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第5章 異端狩り
32話 司教コレエスト
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陰気そうな司教コレエストとドウメキを連れて、テオファンは自室である666号室へと案内していた。ティーカップに、食堂から持ってきたお茶のポットに入っていた紅茶を注ぐ。白い陶器に浮かぶ濃い紅の液体に口をつけたドウメキは、その熱さに目を剥いた。
「落ち着いて飲んでください」
テオファンは自分の紅茶に砂糖をひとさじ入れると、くるくると軽く回して湯の温度を調整する。
「で、コレエストさん。私たちになんの用なんですか?」
「ん、そ、そそそそうだね……」
話を切り出しつつ、ずず、と遠慮なく音を立てて紅茶をすすったコレエストに、テオファンは少しだけ顔をしかめた。
「君たち、きょ、きょ強大な悪魔を、た、た、倒したって聞いたよ」
「ええ。事実ですね。エクトルさんの協力もありましたが」
――あのひと、エクトルっていうんだ。やっとあの緑の髪の男性の名前を知ったドウメキは、少し冷めてきた紅茶に口をつけた。
「き、ききっ、君たちに、ちょっと、やってもらいたい、ことがあって」
「なんですか?内容によっては受けないこともないですが……聖典封解儀中でもできることなら」
淡々と答えるテオファンに、どこか落ち着きなく目をぎょろぎょろと動かすコレエスト。これではどちらが立場的に格上なのかわからない。本来なら、司教であるコレエストが後輩であるテオファンにあれやこれやと言える立場ではあるのだが。
コレエストはひと通り辺りを見回し、この中で三人以外誰もいないことを確認すると、大きく息を吸った。
「ヴィラジ枢機卿の、こ、こここ、告発を、して欲しい」
――告発。その言葉を聞いた瞬間、テオファンが持っていたティーカップが傾き、机の上にわずかに滴を垂らした。それに気が付いたテオファンは急いでカップを持ち直すと、安定した場所に置き、組んでいた足を戻す。ごとりと椅子が床を掠った。
「今、なんと」
「告発、だよ」
「……告発、正気ですか。この聖典封解儀中に……できるわけないでしょう。しかも、元異端審問者の枢機卿を」
テオファンは大袈裟にため息をつくと、この話はなかったことにとでも言いたげに肩を竦めた。コレエストの言う『告発』という行為は、テオファンでさえやりたがらない行為らしい。
「なぁテオファン、告発って……なんだ?」
この中で唯一教会関連に疎いドウメキが首を傾げながら問いかける。話の流れからして仲良くお喋りするとか言った生温いものではないとはわかったが。
数秒迷ったのち、テオファンは頬杖をついて外の風景を見ながら口を開いた。
「聖職者を異端だと、教会の敵だと裁判にかけることですよ。普通なら、そんなことできないし、やろうとも思わない」
「……味方を、裏切るのか?」
「この聖典封解儀中でしたら、下手に動けばそう捉えられることもあるでしょうね」
なるほど、それならテオファンが嫌がるのも納得する――そうドウメキはひとり頷いた。テオファンは(心の中はどうであれ)上位と下位の関係を大事にしている方である。下克上をするという感情はあるだろうが、それも正当な手段を踏んでから、と考えているだろう。
すくなくとも、足場が固まっていない状態で冒険をするようなタイプではない。完全に外堀を埋めてからとどめを細い糸で刺すタイプだ。
「ということで残念です、コレエストさん。このことは口外しませんから――」
「……ヴィ、ヴィ、ヴィラジ、すすす枢機卿は、秘密をもっている」
立ち上がり、ドアの方へ向かったテオファンにコレエストが声を張り上げた。……とはいっても、彼にしては大きい声、というだけだ。それでも、コレエストは少し声を上ずらせながら、しかし妙に自信ありげであった。
