はきだめで歌うラブソングを君に

えつこ

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はきだめで歌うラブソングを君に



 一言で表すと、衝撃。
 それは衝撃だった。
 今までにバンドのライブやフェスに行き、数多くの音楽を体感してきた。その時に感じたものとは、明らかに違った。身体の奥底から湧きあがる、名前がわからない感情。興奮、感動、歓喜、感激、陶酔。全てが混ざって昇華されて、全身に鳥肌が立ち、頭の中は一気に熱くなった。
「今日はあなたに音楽を届けたい」
 彼がそう言って、フロアの観客を見渡した。その中に俺はいて、彼の力強い視線に射抜かれたのだ。満員のライブハウス。フロアには何百人と観客がいるのに、その瞬間、俺と彼だけの空間になった。
 俺は、彼の歌や演奏、言葉、その全てに魅了されて、夢中になり、そして、彼の奏でる音楽の一部になりたいと思った。と同時に、彼になら、何をされてもいいとすら思った。
「一緒に音楽やらせてください!」
 終演後、サークルの先輩が引きとめる声を無視して、ライブハウスの楽屋に乗りこんだ。今まで平凡な人生を過ごしてきて、ここまで必死になったことはなかった。迷惑や羞恥なんて考えもせず、ただ彼と一緒に音楽をやりたい一心だった。
「いいよ」
 彼の返答はあっさりとしたものだった。にこりと笑った彼は、ステージ上で見るよりは穏やかで、優しそうに見えた。しかし、その瞳の奥は野獣のようにぎらついていた。俺はそれにぞくりとし、見惚れた。
「この後、時間ある?」
 彼からの誘いに、俺は頷いた。音楽の話ができると思った。しかし、そうではなかった。
 連れていかれたのは、ラブホテルで、そこで初めて男とセックスをした。排泄器官であるそこに、性器を入れられて、気持ち悪いと感じたのは最初だけだった。すぐに快感に溺れて、俺は身体も心も彼の虜になった。
 その時から彼と過ごした一年間は怒涛だった。音楽とセックスに溺れ、彼と一緒に過ごす日々を重ねた。確かに満たされて、楽しくて、幸せだった。
 そんな生活に終わりを告げたのは、俺からだった。理由は至極簡単で、真っ当な人生を送らなければならないという自覚が芽生えたからだ。そして、彼には言ってないが、彼の音楽の才能に、ひどく嫉妬したからだ。ミュージシャンの端くれとして、才能ある彼が羨ましくて、自分が惨めになってしまった。
 彼とは距離を置き、人として真面目な人生を送るのだと覚悟してから半年。
「ハルタ、元気?今日も可愛いね」
 相変わらず、彼、安成 音(やすなり おと)は声をかけてくる。
「普通です、可愛くないです」
 俺、森河 開太(もりかわ はるた)はそれを無碍にできず、結局関わってしまっている。
 それはきっと、まだ彼のことが好きだからであって、吹っ切れていないからだ。
 このお話は、そんな俺と彼の、今と昔とこれからの話。

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