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13・ヒトデ責め

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その日、リオは初めて地下牢から出た。
ただし、犬として。

人の言葉を話してはならない。
四つん這いで移動しなくてはならない。
その他、アーネストがコマンドを出したら従順に従うこと。

リオが大人しく頷くと、黒い革製の首輪と小さめの張型を装着させられた。張型は奇妙にゆがんだ形をしていて、前立腺のあたりを集中的に圧迫してくる。また、犬の尾のような房がついており、これが案外重かった。張型を落とさないよう尻の穴を引き締めれば、必然的に前立腺が刺激される。

すっかり開発されたペニスが緩く勃ち、四つん這いになったリオの身体の下でぷらぷらと揺れた。

「――では、行くぞ」

首輪に付いたリードを引いて、アーネストは扉を出る。リオはそれに引きずられるようにしてついていった。足を動かせば前立腺が疼く、腕を動かせば乳首が疼く。ただ移動するだけで、とろ火のような快楽がリオの身体を焦らしていく。

地下牢の外は石の螺旋階段だった。小さな燭台がぽつぽつと壁に並んでいる、薄暗い螺旋階段。どうやらこの部屋は、螺旋階段の途中にある部屋だったようだ。

宙吊り乳首調教を一晩中受けて朦朧としていたリオの頭に、ぼんやりと希望の光のようなものが浮かぶ。

(これは……今こそが、千載一遇の好機なのでは)

「妙な気を起こすなよ」

まるでリオの内心を見透かしたようなタイミングでアーネストが釘を刺してきた。

「俺の許可がなければ、この階段を抜けることすら叶わない。そういう仕掛けを施してある。もし逃げ出そうとしたら……脅しではなく、命が無くなると思え。これは警告だ」

言いつけを破ったら鞭打ちして触手責めしてやる、というのとはまた違った声色だった。リオは頷くしかなかった。

(それでも……外がどうなっているのか知ることが出来る)

リオとアーネストは、ゆっくりと螺旋階段を登っていった。
異様に長い階段だった。登っても昇っても、陰鬱な階段はどこまでも続いていく。
途中、リオの耳が異音を拾った。獣の咆哮のようなものが一瞬だけ聞こえた気がして、リオは思わず歩みを止めた。しかしアーネストは立ち止まらなかったので、すぐさまリードがぴんと張ってリオの首輪を締め付けた。

「うっ……」

「どうした、リオ」

アーネストが振り返る。リオは再び耳をそばだてたが、もう何も聞こえなかった。空耳だったのだろうか。

「……わん」

小さく鳴いて、リオはアーネストと同じ段まで昇った。アーネストはそれ以上何も言わず、再びどこかを目指して階段を登り始める。

やがて、一つの扉の前に至った。リオが閉じ込められていた部屋のものとよく似た扉だった。
アーネストが扉のノブに手を掛けた。

「ここが今日の調教場だ」

扉自体はいつもの部屋によく似ていて――しかし、その向こうには、ずいぶん趣の違う部屋が広がっていた。

リオは思わず人の言葉を発した。

「……水槽?」

リオの部屋であったならベッドが設えられていた場所に、妙に大きな水槽がひとつ置かれていた。人間一人が立って入れるくらいの巨大な直方体で、材質はガラス。今は中に水が入っていなかったが、そのかわりにX字型の拘束台が水槽内に設置されていた。

水責めの道具だ、とリオが理解した瞬間、アーネストがリオの尻を素手で叩いた。

「まだ犬から人間に戻れとは言っていないはずだが?」

「ひっ……わん、わんわん!」

「今日の調教に入る前に軽く罰を与えねばならんようだな」

アーネストは部屋の扉をしめ、部屋の中央あたりまでリオを引きずった。首輪が閉まり、リオは咳き込みそうになる。

おぞましい水槽の前まで来たあたりで、アーネストは冷たく命じた。

「伏せ。そして、尻を高く掲げろ」

リオが言う通りにすると、すぐさま尻にアーネストの平手が飛んできた。
大きな音が響く。久しぶりの尻叩きだったが、以前より強い力で打たれている気がした。
あの時よりも遥かに鋭敏になっているリオの身体は、一発目の打擲の時点で快楽を拾い始めた。

