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熱病と臆病
01、不器用と野暮用
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教室を出ていく夕真の背中無遠慮な視線が叩く。織部は今日も便所メシ。とかなんとか囁かれているのは知っていて、けれど直接言われたわけではないので否定のしようはないのである。
実際に昼休みを過ごすのは、トイレではなく写真部の部室だ。時折ほかの部員が忘れ物を取りに来たりする以外には誰が顔を出す訳でもなく、学校なんかどこにいたって憂鬱なものではあるが、夕真にとって部室はまあまあ「居られる」場所だ。
窓を開け換気をし、ポッドキャストで深夜ラジオを聴きながら弁当を食べる。パーソナリティの芸人が繰り出す話のオチに、思わず「ふふっ」と声が漏れた。
耳に届いた自分の声が少し女の子っぽくて嫌なことを思い出し、一気に気持ちが塞ぐ。一年生の頃、それをひどくからかわれたことがあった。それ以来夕真は、人前で声を上げて笑わないように気をつけている。
もともとあまり愛想のいい顔立ちをしていないこともあり、そうして気を張っているとどうにも不機嫌に見えるらしい。それもあって二年でクラスが変わってからは、クラスメイトとはほとんど関わりを持っていない。
お前ってもしかしてそっち系? としつこく揶揄された時、何も考えずに強く否定できたらよかった。と夕真は、その頃の自分の不器用さを未だに少しだけ恨んでいる。
けれど、じゃあ今ならそれができるかというとそれも怪しい。自分が「そうではない」とは思えないからだ。
溺れるような恋をしたことはまだないけれど、目を奪われるのはいつも同性アイドルの屈託ない笑顔だった。アダルト系の動画を見ていても抱かれる側の女優に自分を重ねてしまっていて、だから更衣室ではいつも少しだけ罪悪感がある。なのできっと、むしろ「そう」なんだろうと思う。
夕真自身はそれが悪いことだとは思わないし、そのことで嫌な思いをさせられるのも腑に落ちない。けれどそうは思わない人がいるのもよく分かるし、真っ向からそのことに立ち向かっていくエネルギーも、何食わぬ顔で隠し通す器用さも、そのことを「個性」と周囲に認めさせるほどの機転も、何一つ夕真は持ち合わせてはいなかった。
だから、黙ってひとり「便所メシ」と囁かれるルートを選んだのだ。プライドと合理性のバランスを取ってそうなった。おかげで教室には全く居場所がないものの、自分と同じ大人しいタイプの後輩が四人いるだけの部活ではそれなりに楽しくやっている。
「こんにちはーっ! まひるちゃんのお兄さんいますか?」
ラジオのコーナーが変わり、気を取り直して弁当を口へ運んだ。その時だった。部室の戸が前触れなくガラリと開いて、赤毛のそばかす顔が覗いた。
忘れもしない。駅伝の県大会でごぼう抜きの活躍を見せ、名だたる強豪校を押しのけ二位まで迫ったあの選手──喜久井エヴァンズ重陽だ。
夕真の中で顔と名前が一致したのは駅伝の県大会でのことだが、学祭の実行委員だったり体育祭でその俊足を披露したりと、彼は一年生の時から何かと目立つ生徒だった。写真部のハードディスクをあたればきっと、かなりの枚数の写真が出てくるはずだ。
「……俺だけど。何か?」
慌てて口の中の物を飲み込み、箸を置いて応える。すると彼は「あ、よかった」とそのあどけない顔に笑みを浮かべ、後ろ手に戸を閉めた。
「どうも初めまして! 二年の喜久井です。県大会の写真、ありがとうございました。新聞部の子にデータもらったんすけど、いい写真だって親も喜んでました!」
「ああ、どうも。喜んでもらえたなら何よりだけど……わざわざそれを伝えに?」
止まっているところを近くで見るのは初めてだけれど、意外と小さい。というか、かなり小さい。妹のまひるは女子にしては大きくて一六五センチあるが、もしかしたらまひるよりも小さいかもしれない。
「いえ、あのー……母がこの用紙に写真をプリントしてもらえないかって」
