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-monster children-
#10-monster children-
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もう何度目かとなる恩人宅に着き玄関横に取り付けらた焦げ茶色の呼び鈴を押すと、想像以上にけたたましい音が鳴り押した側の心臓が跳ねる。
すこし間を開けてからとすとすと軽い音が近づいてきて、ガラリと開かれた戸の向こうから現れた仏頂面と顔を合わせるがいつもと違う様子に言葉に詰まってしまった。
変わらず赤っぽい装いではあるのだがいつもの和服に羽織ではなく、北欧発祥とされる十二月末頃に子供のいる家庭を訪れてプレゼントを配るお爺さんのモコモコした服に同色の帽子、極めつけに立派な口髭まで着用していたのだ。
「メ、メリークリスマス?」
「何を言っている。クリスマスはまだ二週間も先だ。それはそうと後ろのが先日の手紙の者か?」
「初めまして。先日手紙を送らせていただいた羽曳野です。」
「うむ、実に丁寧でよい字だった。とりあえず玄関先ではなんだ、上がるといい。」
「お世話になります。何よ、もの言いたげな眼ね。」
格好に対して季節感のある適切な対応をしたと思ったのだが、勇気を出してハズしてしまった私をよそに当たり障りのない丁寧な挨拶をかました友人へ無自覚ながら恨めしそうな視線を送ってしまっていたようだ。
先週の別れ方のせいで少し気まずかったこともあり努めて明るく振舞わねばと思っていたのに、来て早々空回ってしまったことへの羞恥と、初対面の相手の奇抜な格好にも物怖じせずに振舞える冬華の胆力が羨ましかった。
玄関正面に立つ私が敷居を跨がなければ斜め後ろに控える彼女も玄関に入れないので若干早くしろ感を感じいそいそと靴を脱いで上がると、自分の物だけでなくただ脱いだだけの私の靴まで上品に揃える姿にいっそう影が濃くなってしまう。
きっとアニメや漫画なら今の私の立ち絵は、無表情で瞳はハイライトのない白黒で表現されている事だろう。
「あたしゃ格の違いを感じているよ。」
「だからさっきから何なのよ。待たせたら失礼だし早く先導してくれないかしら。」
このよくできた娘さんぶりにもはや返す言葉はなく無言で廊下を進みいつもの部屋に向かうと、見知ったちゃぶ台から炬燵に変身した丸卓には珍しく最初から山川が座っていた。
「こんにちわ山川。今日は天井じゃないんだね。」
「天井?」
「先週ぶりでんなお嬢はん。あと後ろのロングの子は初めましてやな。ワテは山川言いますねんお嬢はんがなんか言うとるけど気にせんといてや。」
私がいつも通りおそらく下座に当たる六時の位置に座ると、左手側九時の位置に冬華が座り真正面に河童を見ることとなるが、何となく面白い雰囲気の関西弁河童と相対しても彼女は狼狽えることなく流れるような自己紹介を言い終える。
山川はその姿に私とは違う何かを感じたのか、腕を組んで目を閉じうむうむと頷きながらしみじみと呟いた。
「なんやなあ。こう生まれの良さいうか、昨今忘れられて久しい日本の奥ゆかしき大和撫子味っちゅうもんを感じんなあ。お嬢はんもええ友達もっとんやから見習わなあきまへんで?」
「余計なお世話だし。てか自分が背中が痒うなるから敬語やめて~って言ったくせに。」
「せやったっけ?まあお嬢はんは清楚系っちゅうより闊達奔放元気系な方が堂に入っとるし、ワテはそれもええと思うで?」
掌返しからの上から目線で下された評価に少々イラっとしたが、丁度いい区切りで少年が盆を持って入って来たので中腰になり手の届く範囲で配膳を手伝う。
