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第二章:夏
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しおりを挟む午後一時を過ぎ、太陽は高い位置から地上を照らす。朝の反省を生かし、二人は無茶せずに、ゆっくりと楽しむことを決めた。
手始めに、園内を周遊する機関車を摸した乗り物に乗ることにした。
座席は二人掛けで、通路を挟んで二列。通常よりも大きく設置された窓からは、外の様子が良く見えるようになっていた。椿が窓側で、その右隣に秀悟は座っている。大人二人が座るには少し狭い座席に、秀悟は体の左側が、極力椿に触れないように気をつける。
車内は空いているため、隣り合って座る理由はないが、係員に案内されたため、仕方なくだった。秀悟は席を移動しようと思ったが、そうなると椿に変に思われるのではないかと、結局動けずにいた。
日差しは暑いが、車内は冷房がきいているため、体感は涼しい。園内を一周回るのに、十五分程度かかると案内のアナウンスがあった。大きな窓からは青々と繁る木々や鮮やかなひまわりが見える。
「ひまわり、綺麗だね」
秀悟は隣の椿に話しかける。が、反応がない。身体は動かさず、顔と目を動かし、椿の様子を伺うと、椿は目を閉じていた。
「寝て、る……?」
陽の光に椿の顔が照らされる。その横顔は彫刻や絵画のように美しいフォルムを描き、肌の白さは透き通るほど。目を縁取るまつ毛は長く、肌に影を落とす。薄く開いた唇はほんのりと赤く、顎から首へのラインは綺麗だ。
秀悟の視線は一度前に向き直ったが、すぐに椿へと戻る。そのまま暫く椿に留まる。
「椿くん」
秀悟が悪戯に呼ぶと、椿の瞼がぴくりと動く。しかし、瞼は開かない。
可愛らしく、愛おしい存在を秀悟は見つめる。秀悟の表情は柔らかく、幸せであることを物語っていた。
『揺れますので、ご注意ください』
車内にアナウンスが響くが、椿は起きる気配はない。次の瞬間、車体がカーブに差し掛かり、ガタリと揺れ、椿の頭がガラス側に傾いた。
危ないと思った秀悟が、咄嗟に伸ばしたのは右腕だった。左腕は椿に接触しているため動かせなかったからだ。
秀悟は右手で椿の頭を支え、窓ガラスに頭がぶつからないようにする。しかし、その体勢を長く維持することはできず、自らの左肩に、椿の頭を凭れかけさせることで落ち着いた。秀悟はホッとしたのも束の間、今の体勢が親子やカップルの親しい間柄の距離であることに気づき、かぁと顔が熱くなる。
今まで一番近い距離に、秀悟は鼓動は速い。落ち着けと、深呼吸を繰り返した秀悟は、椿から顔を離すように、右側ばかり見つめていた。
そうこうしているうちに、機関車は乗降場所に到着し、静かに停止する。他の乗客は降りていくが、秀悟は動けずにいた。椿が目を覚ます気配はない。秀悟が椿を起こすかどうか悩んでいると、係員の男性が車内に入ってきた。
秀悟は小さく「すいません」と声をかけると、係員は二人の存在に気づいた。と同時に、椿が寝ていることにも気づき「もう一周乗りますか?」と尋ねた。係員の気遣いに、秀悟はありがたいと思い頷く。
「寝てしまう方は多いですよ」
係員は愛想よく微笑んで、車外へと出ていった。
しばらく停車した後、機関車は新たな乗客を乗せ、再び動き出した。秀悟は左肩に重みを感じつつ、窓の外を眺める。車内は涼しく、優しい揺れが、秀悟の睡魔を誘う。外は暑そうだと思ったのが最後で、秀悟の瞼はゆっくりと閉じていった。
「起きて、七村さん」
秀悟の意識はフッと浮上する。目を開けると、目前には椿の端正な顔。これは夢だ、と寝ぼけている秀悟は思った。
「七村さん、降りなきゃ」
「……降りる?」
椿の言葉に、秀悟の意識は急速に覚醒する。今の自分の状態を認識すべく、神経がフル稼働した。寝てしまう前までの記憶が次々とよみがえり、左半身に触れる熱の存在にも気づいた。
「っ、……わ、あ、ごめん!」
秀悟は慌てて椿から身体を離し、座席から立ち上がった。秀悟の意識は完全に覚醒した。
「七村さん、ぐっすり寝てるから、重くてつぶれちゃうかと思った」
「ごめん……」
「でも、俺が先に寝ちゃったから、おあいこね」
椿はいたずらに笑う。表情は柔らかで、怒ってはいないことがわかり、秀悟は胸を撫でおろした。
「次、観覧車乗りたい」
椿の言葉で、二人は観覧車へと足を向けた。
秀悟の左半身には椿の熱がまだ残っている。もちろん椿の右半身には、秀悟の熱が残っている。互いの熱の残滓を感じながら、二人は並んで歩いた。
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