「あぅっ……わんっ……」

続けて二発目、三発目。打たれるたびに背中が反り、入れっぱなしの尻尾張型をきゅうきゅうと締め上げる。
リオは、うっかり人間の言葉を喋らないよう、自主的に口を丸く開いた。こうすれば、呻き声が犬の遠吠えに近い音になる。

「おっ……おぉん……」

「腰が逃げている。力を籠めろ」

「あぉお……っ!」

尻穴が締まるたびに張型がびこんびこんと動き、まるで尻尾を振って喜んでいるような形になった。実際、リオの身体は悦んでいた。音が響くたび、痛みが走るたびに、ペニスや乳首などが連動して疼き、どんどん充血していく。

打擲は二十回でおわった。アーネストにしては少ない方だった。けれど、リオの息はすっかり上がっていて、はっはっと短く喘ぎながら冷たい床に倒れ伏した。真っ赤になった双丘の真ん中で、犬の尻尾が揺れている。

そんなリオを、アーネストが呆れた眼差しで眺めた。

「……罰のはずが褒美になったようだな。ペニスも乳首も見事に勃起している」

「……わ、ん」

「もういい。今日の本題はこれじゃない。人間に戻れ」

アーネストの手が首輪を外し、尻尾を引き抜いた。引き抜かれる際のにゅぽんという刺激でリオは震えた。

「……何を、する気なんだ。アーネスト。こんな部屋まで連れて来て」

荒い息の合間に問えば、アーネストが肩を竦めた。

「そう警戒するな。入浴だ。お前の身体、汗やら精液やら愛液やらがこびりついて、だいぶ酷い有様になってきたからな」

そう言われて、リオは思わず自分の身体を見た。
言われるまで気づかなかったが、確かに、常にありとあらゆる液体をかぶった生活をしていたので、お世辞にも清潔とは言えない状態になっている。自覚した瞬間、つんと饐えた臭いがリオの鼻腔に刺さった。自分の体臭だ。
性的羞恥とはまた違った恥ずかしさが込み上げて来た。

「なっ……!」

「というわけで、立て。これがお前用の入浴装置だ」

アーネストがリオの腕を掴んで引きずるように立たせる。そのまま水槽に近寄っていき、乱暴に突き飛ばした。
不思議なことがおこった。
ただのガラスに見えた水槽の壁を、リオは難なくすり抜けた。

「えっ……?」

気が付いた時にはすでに水槽の中で、しかも、引き寄せられるように自ら両手両足を広げて拘束台に寄り添った。がちゃりと音を立てて枷が閉じ、リオは水槽の中で裸体を晒す羽目になる。

ガラス越しに、アーネストの血色の瞳と視線が合った。

「――これも、魔術の悪用品だよ」

アーネストの声は低く、何の感情も伺い知れない。
リオは何かを問おうとした。しかし、その前に頭上から大量の水が雨のように降り注ぎはじめた。
水はみるみる溜まっていく。リオの足首が、膝が、腰が、次々に水没していく。

このまま頭のてっぺんまで水に浸かって溺れてしまうのではないか、とリオは恐怖したが、水位が肩のラインに達したあたりで水は止まった。

リオは、知らず知らずのうちに止めていた息をほっと吐いた。

(……よかった)

しかし、これで終わるはずがなかった。

水槽の周りをゆっくりと歩き回るアーネストが、おもむろに口を開いた。

「――リオ。お前は海を見たことがあるか」

全裸で拘束されて水に浸っている者へ向けているとは思えない、唐突な世間話。
リオは面食らいながらも、首をゆるく横に振った。

「ない。わたしは、基本的に城からだされたことはなかったから」

「そうか。俺は森で生まれ育ったが、里の近くに海があってな。幼いころは時々海遊びなどをした」

「……?」

リオの記憶する限り、アーネストが自身について語り始めたのはこれが始めてだ。
魔術師で、かつては後宮で働いていたが、革命側の人間になった。これ以外について、彼は何も明かしていない。

「海には多種多様な生物がいる。遠い国に行けば、信じられないような生態の生き物もいるという。見た目は概しておぞましいが、人間にとって何かと都合の良い能力をたまたま持ち合わせる種もいて、そういう生き物をこっそりと飼育する物好きもいる。――どこかの誰かのようにな」