と言って彼が気まずそうに差し出した紙袋からは、大きな印画紙のパッケージがはみ出している。
「もちろん、無理なら全然断ってもらって大丈夫なんですけど。わざわざネガからプリントしてもらわなくても、もらったデータをパソコンから印刷すればいいし……」
喜久井は紙袋を机の上に置き、肩を竦めながら早口でそう続けた。しきりに目を泳がせているのはきっと、夕真が怒っているか不機嫌なのだと誤解しているせいだろう。
「いや、いいよ。プリントしておく。新聞部の子にデータもらったって、きっとラインか何かでだろ?」
「あ、はい!」
「ちょっと見せて」
と夕真が立ち上がって手を差し出すと、喜久井はズボンのポケットから携帯を出して画面に写真を表示して見せた。
「……やっぱり。このデータだと、大きく引き伸ばしたら解像度足りなくてガビガビになるから」
「カイゾード?」
「うん。……まあ要するに、あんまり綺麗なプリントにならないってこと」
「そうなんですか? なんで?」
濃い赤の睫毛に縁取られている大きなグリーンアイが、ぱちくりと瞬いては夕真を見つめた。どこに行っても可愛がられそうな陽のオーラに当てられ、ただでさえ細い夕真の切れ長一重の目がますますうんざりと細くなる。
この後輩にピクセルだdpiだと丁寧に説明してやっても、それこそ一インチも理解できないだろう。それになんなら「さすがオタクっすね。ウケる」と一笑に伏されそうだ。先入観ではあるものの、彼がまひると同じ文化圏の人間ならそうなる蓋然性は高い。
「……お母さんに聞きな。わざわざ銀塩の印画紙用意してくれるくらいだから、詳しいんじゃないの?」
なので夕真はその徒労を回避するべく、それとなく彼から目を逸らした。
「そっか。そうですね。帰ったら聞いてみます」
喜久井はそう言ってひとりでうんうん頷き引き下がった。
受け取った袋には印画紙と一緒に、手作りらしいスコーンが入っている。
「あ。それも、ウチの母親から先輩にって」
「あー……お母さんがイギリスの人なんだっけ。妹に聞いたけど」
「そうっすそうっす。おれが言うのもなんですけど、なかなかのもんっすよ。本場仕込みのスコーン。チョコ入ってるのがオススメです」
「へえ……ありがとう。家族といただくよ」
夕真自身は甘いものが苦手だけれど、持って帰れば誰かしら食べるだろう。そう考えてスコーンだけ自分の弁当を入れてきた袋に移し、印画紙は紙袋ごと所定の棚にしまった。
「それじゃあ、部活終わった頃にでも取りに来て。急ぎじゃないなら別に今日じゃなくてもいいけど。一枚で大丈夫?」
「了解です! ありがとうございます。一枚でいいです」
喜久井はニコニコしながらそう言って、けれども部室を出て行こうとはしない。
「……まだ何か?」
「そのラジオ、赤福氷のオールナイトっすよね?」
「そうだけど」
そう言えば、ずっとポッドキャストを流しっぱなしだった。聞き逃したところを戻そうと携帯を手に取り、アプリを画面に呼び出す。
「一緒に聞いてていいっすか? ゆうべ途中で寝ちゃって」
また忍びなさそうに肩を竦めながら頭をかいて、けれども喜久井は勝手に夕真の向かいの椅子を引いて腰を下ろした。
自分のスマホで勝手に聴け! と内心鬱陶しくは思ったものの、一度座ってしまったものをまたわざわざ立たせて追い出すのも面倒で、そのままポッドキャストを再生する。
夕真が黙ってそうしたのを許可と捉えてか、喜久井は「あざっす!」と元気よく応えてまたニコニコしながらポッドキャストに耳を傾けた。
そして、大喜利のコーナーでは「ウケる」とか「マジか!」とか、屈託なく手を叩きながら声を上げて大笑いする。
そんな喜久井はなんだか、シンバルを叩くサルのおもちゃに似ている。
赤毛にグリーンアイの、いわゆる「ハーフ美少年」がそんな風にケタケタ笑っているところは、画面越しに見るならまあ悪くはなさそうだ。
──が、実際目の前にいるとなるとなかなかどうして、本当に鬱陶しい。
喜久井が目の前にいるばっかりに、夕真は必死で笑いを堪えなければならない。そのことに神経を集中するあまり、弁当の味もよく分からないし消化不良を起こしそうだ。