『ヴィラジ枢機卿は秘密をもっている』その言葉に、テオファンは足を止める。そして、その続きの言葉を待つように、こつん、とボタンブーツのかかとを合わせた。
「……」
「興味を、もも、もったようだね?」
「……」
「こ、ここここから先は、取引に応じ、るという前提で、話をしようか」
「……」
くるりと振り向いたテオファン。赤い髪がわずかに揺れ、緑の目が愉快そうに細められた。
「で、秘密というのは」
「……彼女、は、じじじ実は、何人ものしょ、しょ……少女を、屋敷に、連れ込んでいるんだ」
「ほう」
再び机に向かい合ったテオファンは、興味深いという風に手を組み、顎を親指に当てた。わずかな体重移動によって、木製の椅子が少しだけ軋む。
「その女の子、は、大抵はす、す枢機卿の洗礼を受けて帰るけれど……数人は、か、帰ってこない」
「……成る程。枢機卿の屋敷の中で、姿を消す人間がいると」
そうだとコレエストは頷いた。
「枢機卿は、ぶ、ぶぶぶ部下に、少女を連れてこいって、めめめめ命令するんだけど……それが僕にも、下った。けど、ぼぼ、僕はそんな得体の知れないことは、ごめんだから、今まで『できていない』と嘘をついてる」
「賢明なご判断です。余計なことには否定も加担もしないのが吉かと」
「そ、そそそれも、だんだんと言い訳として受け付けてもらえなくてね……」
コレエスト曰く、およそ二ヶ月前からその命令が下っているらしい。ずっと見つからないだの、僕の容姿では無理だの、適当な言い訳で逃れてきたが、そろそろヴィラジ枢機卿にも怪しまれてしまう。
そのため、彼女が本当は何をしているのか――それを、この多くの聖職者が集まる聖典封解儀にして解き明かし、すべてを白日の下に晒したいそうだった。
確かに、コレエストの言っていることは間違ってもいない。もし枢機卿クラスを告発するならば、枢機卿以上の証拠人が必要となるだろう。通常、枢機卿にお目にかかれる機会は限られてくる。しかし、今このタイミングなら、枢機卿どころか最高主皇のお膝元だ。
告発を行うならば、最短で行える。
「でもテオファン、そんなことしてたら、本来の仕事ができないんじゃないか?」
「……」
ドウメキからのツッコミに、テオファンはしばし目を閉じて思考する。
コレエストの話が本当だとすれば、ヴィラジは非常に怪しい。しかし、それが嘘だとしたら?わざわざ貴重な聖典封解儀の一日を浪費する羽目になる。
――否、違うか。コレエストを、ヴィラジを裏切ろうとした者として、テオファンらが告発すればいいのだ。悪魔に唆された者として。
算段は取れた。どちらに転んでも、なんらかの利益は己の懐へ入ってくる。
「いえ、受けましょう」
「え」
「ほ、ほほほ本当かい?」
不器用ながらも嬉しそうな顔をするコレエストに、「正気か?」と言いたげに口をへの字に曲げるドウメキ。テオファンは後者は完全に無視したまま、話を続けた。
「詳細を教えてください。例えば、集めてる少女の特徴とか」
「うぅ……ん、た、たたた、たしか、しょ、処女って、い、言ってた、かな」
「……処女、ですか」
その言葉を聞いて、うぅんとテオファンが腕を組んで唸った。彼のそばに置いてある紅茶はすっかり冷め切ってしまっている。一方のドウメキは、処女という言葉に首を傾げているだけだ。
「処女というのは特別な意味を持つ女性です。まぁ色々な可能性は考えられますが……すべて推測の域を出ない。とすると、具体的に処女を集めて何をしているかを知ることが、解決の糸口なのかも知れませんね」
そうテオファンは言ったものの、ではどうやってヴィラジの秘密を明かすのだろうか。彼もすぐには思いつかないようで、それを言ったきり黙って考え込んでしまった。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、コレエストが口を開く。
「と、ととと、とりあえず……後でヴィラジ枢機卿の、よ、よよよ、様子を見てみるかい?」