各々の目の前には湯呑に入った熱いお茶が配られ、配られた木皿の上には小さな木製のナイフの様な物(確か菓子楊枝と言ったか)と、花に果実、雪だるまや兎を模した高級そうな和菓子がそれぞれ四つずつ乗っていた。
「塵塚はん今日はえらい気合入ってまんな。なんかええことでもあったんでっか?」
「なに、たまたま行きつけの店で冬の新作が出ておったから買ったまでだ。」
熱々の緑茶を啜りながら他意はないと言い終えるより前に、ひょいパクと兎を掴んで嘴に放り込みこりゃ旨いと大喜びする山川とは対照的に、正座で上品に切って食べている冬華は確かにどこか良家のお嬢様のような風格を感じる。
クラスメイトが私と彼女の組み合わせを凸凹コンビだけでなく、時には美女と魔獣とまで言うのも頷けると思ってしまった。
和菓子の食べ方など知る訳もないが山川の所作を真似るのは言語道断であることは流石に分かるので、左手におわす令嬢の仕草を見様見真似で実践する。
背筋を伸ばし左手で器をもって右手に持った菓子楊枝をたどたどしい手付きで扱い、三分の一程の大きさに切りわけ刺して口に運ぶと、上品な甘さと柑橘系の華やかな香りが口の中にパッと広がり、鼻孔から抜けていく名残に和菓子特有の鮮度を感じさせられた。
「それで今回の手紙の内容だが、ようやっと台座は自身の身に起こっていることに気が付いたという認識でよいのだな?」
「はい、私の持つ遺物で彼女を見た所、身長が縮んでいるみたいなんです。」
「自覚できたようで何よりだ。」
「これでようやっと、ちっとは肩の力抜いて喋れまんな。」
「然り。して台座よ、お前はこのことについてどう思う?」
「どうって言われても、こないだまで気づいてなかったし、もう少し小さくなったらカワイイ服も着られるようになっていいかなって。そうだ一応病院にも行こうかな。服のサイズ合わせるのにどのくらいの所で止まるのか知っておきたいし。」
私の言葉に残りの者は山川から反時計回りに眉間、顎、おでこへと手をやって三者三葉ではあったが呆れるような仕草で統一されていた。
一斉に吐かれた溜息ののち暫くの沈黙を挟んで冬華が少年に問いかける。
「塵塚さん。このまま放っておくとどうなるのか聞いてもいいですか?」
聞こえるか聞こえないかという小さな了承から軽く唇を濡らす程度にお茶を啜り、事の大きさを自覚させるかのように友人にではなく私の目をまっすぐ見据え、医者が患者に重病であると告げるかのように重々しく口を開いた。
「具体的な日数はわからぬが、おそらく平均身長まで縮む。それからは何をしても誰にも気づかれぬようになり、人知れず消滅するはずだ。」
「消滅ってそんな大げさな~。背が低くなったからって何しても誰にも気づかれなくなるなんてありえないでしょ。」
思いもよらなかった唐突な消滅宣告を冗談だと思って率直な感想を述べたが、対する三人の反応はお通夜かと思うほど重い。どうやらこの客間において現状が未だ呑み込めていないのは私だけのようだ。
「……マジ?」
「なんといいますか、二人とも申し訳ありません。まさか私の友人がこんなにも楽天家だったなんて。」
「お前のせいでは無かろうから気にするな。こやつの家はおそらく先祖代々こうだったのだ。」
「お嬢はん、ワテも大概お気楽やけど、流石にそこまでやないで。」
どうやら冗談ではないらしい雰囲気に今更ながら居住まいを正してやっとのこと返した二文字に、三方から呆れとも諦めとも取れる言葉が漏れ出ている。
しかし少年と山川が何かを知っている風なのは先週の様子から察していたが、つい先程を話を聞いたばかりの冬華までもが事情を理解しているのは何故なんだろうと今更ながらに思っていると、当の本人が口を開いて少年と問答を始めた。