「あー、おっかしい! 先輩も、結構こういうラジオとか聞いたりするんすか」
「……まあ、それなりに?」
「へー、なんか意外! ってかでも、全然笑わないっすよね。今週の、あんまツボに入んない感じですか?」
「いや、面白いよ」
「うっそだあ」
「嘘じゃない。腹の底じゃ大爆笑だ。……人前で、声上げて笑いたくないんだよ」
「えー? なんでなんで」
「なんででもいいだろ。ほっとけよ」
夕真としては、そこそこ思い切って強めに突っ撥ねたつもりだった。けれど、喜久井には嫌味も拒絶も全く響いている様子がない。彼はただ「はーい。さーせんっしたー」と軽く口にして、再びラジオの軽快なトークに耳を傾ける。
喜久井を見ていると、全身から迸っている愛されムードが癪に障る。人懐っこくてさばさばしていて、鬱陶しいのに引き際は絶妙。容姿だっていい方だし、成績はどうか知らないが少なくとも部活や行事では誰もが目を瞠る活躍を見せる。
太陽みたいに明るい彼と対峙していると、自分の影があんまり黒々と浮き彫りになるのでたまらない。だからなんだろう。夕真はその影の濃さに引き摺られて口を開いた。
「なんでって言えば、お前の方こそ」
何かに怯えて、逃げるみたいに走るよな。と発しかけたのを、昼休みの終わりを告げる予鈴が攫っていく。
「え? あ、すいません。今なんか言いました?」
「……いや別に」
我に返って、自分の性格の悪さにぞっとする。自分は今、かなり確信的に人を嫌な気分にさせる目的で言葉を発していた。そんなところまでこいつに浮き彫りにされた。と思ってから、この後に及んでまだ人のせいにするのかよ。とまた自分が嫌になる。
「早く教室戻れよ。足速いのは知ってるけど、その速さで廊下走るわけにいかないだろ」
「あはは! 確かに。──それじゃ、また部活終わったあと来ますね! ラジオ、聞かせてくれてありがとうございました!」
そう言って屈託なく笑い、喜久井は軽やかに部室を出て行く。
金輪際口ききたくねえ……と思う程度にはイラつかされた。そのはずだった。
けれど去り際に一点の曇りもない笑顔を向けられたせいか、不思議と「写真、綺麗にプリントしてやんないと」という気になっていて、悪い気分ではなかったけれど釈然としなかった。
実際に昼休みを過ごすのは、トイレではなく写真部の部室だ。時折ほかの部員が忘れ物を取りに来たりする以外には誰が顔を出す訳でもなく、学校なんかどこにいたって憂鬱なものではあるが、夕真にとって部室はまあまあ「居られる」場所だ。
窓を開け換気をし、ポッドキャストで深夜ラジオを聴きながら弁当を食べる。パーソナリティの芸人が繰り出す話のオチに、思わず「ふふっ」と声が漏れた。
耳に届いた自分の声が少し女の子っぽくて嫌なことを思い出し、一気に気持ちが塞ぐ。一年生の頃、それをひどくからかわれたことがあった。それ以来夕真は、人前で声を上げて笑わないように気をつけている。
もともとあまり愛想のいい顔立ちをしていないこともあり、そうして気を張っているとどうにも不機嫌に見えるらしい。それもあって二年でクラスが変わってからは、クラスメイトとはほとんど関わりを持っていない。
お前ってもしかしてそっち系? としつこく揶揄された時、何も考えずに強く否定できたらよかった。と夕真は、その頃の自分の不器用さを未だに少しだけ恨んでいる。
けれど、じゃあ今ならそれができるかというとそれも怪しい。自分が「そうではない」とは思えないからだ。
溺れるような恋をしたことはまだないけれど、目を奪われるのはいつも同性アイドルの屈託ない笑顔だった。アダルト系の動画を見ていても抱かれる側の女優に自分を重ねてしまっていて、だから更衣室ではいつも少しだけ罪悪感がある。なのできっと、むしろ「そう」なんだろうと思う。
夕真自身はそれが悪いことだとは思わないし、そのことで嫌な思いをさせられるのも腑に落ちない。けれどそうは思わない人がいるのもよく分かるし、真っ向からそのことに立ち向かっていくエネルギーも、何食わぬ顔で隠し通す器用さも、そのことを「個性」と周囲に認めさせるほどの機転も、何一つ夕真は持ち合わせてはいなかった。