「……誰の話だ」

「さあな。さて、ここからが本題だ。人間の皮膚や垢を程よく食べるという、奇妙なヒトデが存在する。元からそういう生き物だったのか品種改良されてそうなったのかはわからないが、人間の肌に張り付き、裏面にびっしり生えた繊毛を駆使して皮膚表面を細やかに削り取って、赤ん坊のような柔肌にするのだそうだ。そんなヒトデが、三百匹ほど飼育されている」

ヒトデの生態も不気味なものだったが、最後に言い添えられた数にリオはぎょっとした。

「さんびゃっ……!?」

「可哀想なことに、このヒトデたちはここ数日間餌を与えられていない。遠くの国から運ばれてきた珍しい種だというのに、このままでは飢え死にしてしまうそうだ」

「待ってくれ、アーネスト! まさか……」

リオが言ったとたん、水槽全体が振動した。
とっさに下の方を見る。さざ波が立つ水面越しに、水槽の底がゆっくりと開いていくのが見えた。その下には暗闇が広がっている。
下から上へ噴き上げるような水の流れがおこった。無防備に開いたリオの股間や突き出したペニスが水流を受ける。
その流れに乗って、暗闇の下から、毒々しい赤色をした肉厚のヒトデたちが浮き上がってきた。
何匹も、何十匹も、何百匹も。小さなものは指先ほどで、大きなものは掌くらい。そんなモノが次から次へと浮いてきて、リオの全身に張り付き始めた。

リオは全身に鳥肌を立てて絶叫した。

「あ、あ……いやだ、いやだ――!!」

「お前は汚れている、この子たちは飢えている。一石二鳥だ。身体の隅々まで綺麗にしてもらえ」

「ひっ……あ、……いやだ、気持ち悪い……!」

水流に乗って揺らめくヒトデの裏面が見えた。表面は赤いのに裏面は不気味なほど白く、短い毛のようなものがびっしり生えているのが見て取れる。中心には口が開いており、円周に沿って歯のような突起物が並んでいた。
それがリオの肌に吸い付く。微かに収縮しながら、リオの身体中を這いずり回る。指の間や腋など垢が溜まりやすい場所の他、肛門やペニスなどにも大量のヒトデが群がった。乳首には比較的大きなヒトデが一匹ずつ張り付き、乳輪ごと吸い上げてきた。

ヒトデが張り付いた場所が、なぜかじんわりと熱くなる。

「ああ、一つ忘れていた。そいつらには毒針がある」

「ど、毒!?」

「力が抜けて皮膚感覚が鈍るだけだ。だが、性感が発達していた場合は、失われた皮膚感覚の代わりにそちらが鋭敏化して、失神するほど気持ちよくなれるらしいぞ」

アーネストの言う通り、徐々にヒトデが張り付いている感覚が失われていく。その代わり、快楽神経を直接こすられているような、奇妙な感覚に陥った。
愛撫だの打擲だの、そういった行為を介さずに直接与えられる快楽。それが全身に発生し、リオの脳へ一気に押し寄せた。

全身にヒトデをまとわりつかせたまま、リオは声にならない絶叫をあげた。

ペニスが反り返り、どくどくと波打つ。鈴口に小さなヒトデが張り付いて中に潜り込もうとしている。無意識のうちに開閉を繰り返す後孔にも極小ヒトデが入り込み、鋭敏な粘膜に張り付いて媚毒をすり込む。
特に開発されていないはずの場所にも、急激に快楽回路が開き始める。

触手たちとは微妙に違う、慈悲のない有機的な快楽責め。リオの頭が真っ白になった。

「あっああああああっ……!」

身体の力が抜けているため、ろくに身じろぎすることもできず、数多のヒトデたちにぐったりと身体を明け渡すしかない。今のリオは人間ではなく、この不気味な水棲生物たちの餌の塊に過ぎなかった。

「ひゃだ……ひもちわるい……アーネスト、アーネストぉ……!」

飛びそうになる意識の中、必死にアーネストの名を呼んで助けを請うが。

「――入浴が終わったあたりで迎えに来る」

残忍な黒衣の魔術師はそう言い置いて、ヒトデに貪られるリオの姿を鑑賞することすらせず、無情にも部屋から出ていった。
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