「今回の一件って、たぶん怪異の仕業ですよね?」
「葉書の内容から何か知っているようだとは思っていたがなるほど。既に怪異についての知識をある程度は持っているようだな。」
「この夏に色々と有りまして。」
「夏というと烏か、それとも傀儡の方か?」
「しっていらっしゃるんですね。傀儡というのは知りませんが、その二つの内なら烏だと思います。」
「そうか、それは難儀だったろう。」
二人の会話に全く入っていけない私は山川と目を見合わせ視線でどういうことなのか説明を求めると、嘴の先をさすりながら軽く考えるポーズをとり、いつもの軽薄さを含んだまあええかという言葉と同時に膝を叩いた。
「ええかお嬢はん。まず今までに何べんも言うたけど怪異っちゅうもんが今も元気やっていうのを認めて貰わなあかんねん。まずその大前提を理解してもらわんとなんも始まらへんのや。ワテも塵塚はんも怪異、清楚ちゃんが夏になんかあったいうんもたぶん怪異関連で、今回お嬢はんの背ぇ奪ってんのも怪異や。まずここまではええか?」
「学校で教わった怪異は絶滅したっていう歴史は嘘ってこと?」
「それが嘘いうか、そもそも怪異っていうもんの定義が違とるって感じやな。こないだ狐や狸来たとき人性生物いうとったけど、ワテからしたらあれらも怪異やねん。こないだ有子はんから教えてもろたんやけど、お嬢はんらは皮の内側に内臓あって、人の言葉喋れたら人性生物いうんやろ?」
「人間以外の生物で人と同じ言葉を喋れるから、人の性質の一部を持つってことでそう呼ぶって習ったけど。」
「ほなワテら河童みたいに腕が伸びたり砂のばばぁみたいに掌から無限に砂出せたりするんはなんて言うんや?」
「別に考えたことも無かったけどたぶん種族特性とか?割いたら割いただけ頭が増える生き物もいるし腕が伸びるくらい些細な事だよ。」
「なんやその性質。それで怪異ちゃうって普通の生きもんもたいがいやな。ってそれはまあええわ、ワテらはお嬢はんの言う種族特性の事を怪異性いうんや。」
「カイイセイ?」
「せや。まあ簡単に言うなら怪異としての能力いうか特性やな。さっきの例だけやのうて人狼の犬っぽさとか人猫の猫っぽさなんかもそうや。最近は人の生活に慣れすぎて怪異性を低なっとるもんも多いけどな。ほんでお嬢はんの話に戻るんやけど、今お嬢はんの背ぇ奪っとんのも何かしら怪異の仕業やってことですわ。」
「そんな非現実的なことってある?自分の身体伸ばすくらいならヨガの訓練詰めば出来るって聞いた事あるけど、他人の身長を奪うなんてどう考えても物理的におかしいじゃん。」
「なんや河童の特技を軽く見られとるみたいであれやけど今はええわ。怪異性っちゅうのは他人とか物理とか関係のうて、そう言う事が出来るとかそういう風にしか生きられへんとかいう感じの話やねん。それによう考えてみ?最近テレビや雑誌で話題になっとるろくろ首の一条はんの伸縮自在な首とか、ちいちゃい羽根しかないのに飛べる天狗大臣はんとかも物理的におかしいやろ?」
「そう?一条さんは首の皮が凄く伸びて体内で生成した特殊ガスを充満させることで伸縮自在って話だし、大臣さんも羽が小さい分すごくバタバタしてるだけってどこかで聞いたけど。」
「っかー!これやからテレビや雑誌で誰かがそう言うたからそうやって思い込んでまう現代っ子は!わかった!ほんなら典型的な怪異連れて来るさかいちょっと待っとき!」
湯呑のお茶を一気に飲み干した山川は私が立ち入ったことのない台所に行き、誰かと喧嘩しているような声が聞こえてきたが暫くすると静かになり、戻ってきて手に握っている何かを私の目の前に置いた。
いったい何を持ってきたのかと注視すると、それは何処のスーパーでも売っている黄色と緑のスポンジだった。