「……ええ。まず敵は観察から。しかし、万が一を考え、私たちは影から彼女のことを観察した方がいいかもしれませんね……っと、」
コレエストの提案に賛成している途中、コンコンと控えめに部屋のドアがノックされる音がした。
誰かに聞かれているのかも知れないと思ったコレエストは飛び上がり、その時の椅子の音でうつらうつらしていたドウメキも飛び上がった。ただ一人、動揺しなかったテオファンが立ち上がり、ドアの方へと向かう。そして、軽くドアを開けると「どなたですか」とその隙間から外側を覗き込んだ。
「あ、あの。テオファン司祭……怪我の具合を、確かめに」
「……おやおやライラさん。わざわざありがとうございます。……さ、入って」
扉の間から顔を出したのは、淡い色をした茶髪の、若い女だった。薄い灰色の服を着ており、同じ色のキャップを頭に乗せている。彼女はテオファンの顔を見てふふ、と朗らかそうに笑うと、ドウメキとコレエストの姿を視認すると――小さく悲鳴を上げた。
「ひゃ?!ど、どどどうして、あの、その」
「あ、彼らは私の友人です。……そのままでいいですよ」
男二人を見かけ、なぜかひどく動揺しているライラ。テオファンはライラにそのままでいいと言って、彼女から少し離れた位置に座ってるドウメキとコレエストに向き直った。
「彼女、救護聖職者のライラさんです。先日の私とドウメキさんの手当てをしてくれたんですよ」
「あ、え、はい……」
ライラと呼ばれた救護聖職者の女性は、テオファンの影に隠れるようにして、よそよそしくお辞儀をした。
そんな彼女につられ、ドウメキも立ち上がり歩み寄ろうとしたところで――テオファンにそっと手で止められた。
「そのままでいいですよ」
「あ、そう……俺はドウメキ。テオファンの同行人」
小さく頭を下げれば、ライラはどこか不安そうな目で「はい……」と頷く。
(なんか、ジュリアンとはまた違った無愛想なヤツだな……)
コレエストもドウメキと同じように挨拶をしたが、ライラの反応はあまりよろしくない。目を合わせようとしないというか、露骨に視線を逸らされている――端的に言えば、”避けられている”といったところだろうか。
「あのぉ、テオファン司祭……タイミング、悪かったかな?」
「いいえ、大丈夫ですよ。立ち話になってしまいますが」
するとライラはぱぁ、と顔を綻ばせ、テオファンに小さな包みを渡した。
「本当は怪我の具合見せて欲しかったんだけど……その、今、忙しそうだから」
「ええ、問題ありませんよ。それに、ライラさんのおかげで火傷はほぼ消えましたし……」
「よかったぁ。……あ、あの、ドウメキ……さん、は」
ちら、とライラの視線がドウメキの方へ向く。ドウメキは、大丈夫だと言わんばかりに己の衣服を持ち上げ、火傷がないことを見せた。すると、ライラは「まぁ」と口に手を当てる。
「ドウメキさん、なんで傷が……」
「え、変か?」
「その、ドウメキさんの傷は……なぜか私の聖媒で治りにくかったので……」
「?」
話の流れ読めず眉間に皺を寄せるドウメキに、テオファンはひとつ咳払いをして応じた。
「彼女ら救護聖職者は、聖媒によって傷を治せるんです。治癒の専門家であり、医療知識もある。戦闘は非参加ですが、我々の強い味方です」
「はぁ」
強い味方、という言葉にライラはこそばゆそうに手を胸の前に組むと、「そうなんです」と小さく肯定した。
「……忙しいあなたを引き止めてはいけません。ありがとうございました、ライラさん」
「うん。テオファン司祭、でも無理はダメだよ?これは、応急措置で永続的な効果は――」
ライラの言葉が、そこで止まる。
彼女の顎にはテオファンの指がかけられ、肩は緩く抱き寄せられていた。
そして、白く柔らかい頬に、彼の唇が触れている。
「……心配ありがとう、ライラ」
「っ~!!」
耳元で囁かれた低い声に、ライラは顔を真っ赤にして走っていってしまった。途中、夫人とぶつかりそうになったのか、女性同士の悲鳴があがる。
「……で、話を戻しますか」