だから、黙ってひとり「便所メシ」と囁かれるルートを選んだのだ。プライドと合理性のバランスを取ってそうなった。おかげで教室には全く居場所がないものの、自分と同じ大人しいタイプの後輩が四人いるだけの部活ではそれなりに楽しくやっている。
「こんにちはーっ! まひるちゃんのお兄さんいますか?」
ラジオのコーナーが変わり、気を取り直して弁当を口へ運んだ。その時だった。部室の戸が前触れなくガラリと開いて、赤毛のそばかす顔が覗いた。
忘れもしない。駅伝の県大会でごぼう抜きの活躍を見せ、名だたる強豪校を押しのけ二位まで迫ったあの選手──喜久井エヴァンズ重陽だ。
夕真の中で顔と名前が一致したのは駅伝の県大会でのことだが、学祭の実行委員だったり体育祭でその俊足を披露したりと、彼は一年生の時から何かと目立つ生徒だった。写真部のハードディスクをあたればきっと、かなりの枚数の写真が出てくるはずだ。
「……俺だけど。何か?」
慌てて口の中の物を飲み込み、箸を置いて応える。すると彼は「あ、よかった」とそのあどけない顔に笑みを浮かべ、後ろ手に戸を閉めた。
「どうも初めまして! 二年の喜久井です。県大会の写真、ありがとうございました。新聞部の子にデータもらったんすけど、いい写真だって親も喜んでました!」
「ああ、どうも。喜んでもらえたなら何よりだけど……わざわざそれを伝えに?」
止まっているところを近くで見るのは初めてだけれど、意外と小さい。というか、かなり小さい。妹のまひるは女子にしては大きくて一六五センチあるが、もしかしたらまひるよりも小さいかもしれない。
「いえ、あのー……母がこの用紙に写真をプリントしてもらえないかって」
と言って彼が気まずそうに差し出した紙袋からは、大きな印画紙のパッケージがはみ出している。
「もちろん、無理なら全然断ってもらって大丈夫なんですけど。わざわざネガからプリントしてもらわなくても、もらったデータをパソコンから印刷すればいいし……」
喜久井は紙袋を机の上に置き、肩を竦めながら早口でそう続けた。しきりに目を泳がせているのはきっと、夕真が怒っているか不機嫌なのだと誤解しているせいだろう。
「いや、いいよ。プリントしておく。新聞部の子にデータもらったって、きっとラインか何かでだろ?」
「あ、はい!」
「ちょっと見せて」
と夕真が立ち上がって手を差し出すと、喜久井はズボンのポケットから携帯を出して画面に写真を表示して見せた。
「……やっぱり。このデータだと、大きく引き伸ばしたら解像度足りなくてガビガビになるから」
「カイゾード?」
「うん。……まあ要するに、あんまり綺麗なプリントにならないってこと」
「そうなんですか? なんで?」
濃い赤の睫毛に縁取られている大きなグリーンアイが、ぱちくりと瞬いては夕真を見つめた。どこに行っても可愛がられそうな陽のオーラに当てられ、ただでさえ細い夕真の切れ長一重の目がますますうんざりと細くなる。
この後輩にピクセルだdpiだと丁寧に説明してやっても、それこそ一インチも理解できないだろう。それになんなら「さすがオタクっすね。ウケる」と一笑に伏されそうだ。先入観ではあるものの、彼がまひると同じ文化圏の人間ならそうなる蓋然性は高い。
「……お母さんに聞きな。わざわざ銀塩の印画紙用意してくれるくらいだから、詳しいんじゃないの?」
なので夕真はその徒労を回避するべく、それとなく彼から目を逸らした。
「そっか。そうですね。帰ったら聞いてみます」
喜久井はそう言ってひとりでうんうん頷き引き下がった。
受け取った袋には印画紙と一緒に、手作りらしいスコーンが入っている。
「あ。それも、ウチの母親から先輩にって」
「あー……お母さんがイギリスの人なんだっけ。妹に聞いたけど」
「そうっすそうっす。おれが言うのもなんですけど、なかなかのもんっすよ。本場仕込みのスコーン。チョコ入ってるのがオススメです」
「へえ……ありがとう。家族といただくよ」
夕真自身は甘いものが苦手だけれど、持って帰れば誰かしら食べるだろう。そう考えてスコーンだけ自分の弁当を入れてきた袋に移し、印画紙は紙袋ごと所定の棚にしまった。