ザラザラした緑の面に凹凸のついた黄色の面、あとは吊って乾かすための紐がついている位しか見受けられないので何が特別な所でもあるのかと手に取ってまじまじと眺めてみるが、長側面に一ヵ所ずつ、紐の付いている側の短側面に二ヵ所の黄色いでっぱりがある程度の事しか分からなかった。
少し湿っているので使用はしているのだろうがまだ新品のように綺麗なスポンジを机の上に戻し山川へ視線を戻すと、なにが面白いのか実は柔らかい嘴をへしゃげてにたついた表情をしている。
「ただのスポンジじゃん。」
「なかなか強情なやっちゃな。お嬢はん、そいつの背中なぞってみ?あと黄色い出っ張りのあたりくすぐってみたり。」
意地悪そうな目でまるで目の前の清掃道具を生き物かのように悪戯してみろと指示してくる。
内心馬鹿馬鹿しいと思いつつ言われたとおりにしてみると、再度掴んだスポンジから小さな音が聞こえた気がした。
流石に有り得ないだろうと思ったが隣でもっともっとやと煽る声に応えるよう、より激しく緑の面と両側面の出っ張りの付け根をくすぐるように触っていると、暫く震えるような感触の後に今度ははっきりと言葉が聞こえて来た。
「お゛、う゛、ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛、、、もう無理やあああむぎゅうっ!!」
驚いて咄嗟に握りしめてしまったが、そのおかげで掌のスポンジと聞こえる声が連動していることが明確となりハッと顔を上げる。どやっという表現以外に形容できない顔で腕を組み此方を見返している河童が此方を見ていた。
「これで分かったやろ?口も内臓もないスポンジが喋っとんのやから、怪異に物理とか関係ないねん。」
「これ本当に生きてるの!?手品とかじゃなくて!?」
「せやで。こいつは付喪神系やな。あとそろそろ手緩めたりや。なんやごっつ苦しそうやで。」
言われて握りしめているスポンジに目をやると、私の掌からはみ出た小刻みに震える手と思われる小さな突起で、右手母指球を弱々しくも懸命にタップしていた。
すこし間を開けてからとすとすと軽い音が近づいてきて、ガラリと開かれた戸の向こうから現れた仏頂面と顔を合わせるがいつもと違う様子に言葉に詰まってしまった。
変わらず赤っぽい装いではあるのだがいつもの和服に羽織ではなく、北欧発祥とされる十二月末頃に子供のいる家庭を訪れてプレゼントを配るお爺さんのモコモコした服に同色の帽子、極めつけに立派な口髭まで着用していたのだ。
「メ、メリークリスマス?」
「何を言っている。クリスマスはまだ二週間も先だ。それはそうと後ろのが先日の手紙の者か?」
「初めまして。先日手紙を送らせていただいた羽曳野です。」
「うむ、実に丁寧でよい字だった。とりあえず玄関先ではなんだ、上がるといい。」
「お世話になります。何よ、もの言いたげな眼ね。」
格好に対して季節感のある適切な対応をしたと思ったのだが、勇気を出してハズしてしまった私をよそに当たり障りのない丁寧な挨拶をかました友人へ無自覚ながら恨めしそうな視線を送ってしまっていたようだ。
先週の別れ方のせいで少し気まずかったこともあり努めて明るく振舞わねばと思っていたのに、来て早々空回ってしまったことへの羞恥と、初対面の相手の奇抜な格好にも物怖じせずに振舞える冬華の胆力が羨ましかった。
玄関正面に立つ私が敷居を跨がなければ斜め後ろに控える彼女も玄関に入れないので若干早くしろ感を感じいそいそと靴を脱いで上がると、自分の物だけでなくただ脱いだだけの私の靴まで上品に揃える姿にいっそう影が濃くなってしまう。
きっとアニメや漫画なら今の私の立ち絵は、無表情で瞳はハイライトのない白黒で表現されている事だろう。