ドアを閉め、受け取った包みを懐へしまい、なんともないという風に着席するテオファン。それを見て、ドウメキは長々と息を吐き出し、コレエストは「これだから美男子は嫌いなんだよ、これだから、これだから……」とブツブツとつぶやいていた。
「落ち着いて飲んでください」
テオファンは自分の紅茶に砂糖をひとさじ入れると、くるくると軽く回して湯の温度を調整する。
「で、コレエストさん。私たちになんの用なんですか?」
「ん、そ、そそそそうだね……」
話を切り出しつつ、ずず、と遠慮なく音を立てて紅茶をすすったコレエストに、テオファンは少しだけ顔をしかめた。
「君たち、きょ、きょ強大な悪魔を、た、た、倒したって聞いたよ」
「ええ。事実ですね。エクトルさんの協力もありましたが」
――あのひと、エクトルっていうんだ。やっとあの緑の髪の男性の名前を知ったドウメキは、少し冷めてきた紅茶に口をつけた。
「き、ききっ、君たちに、ちょっと、やってもらいたい、ことがあって」
「なんですか?内容によっては受けないこともないですが……聖典封解儀中でもできることなら」
淡々と答えるテオファンに、どこか落ち着きなく目をぎょろぎょろと動かすコレエスト。これではどちらが立場的に格上なのかわからない。本来なら、司教であるコレエストが後輩であるテオファンにあれやこれやと言える立場ではあるのだが。
コレエストはひと通り辺りを見回し、この中で三人以外誰もいないことを確認すると、大きく息を吸った。
「ヴィラジ枢機卿の、こ、こここ、告発を、して欲しい」
――告発。その言葉を聞いた瞬間、テオファンが持っていたティーカップが傾き、机の上にわずかに滴を垂らした。それに気が付いたテオファンは急いでカップを持ち直すと、安定した場所に置き、組んでいた足を戻す。ごとりと椅子が床を掠った。
「今、なんと」
「告発、だよ」
「……告発、正気ですか。この聖典封解儀中に……できるわけないでしょう。しかも、元異端審問者の枢機卿を」
テオファンは大袈裟にため息をつくと、この話はなかったことにとでも言いたげに肩を竦めた。コレエストの言う『告発』という行為は、テオファンでさえやりたがらない行為らしい。
「なぁテオファン、告発って……なんだ?」
この中で唯一教会関連に疎いドウメキが首を傾げながら問いかける。話の流れからして仲良くお喋りするとか言った生温いものではないとはわかったが。
数秒迷ったのち、テオファンは頬杖をついて外の風景を見ながら口を開いた。
「聖職者を異端だと、教会の敵だと裁判にかけることですよ。普通なら、そんなことできないし、やろうとも思わない」
「……味方を、裏切るのか?」
「この聖典封解儀中でしたら、下手に動けばそう捉えられることもあるでしょうね」
なるほど、それならテオファンが嫌がるのも納得する――そうドウメキはひとり頷いた。テオファンは(心の中はどうであれ)上位と下位の関係を大事にしている方である。下克上をするという感情はあるだろうが、それも正当な手段を踏んでから、と考えているだろう。
すくなくとも、足場が固まっていない状態で冒険をするようなタイプではない。完全に外堀を埋めてからとどめを細い糸で刺すタイプだ。
「ということで残念です、コレエストさん。このことは口外しませんから――」
「……ヴィ、ヴィ、ヴィラジ、すすす枢機卿は、秘密をもっている」
立ち上がり、ドアの方へ向かったテオファンにコレエストが声を張り上げた。……とはいっても、彼にしては大きい声、というだけだ。それでも、コレエストは少し声を上ずらせながら、しかし妙に自信ありげであった。
『ヴィラジ枢機卿は秘密をもっている』その言葉に、テオファンは足を止める。そして、その続きの言葉を待つように、こつん、とボタンブーツのかかとを合わせた。
「……」
「興味を、もも、もったようだね?」
「……」
「こ、ここここから先は、取引に応じ、るという前提で、話をしようか」
「……」
くるりと振り向いたテオファン。赤い髪がわずかに揺れ、緑の目が愉快そうに細められた。
