枢要悪の宴

夏草

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第5章 異端狩り

35話 帰り道の隙間

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 ドウメキ記憶喪失事件を受けて、「テオファンはあまりに他人への興味がない(利害関係以外に)」という反省点を取り戻すため、帰り道の中で尋問のような質問会が行われた。だが、その中で分かったのは「ドウメキは一切素性不明であり、本人も記憶がなくなっている」ということだった。
「意味不明ですね」
「……俺もだよ」
「まま、ま、まるで黒魔術みたい、だ」
 もうすぐアパートへ着く直前にコレエストの言った「黒魔術」というワードに首を傾げるドウメキ。そういえば、あの悪魔・アイリスとの戦いの時も黒魔術がどうのと話をしていたような気がする。
「黒魔術ってなんだ?」
「上級の悪魔や、悪魔に従属する者が使う不可解な術……魔術ですよ。あのアイリスは酸素を奪う黒魔術を使っていました」
「なるほど……」
「上級悪魔が使う術ですから、詳細は不明ですがね。強力なものであることは代わりないですし……人間も悪魔と手を結べば使えることはわかっています」
「……そんな人間いるのか?」
 悪魔のような醜悪で恐ろしい存在と手を結ぶなど、あまり考えられないものだが。そう思ったドウメキとは裏腹に、テオファンはひとつ肯いた。
「いるんですよ、それが。黒魔術を使う時は"魔法陣"や"生贄"等の『手順』が必要になります。すぐに使えるものではありませんが、悪魔との契約とそれらの準備が整えば、行使できる……と聞いています。直接は見たことありませんが」
「……そうか。じゃ、俺の記憶喪失も黒魔術のせい?」
「みたい、と言っただけです。確定じゃないですよ」
 ふぅん、と適当に相槌を打つドウメキ。黒魔術といってもそれなりに準備は必要だろうし、まずドウメキはそんな術にかかった覚えが全くない。もっとも、かかったときの記憶を忘れていたらどうにもならないのだが。
「で、ドウメキさん。何か忘れていたら、いまここで言ってくださいね。後から思い出されてまたワーっとなるの嫌なので」
「……忘れてることを思い出せと」
 矛盾していることを簡単に突き付けてくるテオファンに穏やかな頭痛を覚えつつも、何か忘れていたことはなかったのか思い出そうとするドウメキ。なんせ聖典封解儀が始まってからというもの、どたばたとしていろいろなことを置いてきてしまったような気がするのだ。正確にいえば、スラヴレンに来た時から目が回るほどの大忙しで、息をつく暇などなかったのだが。
(なんか……テオファンに聞こうと思ったこと……)
 なにかあったかな、と思い適用にズボンのポケットを漁ったところ、カサカサとしたものが指先に当たった。これは一体なんだと思い引っ張り出してみれば、少しばかりヨレてボロボロになった一枚の紙だった。
「あ!」
 思わず声が出る。そういえば、これは。
「メアリーの……」
「なんですかそれ」
 ひょっこりドウメキの脇から顔をだしたテオファンが、一度洗われて傷んだ紙きれを見る。そしてそれを素早く奪い取ると、折りたたまれて固まっているのを長い指で器用に開封した。
「ちょっと待て、それはメアリーからもらったもので……」
「メアリー?ああ、あのキュリアキ枢機卿の同行人の……これは」
 開いた紙には、滲んだインクで文字が書いてある。すでに水にふやかされたそれを、テオファンは目を凝らして一文字一文字解読していった。どうやら、ドウメキがわざわざ頼まなくても勝手に読んでくれるようだ。
「Jack……ジャック、のど、裂いた……『切り裂きジャックが私の喉を裂いた』?……なんでこんなものを」
「メアリーが俺に渡したんだ。その、なんで喋れないかを聞いたら、これを」
 そんなことをわざわざ聞く人間がどこにいますか、という視線を向けてきたテオファンに、ドウメキはやや気まずそうに頭を掻いた。かなり不躾だったことは自覚していないことはなくて、言った後に多少は反省はしたのだ。その反省をすぐに実行できるかどうかは別として。
「貴方の無神経さはさておき、彼女……切り裂きジャックに喉を裂かれたようですね」
「切り裂きジャック?」
 アパートの扉が目前になり、テオファンはドアノブに手をかけた。
「怪奇事件の犯人と言われてる殺人犯ですよ。正体不明で、本当は人間じゃなくて悪魔じゃないかと言われてる……ま、教会は悪魔として捜査していますが……そういった『人間とは思えない犯行を秘密裏に調べる』のも、教会の役目ですね。悪魔の存在は、表立って公表するようなものではありませんから」
 ドアが軋んだ音を立てて開く。すでに室内には灯りがついており、玄関では何人かの聖職者たちが外へ出る準備をしていた。悪魔狩りの夜までもう時間はない。
 自分たちのほうをちらちらと見る聖職者のわきを抜け、アンティークのシャンデリアがついたホールの階段を上ると、テオファンはコレエストとドウメキのほを振り返った。
「……では、これからですが」
「そそそ、それなんだけど」
 何かを切り出そうとしたテオファンに、やや申し訳なさそうに手を上げて遮るコレエスト。もともと不健康そうな顔色をしてはいたが、あのヴィラジ枢機卿との会話以降、より顔色は悪くなっている。もっとも、この室内を照らしている白熱電球のせいもあるだろう。
「ヴィラジ枢機卿に、しょ、しょしょしょ少女を連れてこい、と言われた……」
「……」
 ついに堪忍袋の尾が切れた、ということか。
 今までコレエストが適当に避けて通ってた道ではあるが、今回の一件で少なからずもヴィラジ枢機卿からコレエストへの信頼は下がったのだろう。ある意味『部下としての忠誠を証明しろ』と言っているようなものだろうか。
 まだ何も策がないと思い込んでいるコレエストは、その事実を喋るやいなや今にも胃の中を吐き出しそうな顔をした。テオファンはそんな彼の顔をずいぶんと情けない顔だと思いつつも、むしろ好機とばかりに笑みを浮かべる。
「なら都合がよいです。準備に少々手間取るのでスタートダッシュ……とはいきませんが、あの枢機卿の鼻を明かしてやりましょう」
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