「あたしゃ格の違いを感じているよ。」
「だからさっきから何なのよ。待たせたら失礼だし早く先導してくれないかしら。」
このよくできた娘さんぶりにもはや返す言葉はなく無言で廊下を進みいつもの部屋に向かうと、見知ったちゃぶ台から炬燵に変身した丸卓には珍しく最初から山川が座っていた。
「こんにちわ山川。今日は天井じゃないんだね。」
「天井?」
「先週ぶりでんなお嬢はん。あと後ろのロングの子は初めましてやな。ワテは山川言いますねんお嬢はんがなんか言うとるけど気にせんといてや。」
私がいつも通りおそらく下座に当たる六時の位置に座ると、左手側九時の位置に冬華が座り真正面に河童を見ることとなるが、何となく面白い雰囲気の関西弁河童と相対しても彼女は狼狽えることなく流れるような自己紹介を言い終える。
山川はその姿に私とは違う何かを感じたのか、腕を組んで目を閉じうむうむと頷きながらしみじみと呟いた。
「なんやなあ。こう生まれの良さいうか、昨今忘れられて久しい日本の奥ゆかしき大和撫子味っちゅうもんを感じんなあ。お嬢はんもええ友達もっとんやから見習わなあきまへんで?」
「余計なお世話だし。てか自分が背中が痒うなるから敬語やめて~って言ったくせに。」
「せやったっけ?まあお嬢はんは清楚系っちゅうより闊達奔放元気系な方が堂に入っとるし、ワテはそれもええと思うで?」
掌返しからの上から目線で下された評価に少々イラっとしたが、丁度いい区切りで少年が盆を持って入って来たので中腰になり手の届く範囲で配膳を手伝う。
各々の目の前には湯呑に入った熱いお茶が配られ、配られた木皿の上には小さな木製のナイフの様な物(確か菓子楊枝と言ったか)と、花に果実、雪だるまや兎を模した高級そうな和菓子がそれぞれ四つずつ乗っていた。
「塵塚はん今日はえらい気合入ってまんな。なんかええことでもあったんでっか?」
「なに、たまたま行きつけの店で冬の新作が出ておったから買ったまでだ。」
熱々の緑茶を啜りながら他意はないと言い終えるより前に、ひょいパクと兎を掴んで嘴に放り込みこりゃ旨いと大喜びする山川とは対照的に、正座で上品に切って食べている冬華は確かにどこか良家のお嬢様のような風格を感じる。
クラスメイトが私と彼女の組み合わせを凸凹コンビだけでなく、時には美女と魔獣とまで言うのも頷けると思ってしまった。
和菓子の食べ方など知る訳もないが山川の所作を真似るのは言語道断であることは流石に分かるので、左手におわす令嬢の仕草を見様見真似で実践する。
背筋を伸ばし左手で器をもって右手に持った菓子楊枝をたどたどしい手付きで扱い、三分の一程の大きさに切りわけ刺して口に運ぶと、上品な甘さと柑橘系の華やかな香りが口の中にパッと広がり、鼻孔から抜けていく名残に和菓子特有の鮮度を感じさせられた。
「それで今回の手紙の内容だが、ようやっと台座は自身の身に起こっていることに気が付いたという認識でよいのだな?」
「はい、私の持つ遺物で彼女を見た所、身長が縮んでいるみたいなんです。」
「自覚できたようで何よりだ。」
「これでようやっと、ちっとは肩の力抜いて喋れまんな。」
「然り。して台座よ、お前はこのことについてどう思う?」
「どうって言われても、こないだまで気づいてなかったし、もう少し小さくなったらカワイイ服も着られるようになっていいかなって。そうだ一応病院にも行こうかな。服のサイズ合わせるのにどのくらいの所で止まるのか知っておきたいし。」
私の言葉に残りの者は山川から反時計回りに眉間、顎、おでこへと手をやって三者三葉ではあったが呆れるような仕草で統一されていた。
一斉に吐かれた溜息ののち暫くの沈黙を挟んで冬華が少年に問いかける。
「塵塚さん。このまま放っておくとどうなるのか聞いてもいいですか?」
