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第5章 異端狩り
40話 裏切り者への制裁
しおりを挟む「ははは、手のかかる後輩たちだよ」
こつ、こつ、こつ。
「いきなり枢機卿を告発だなんてね」
こつ、こつ、こつ、こつ。
「びっくりだよね」
こつ、こつ、こつ、こつ、こつ。
「ね、ヴィラジちゃん」
地面を這っていたヴィラジがびくりと体を硬直させる。ドウメキとテオファンのどさくさ紛れて逃げ出そうとしたはいいものの、体へのダメージが大きく、すぐ走ることが出来なかったのだ。それが仇となり、今遭遇する可能性のある中で最悪な状況になってしまった。
ゆっくりと、声をかけられた背後を振り返る。そこには――赤のストラを風に揺らせている男が立っていた。
「キュ、キュリ、アキ……!」
「体辛そうだねヴィラジちゃん。それテオファンくん?いや、彼はここまでパワーないか……だとすると相方のドウメキくんかな?結構結構」
短く整えられた髭に、柔和そうな青いたれ目。目じりにかかるのは黒のくせ毛。赤の枢機卿――キュリアキ・アルベローニが、軽薄そうな笑みを浮かべてそこにはいた。
「ドウメキくん、まさかあんなになっちゃうなんてね。テオファンくんと仲悪かったのかな。知ってるかい?二人の関係」
「……」
こつ、こつ、こつ。
焦らす様にゆっくりとキュリアキがヴィラジへ近づいていく。まるで朝の挨拶をするかのような、そんな声色と表情で。
ずる、ずる、ずる。
キュリアキと距離をとる為に、ヴィラジが体を引きずる。負傷が赤い痕跡となり、地面に跡をつけていく。
「ヴィラジちゃん」
「――ッ!!」
途端、ヴィラジが跳ね起きる。隠し持っていたナイフを振り上げる。普通の人間ならばすでに動けないような怪我をしているが、彼女は枢機卿クラスの聖職者だ。神力を電気信号のように体に流し、一時的に感覚を麻痺させて動けるようにすることができる。最後の切り札をここで発動させた。
対する目の前のキュリアキは武器を構えていない。丸腰で、両手をカソックのポケットへと突っ込んでいる。無防備で、不用心だ。獣は手負いの時こそ凶暴になるというのに。
「死ね――!」
破裂音が一度、響いた。
倒れたヴィラジの額には赤い筋がひとつ垂れており、彼女の頭に風穴がひとつ空いたことを示していた。死因は、脳を撃ちぬかれたことによる即死である。
「はー……物騒なことしちゃったねぇ……せっかくの聖典封解儀が台無しだ」
キュリアキは抜いたシルバーの拳銃を指でくるりと回すと、太腿のホルスターへ戻す。火薬を使わずに神力で撃ちだす銃は熱を伴わないため、すでにマズルに触れても熱さは感じなかった。
「君には期待してたんだけど……残念だよ、ヴィラジちゃん。こんな結果になるなんて」
動かなくなった死体を一瞥すると、キュリアキは近くの花壇の煉瓦へと腰を下ろす。すでに救護部隊は手配しており、倒れたテオファンやドウメキの治療へ取り掛かっていた。ドウメキのほうは少々手荒な真似をして気を失わせたが、テオファンのほうはかなりの重傷だろう。神力による治療があるといえ、本当は一日ほど休むべきだと思うくらいの体の容態だろうが――
「彼、絶対休まないタイプだよねぇ」
スラヴレンでの食いつき方を思い出しながら、キュリアキはカソックの内ポケットから煙草を取り出して口に咥えた。そして、小さな箱からマッチを一本摘まみ、火をつける。すぅと息を吸い込めば、独特の香りと味が口のなかに広がった。そのまま口内に溜めた煙をほぅと吐き出せば、黒い夜の中に白い煙の輪が浮く。
「……」
遠くのほうで救護聖職者たちが何か騒いでいるようだが、キュリアキの部下とその同行人はきちんと回収されたようだった。あとは地下下水道に何人かいるようだが、そちらはしばらくすれば出てくるだろう。
ひとりの救護聖職者がヴィラジの死体に触れようとしていたのを、キュリアキは手を挙げて止めた。
「いいよ、いいよ。僕が片づけておく。――魔女の死体、だしね」
キュリアキは吸っていた煙草を足元に捨て、つま先で軽く踏んで消すと立ち上がった。
――枢機卿がひとり、死んだ。これは非常に大きなニュースとなるだろう。
聖典封解儀二日目、終了。
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