「で、秘密というのは」
「……彼女、は、じじじ実は、何人ものしょ、しょ……少女を、屋敷に、連れ込んでいるんだ」
「ほう」
再び机に向かい合ったテオファンは、興味深いという風に手を組み、顎を親指に当てた。わずかな体重移動によって、木製の椅子が少しだけ軋む。
「その女の子、は、大抵はす、す枢機卿の洗礼を受けて帰るけれど……数人は、か、帰ってこない」
「……成る程。枢機卿の屋敷の中で、姿を消す人間がいると」
そうだとコレエストは頷いた。
「枢機卿は、ぶ、ぶぶぶ部下に、少女を連れてこいって、めめめめ命令するんだけど……それが僕にも、下った。けど、ぼぼ、僕はそんな得体の知れないことは、ごめんだから、今まで『できていない』と嘘をついてる」
「賢明なご判断です。余計なことには否定も加担もしないのが吉かと」
「そ、そそそれも、だんだんと言い訳として受け付けてもらえなくてね……」
コレエスト曰く、およそ二ヶ月前からその命令が下っているらしい。ずっと見つからないだの、僕の容姿では無理だの、適当な言い訳で逃れてきたが、そろそろヴィラジ枢機卿にも怪しまれてしまう。
そのため、彼女が本当は何をしているのか――それを、この多くの聖職者が集まる聖典封解儀にして解き明かし、すべてを白日の下に晒したいそうだった。
確かに、コレエストの言っていることは間違ってもいない。もし枢機卿クラスを告発するならば、枢機卿以上の証拠人が必要となるだろう。通常、枢機卿にお目にかかれる機会は限られてくる。しかし、今このタイミングなら、枢機卿どころか最高主皇のお膝元だ。
告発を行うならば、最短で行える。
「でもテオファン、そんなことしてたら、本来の仕事ができないんじゃないか?」
「……」
ドウメキからのツッコミに、テオファンはしばし目を閉じて思考する。
コレエストの話が本当だとすれば、ヴィラジは非常に怪しい。しかし、それが嘘だとしたら?わざわざ貴重な聖典封解儀の一日を浪費する羽目になる。
――否、違うか。コレエストを、ヴィラジを裏切ろうとした者として、テオファンらが告発すればいいのだ。悪魔に唆された者として。
算段は取れた。どちらに転んでも、なんらかの利益は己の懐へ入ってくる。
「いえ、受けましょう」
「え」
「ほ、ほほほ本当かい?」
不器用ながらも嬉しそうな顔をするコレエストに、「正気か?」と言いたげに口をへの字に曲げるドウメキ。テオファンは後者は完全に無視したまま、話を続けた。
「詳細を教えてください。例えば、集めてる少女の特徴とか」
「うぅ……ん、た、たたた、たしか、しょ、処女って、い、言ってた、かな」
「……処女、ですか」
その言葉を聞いて、うぅんとテオファンが腕を組んで唸った。彼のそばに置いてある紅茶はすっかり冷め切ってしまっている。一方のドウメキは、処女という言葉に首を傾げているだけだ。
「処女というのは特別な意味を持つ女性です。まぁ色々な可能性は考えられますが……すべて推測の域を出ない。とすると、具体的に処女を集めて何をしているかを知ることが、解決の糸口なのかも知れませんね」
そうテオファンは言ったものの、ではどうやってヴィラジの秘密を明かすのだろうか。彼もすぐには思いつかないようで、それを言ったきり黙って考え込んでしまった。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、コレエストが口を開く。
「と、ととと、とりあえず……後でヴィラジ枢機卿の、よ、よよよ、様子を見てみるかい?」
「……ええ。まず敵は観察から。しかし、万が一を考え、私たちは影から彼女のことを観察した方がいいかもしれませんね……っと、」
コレエストの提案に賛成している途中、コンコンと控えめに部屋のドアがノックされる音がした。
誰かに聞かれているのかも知れないと思ったコレエストは飛び上がり、その時の椅子の音でうつらうつらしていたドウメキも飛び上がった。ただ一人、動揺しなかったテオファンが立ち上がり、ドアの方へと向かう。そして、軽くドアを開けると「どなたですか」とその隙間から外側を覗き込んだ。
