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第三章:秋
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しおりを挟む店内に戻ると、明音が作業台で花束を作っていた。
いつもであれば、花束の作成を椿が、ラッピングを明音が担当して、分担作業で作っているが、一人となるとスピードダウンは否めない。しかし、明音は手際よく作業をしていく。
「明音ちゃん、何か手伝おうか?」
「大丈夫です。お構いなく」
「でも……」
「椿から聞いてますよ。センスが壊滅的だって」
明音は揶揄うような口調に、秀悟は何も言い返せず苦笑した。ちょうど椿の名前がでたので、秀悟は椿のことを尋ねようとしたが、先に明音が「椿のことは聞きました?」と話を切り出した。
「さっきご両親から聞いたよ。休みが続いてるって」
「ずっと休んでるわけじゃなくて、今は週に一、二日くらいしか来てないです」
明音の表情は暗い。先程まで手際よく動いていた手は止まってしまった。
「それに、花がうまく生けられないとか、花束がうまく作れないとか、そんなことを言っていて……」
「え?」
「椿って、花を触ってるときが一番楽しそうだから……。最近はスランプみたいになって、つまらないっていうか、悔しそうな顔ばっかりしてました」
明音はため息をつき、思い出したように手を動かし始めた。あらかじめ作った小ぶりな花束をラッピングしていく。しかし、再び手が止まる。明音は一考した後、秀悟をまっすぐ見つめた。
「スランプになったのが、八月に七村さんと出かけた後からだと思うんですけど、なにか心当たりはありますか?」
明音の質問に、秀悟は息を飲んだ。心当たりと言っていいかはわからないが、あの夜の出来事が、椿の変化のきっかけになった可能性はゼロではない。αとΩの接触で、椿の体内でなんらかの変化が起きれば、スランプに陥ることもあり得る。
なんてことをしてしまったのだろう。秀悟は愕然とした。生花や花に関わる仕事という楽しみを椿から奪い取ってしまったのだ。今後もしスランプが治らなければ、秀悟は重罪を犯したこととなる。秀悟は落し穴に落ちるような、体の奥が冷えるような感覚に襲われた。
「心あたりは……、ごめん、わからない」
秀悟は表情を取り繕い、嘘の返事をした。明音に嘘をついたことに胸が痛むが、椿の件がショックで、これ以上何も考えたくなかった。
「そうですよね。変なことを聞いてごめんなさい」
明音は秀悟の返答に少し疑いを持ちつつも、追及はしなかった。秀悟と椿の間の問題であれば。二人で解決すべきだと思っていたからだ。それに、明音は秀悟のことを信頼している。しかし、もしこれ以上椿の状態が悪化するようなら、口出しする気はあった。
「ご両親が何か困ってるようだったら、遠慮なく教えて欲しい。しばらくは毎週来るようにするね」
「ありがとうございます。お願いします」
明音は笑顔でお礼を言い、作業に戻る。秀悟は邪魔にならないように、早々に店を後にした。
車に戻り、車内で一人になった秀悟は、大きなため息をついた。椿のことをなんとかしたいか、自分にできることが分からない。中途半端なことをしている自覚は大いにあった。
もう一度大きなため息をついた後、スマホを取り出し、友春にメッセージを送る。こう言う時に頼れるのは友春しかいなかった。
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