつけられる。
「髪、暗くなったよな?俺があげたピアスは?」
音さんが自然に俺の髪に触れる。春頃まではマッシュショートでブラウンの髪色だったが、就活に合わせて、ワントーン暗い髪色にし、ツーブロックのショートヘアに変えたのだ。もともと、平凡で、中肉中背で、パッとした見た目でもない俺は、見事に就活生の量産型のような見た目になってしまった。
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