「あ、あの。テオファン司祭……怪我の具合を、確かめに」
「……おやおやライラさん。わざわざありがとうございます。……さ、入って」
扉の間から顔を出したのは、淡い色をした茶髪の、若い女だった。薄い灰色の服を着ており、同じ色のキャップを頭に乗せている。彼女はテオファンの顔を見てふふ、と朗らかそうに笑うと、ドウメキとコレエストの姿を視認すると――小さく悲鳴を上げた。
「ひゃ?!ど、どどどうして、あの、その」
「あ、彼らは私の友人です。……そのままでいいですよ」
男二人を見かけ、なぜかひどく動揺しているライラ。テオファンはライラにそのままでいいと言って、彼女から少し離れた位置に座ってるドウメキとコレエストに向き直った。
「彼女、救護聖職者のライラさんです。先日の私とドウメキさんの手当てをしてくれたんですよ」
「あ、え、はい……」
ライラと呼ばれた救護聖職者の女性は、テオファンの影に隠れるようにして、よそよそしくお辞儀をした。
そんな彼女につられ、ドウメキも立ち上がり歩み寄ろうとしたところで――テオファンにそっと手で止められた。
「そのままでいいですよ」
「あ、そう……俺はドウメキ。テオファンの同行人」
小さく頭を下げれば、ライラはどこか不安そうな目で「はい……」と頷く。
(なんか、ジュリアンとはまた違った無愛想なヤツだな……)
コレエストもドウメキと同じように挨拶をしたが、ライラの反応はあまりよろしくない。目を合わせようとしないというか、露骨に視線を逸らされている――端的に言えば、”避けられている”といったところだろうか。
「あのぉ、テオファン司祭……タイミング、悪かったかな?」
「いいえ、大丈夫ですよ。立ち話になってしまいますが」
するとライラはぱぁ、と顔を綻ばせ、テオファンに小さな包みを渡した。
「本当は怪我の具合見せて欲しかったんだけど……その、今、忙しそうだから」
「ええ、問題ありませんよ。それに、ライラさんのおかげで火傷はほぼ消えましたし……」
「よかったぁ。……あ、あの、ドウメキ……さん、は」
ちら、とライラの視線がドウメキの方へ向く。ドウメキは、大丈夫だと言わんばかりに己の衣服を持ち上げ、火傷がないことを見せた。すると、ライラは「まぁ」と口に手を当てる。
「ドウメキさん、なんで傷が……」
「え、変か?」
「その、ドウメキさんの傷は……なぜか私の聖媒で治りにくかったので……」
「?」
話の流れ読めず眉間に皺を寄せるドウメキに、テオファンはひとつ咳払いをして応じた。
「彼女ら救護聖職者は、聖媒によって傷を治せるんです。治癒の専門家であり、医療知識もある。戦闘は非参加ですが、我々の強い味方です」
「はぁ」
強い味方、という言葉にライラはこそばゆそうに手を胸の前に組むと、「そうなんです」と小さく肯定した。
「……忙しいあなたを引き止めてはいけません。ありがとうございました、ライラさん」
「うん。テオファン司祭、でも無理はダメだよ?これは、応急措置で永続的な効果は――」
ライラの言葉が、そこで止まる。
彼女の顎にはテオファンの指がかけられ、肩は緩く抱き寄せられていた。
そして、白く柔らかい頬に、彼の唇が触れている。
「……心配ありがとう、ライラ」
「っ~!!」
耳元で囁かれた低い声に、ライラは顔を真っ赤にして走っていってしまった。途中、夫人とぶつかりそうになったのか、女性同士の悲鳴があがる。
「……で、話を戻しますか」
ドアを閉め、受け取った包みを懐へしまい、なんともないという風に着席するテオファン。それを見て、ドウメキは長々と息を吐き出し、コレエストは「これだから美男子は嫌いなんだよ、これだから、これだから……」とブツブツとつぶやいていた。
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