聞こえるか聞こえないかという小さな了承から軽く唇を濡らす程度にお茶を啜り、事の大きさを自覚させるかのように友人にではなく私の目をまっすぐ見据え、医者が患者に重病であると告げるかのように重々しく口を開いた。
「具体的な日数はわからぬが、おそらく平均身長まで縮む。それからは何をしても誰にも気づかれぬようになり、人知れず消滅するはずだ。」
「消滅ってそんな大げさな~。背が低くなったからって何しても誰にも気づかれなくなるなんてありえないでしょ。」
思いもよらなかった唐突な消滅宣告を冗談だと思って率直な感想を述べたが、対する三人の反応はお通夜かと思うほど重い。どうやらこの客間において現状が未だ呑み込めていないのは私だけのようだ。
「……マジ?」
「なんといいますか、二人とも申し訳ありません。まさか私の友人がこんなにも楽天家だったなんて。」
「お前のせいでは無かろうから気にするな。こやつの家はおそらく先祖代々こうだったのだ。」
「お嬢はん、ワテも大概お気楽やけど、流石にそこまでやないで。」
どうやら冗談ではないらしい雰囲気に今更ながら居住まいを正してやっとのこと返した二文字に、三方から呆れとも諦めとも取れる言葉が漏れ出ている。
しかし少年と山川が何かを知っている風なのは先週の様子から察していたが、つい先程を話を聞いたばかりの冬華までもが事情を理解しているのは何故なんだろうと今更ながらに思っていると、当の本人が口を開いて少年と問答を始めた。
「今回の一件って、たぶん怪異の仕業ですよね?」
「葉書の内容から何か知っているようだとは思っていたがなるほど。既に怪異についての知識をある程度は持っているようだな。」
「この夏に色々と有りまして。」
「夏というと烏か、それとも傀儡の方か?」
「しっていらっしゃるんですね。傀儡というのは知りませんが、その二つの内なら烏だと思います。」
「そうか、それは難儀だったろう。」
二人の会話に全く入っていけない私は山川と目を見合わせ視線でどういうことなのか説明を求めると、嘴の先をさすりながら軽く考えるポーズをとり、いつもの軽薄さを含んだまあええかという言葉と同時に膝を叩いた。
「ええかお嬢はん。まず今までに何べんも言うたけど怪異っちゅうもんが今も元気やっていうのを認めて貰わなあかんねん。まずその大前提を理解してもらわんとなんも始まらへんのや。ワテも塵塚はんも怪異、清楚ちゃんが夏になんかあったいうんもたぶん怪異関連で、今回お嬢はんの背ぇ奪ってんのも怪異や。まずここまではええか?」
「学校で教わった怪異は絶滅したっていう歴史は嘘ってこと?」
「それが嘘いうか、そもそも怪異っていうもんの定義が違とるって感じやな。こないだ狐や狸来たとき人性生物いうとったけど、ワテからしたらあれらも怪異やねん。こないだ有子はんから教えてもろたんやけど、お嬢はんらは皮の内側に内臓あって、人の言葉喋れたら人性生物いうんやろ?」
「人間以外の生物で人と同じ言葉を喋れるから、人の性質の一部を持つってことでそう呼ぶって習ったけど。」
「ほなワテら河童みたいに腕が伸びたり砂のばばぁみたいに掌から無限に砂出せたりするんはなんて言うんや?」
「別に考えたことも無かったけどたぶん種族特性とか?割いたら割いただけ頭が増える生き物もいるし腕が伸びるくらい些細な事だよ。」
「なんやその性質。それで怪異ちゃうって普通の生きもんもたいがいやな。ってそれはまあええわ、ワテらはお嬢はんの言う種族特性の事を怪異性いうんや。」
「カイイセイ?」