「それじゃあ、部活終わった頃にでも取りに来て。急ぎじゃないなら別に今日じゃなくてもいいけど。一枚で大丈夫?」
「了解です! ありがとうございます。一枚でいいです」
喜久井はニコニコしながらそう言って、けれども部室を出て行こうとはしない。
「……まだ何か?」
「そのラジオ、赤福氷のオールナイトっすよね?」
「そうだけど」
そう言えば、ずっとポッドキャストを流しっぱなしだった。聞き逃したところを戻そうと携帯を手に取り、アプリを画面に呼び出す。
「一緒に聞いてていいっすか? ゆうべ途中で寝ちゃって」
また忍びなさそうに肩を竦めながら頭をかいて、けれども喜久井は勝手に夕真の向かいの椅子を引いて腰を下ろした。
自分のスマホで勝手に聴け! と内心鬱陶しくは思ったものの、一度座ってしまったものをまたわざわざ立たせて追い出すのも面倒で、そのままポッドキャストを再生する。
夕真が黙ってそうしたのを許可と捉えてか、喜久井は「あざっす!」と元気よく応えてまたニコニコしながらポッドキャストに耳を傾けた。
そして、大喜利のコーナーでは「ウケる」とか「マジか!」とか、屈託なく手を叩きながら声を上げて大笑いする。
そんな喜久井はなんだか、シンバルを叩くサルのおもちゃに似ている。
赤毛にグリーンアイの、いわゆる「ハーフ美少年」がそんな風にケタケタ笑っているところは、画面越しに見るならまあ悪くはなさそうだ。
──が、実際目の前にいるとなるとなかなかどうして、本当に鬱陶しい。
喜久井が目の前にいるばっかりに、夕真は必死で笑いを堪えなければならない。そのことに神経を集中するあまり、弁当の味もよく分からないし消化不良を起こしそうだ。
「あー、おっかしい! 先輩も、結構こういうラジオとか聞いたりするんすか」
「……まあ、それなりに?」
「へー、なんか意外! ってかでも、全然笑わないっすよね。今週の、あんまツボに入んない感じですか?」
「いや、面白いよ」
「うっそだあ」
「嘘じゃない。腹の底じゃ大爆笑だ。……人前で、声上げて笑いたくないんだよ」
「えー? なんでなんで」
「なんででもいいだろ。ほっとけよ」
夕真としては、そこそこ思い切って強めに突っ撥ねたつもりだった。けれど、喜久井には嫌味も拒絶も全く響いている様子がない。彼はただ「はーい。さーせんっしたー」と軽く口にして、再びラジオの軽快なトークに耳を傾ける。
喜久井を見ていると、全身から迸っている愛されムードが癪に障る。人懐っこくてさばさばしていて、鬱陶しいのに引き際は絶妙。容姿だっていい方だし、成績はどうか知らないが少なくとも部活や行事では誰もが目を瞠る活躍を見せる。
太陽みたいに明るい彼と対峙していると、自分の影があんまり黒々と浮き彫りになるのでたまらない。だからなんだろう。夕真はその影の濃さに引き摺られて口を開いた。
「なんでって言えば、お前の方こそ」
何かに怯えて、逃げるみたいに走るよな。と発しかけたのを、昼休みの終わりを告げる予鈴が攫っていく。
「え? あ、すいません。今なんか言いました?」
「……いや別に」
我に返って、自分の性格の悪さにぞっとする。自分は今、かなり確信的に人を嫌な気分にさせる目的で言葉を発していた。そんなところまでこいつに浮き彫りにされた。と思ってから、この後に及んでまだ人のせいにするのかよ。とまた自分が嫌になる。
「早く教室戻れよ。足速いのは知ってるけど、その速さで廊下走るわけにいかないだろ」
「あはは! 確かに。──それじゃ、また部活終わったあと来ますね! ラジオ、聞かせてくれてありがとうございました!」
そう言って屈託なく笑い、喜久井は軽やかに部室を出て行く。
金輪際口ききたくねえ……と思う程度にはイラつかされた。そのはずだった。
けれど去り際に一点の曇りもない笑顔を向けられたせいか、不思議と「写真、綺麗にプリントしてやんないと」という気になっていて、悪い気分ではなかったけれど釈然としなかった。
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