「せや。まあ簡単に言うなら怪異としての能力いうか特性やな。さっきの例だけやのうて人狼の犬っぽさとか人猫の猫っぽさなんかもそうや。最近は人の生活に慣れすぎて怪異性を低なっとるもんも多いけどな。ほんでお嬢はんの話に戻るんやけど、今お嬢はんの背ぇ奪っとんのも何かしら怪異の仕業やってことですわ。」
「そんな非現実的なことってある?自分の身体伸ばすくらいならヨガの訓練詰めば出来るって聞いた事あるけど、他人の身長を奪うなんてどう考えても物理的におかしいじゃん。」
「なんや河童の特技を軽く見られとるみたいであれやけど今はええわ。怪異性っちゅうのは他人とか物理とか関係のうて、そう言う事が出来るとかそういう風にしか生きられへんとかいう感じの話やねん。それによう考えてみ?最近テレビや雑誌で話題になっとるろくろ首の一条はんの伸縮自在な首とか、ちいちゃい羽根しかないのに飛べる天狗大臣はんとかも物理的におかしいやろ?」
「そう?一条さんは首の皮が凄く伸びて体内で生成した特殊ガスを充満させることで伸縮自在って話だし、大臣さんも羽が小さい分すごくバタバタしてるだけってどこかで聞いたけど。」
「っかー!これやからテレビや雑誌で誰かがそう言うたからそうやって思い込んでまう現代っ子は!わかった!ほんなら典型的な怪異連れて来るさかいちょっと待っとき!」
湯呑のお茶を一気に飲み干した山川は私が立ち入ったことのない台所に行き、誰かと喧嘩しているような声が聞こえてきたが暫くすると静かになり、戻ってきて手に握っている何かを私の目の前に置いた。
いったい何を持ってきたのかと注視すると、それは何処のスーパーでも売っている黄色と緑のスポンジだった。
ザラザラした緑の面に凹凸のついた黄色の面、あとは吊って乾かすための紐がついている位しか見受けられないので何が特別な所でもあるのかと手に取ってまじまじと眺めてみるが、長側面に一ヵ所ずつ、紐の付いている側の短側面に二ヵ所の黄色いでっぱりがある程度の事しか分からなかった。
少し湿っているので使用はしているのだろうがまだ新品のように綺麗なスポンジを机の上に戻し山川へ視線を戻すと、なにが面白いのか実は柔らかい嘴をへしゃげてにたついた表情をしている。
「ただのスポンジじゃん。」
「なかなか強情なやっちゃな。お嬢はん、そいつの背中なぞってみ?あと黄色い出っ張りのあたりくすぐってみたり。」
意地悪そうな目でまるで目の前の清掃道具を生き物かのように悪戯してみろと指示してくる。
内心馬鹿馬鹿しいと思いつつ言われたとおりにしてみると、再度掴んだスポンジから小さな音が聞こえた気がした。
流石に有り得ないだろうと思ったが隣でもっともっとやと煽る声に応えるよう、より激しく緑の面と両側面の出っ張りの付け根をくすぐるように触っていると、暫く震えるような感触の後に今度ははっきりと言葉が聞こえて来た。
「お゛、う゛、ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛、、、もう無理やあああむぎゅうっ!!」
驚いて咄嗟に握りしめてしまったが、そのおかげで掌のスポンジと聞こえる声が連動していることが明確となりハッと顔を上げる。どやっという表現以外に形容できない顔で腕を組み此方を見返している河童が此方を見ていた。
「これで分かったやろ?口も内臓もないスポンジが喋っとんのやから、怪異に物理とか関係ないねん。」
「これ本当に生きてるの!?手品とかじゃなくて!?」
「せやで。こいつは付喪神系やな。あとそろそろ手緩めたりや。なんやごっつ苦しそうやで。」
言われて握りしめているスポンジに目をやると、私の掌からはみ出た小刻みに震える手と思われる小さな突起で、右手母指球を弱々しくも懸命にタップしていた。
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