冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった

こなひじき

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第6章 契約の見直し

第4話 暗雲

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 新たな問題として浮かんできた実子の存在。彼女が健斗に向けた不適な笑いの理由は、翌週に思い知らされる事となった。

(何か、やけに視線を感じる。俺が何かしてしまったのだろうか?)

 玲との仲が発覚したときは、かつて無いほどに数奇の目線を浴びることになった。しかし今向けられている目線達はそれとは異なる物だと健斗は感じている。オフィスの空調はちゃんと効いているのに、じっとりと汗をかいてしまうような、嫌な感覚だった。

「なあ、おとな――」
「音無さーん、ちょっといいですかー?」

 心配になった聡一が話しかけようとしたところで、背後から抱きつきそうな距離感で現れた実子が遮ってきた。健斗は嫌な気分を顔に出してしまうが、実子は一切気にせず健斗の右腕を抱き止めてしまう。
 
「……岡本さん、今はちょっと立て込んでて」
「急ぎの件なんです。すぐに済みますからー」
「あ、ちょっと……」

 やや強引に腕を引っ張られてしまう。あまり抵抗するのもバツが悪いと思い、仕方なくついていく。健斗としては今の実子を信じることができない。かといってオフィスで振りほどいては印象が悪いので、ここは話を聞いておくことにした。連れられた場所は、お茶くみなどが行われる給湯室だ。

「で、どうしたんですか?」
「音無さん、気づいてますかー? 貴方についての噂が広まっているんですよー」
「ど、どんな?」 
 
 次に実子から出てきた言葉は、健斗を驚愕させるには充分過ぎるものだった。
 
「貴方がしてるんじゃないか、って」
「は!?」

 そう、健斗が二人の女性と親密な関係になっているという噂が広まっていたのである。今朝からオフィス全員の健斗に対する目線が厳しかったのはそれが原因だった。健斗は顔が青ざめて、絶対に違うと慌て始める。
 
「そんなの、見に覚えがないですよ!」
「いいえ、それがあるんですよー。冷女さんと仲良くしている件と、もう一人は勿論、私です」
「なんでそんな話に……」
「決まってるじゃないですかー、ほら今も、私たちの距離感を見たら皆そうなのかなって思いますよねー?」
「っ!」

 オフィスから連れ出される時から、実子は健斗の腕に抱きついたままだった。今も胸を腕に押し付けたままの状態だった事にやっと気づいた健斗はすぐに彼女を離させた。無理矢理離しても、彼女の余裕は崩れない。

「慌てて距離を置いても、今さら遅いですよ。私達の仲睦まじい様子は全員に見られていますから」
「こ、こんなの貴女が勝手に引っ付いてきているだけじゃないですか!」
「そうですね。けれど、皆さんはそう思っていないみたいですよー?」
「え……」

 そう言って実子は自分の携帯を取り出して画面を見せてくる。その内容は、実子とその他大勢のチャット画面だった。そこには健斗の仄かな期待を裏切る言葉ばかりだった。

「ほら、私が参加している社内のグループチャットのトーク内容です。皆、逆に音無さんが私を誑かしているんじゃないかって思っているみたいですよー? 発言しているのは大体上のオジさん達ですけどねー」
「う、あ……」

 社員の多くを含んでいるこのグループ内に、健斗の味方はいないようだった。健斗の噂を否定するものは、一人もいない。絶望的な状況を目の当たりにした健斗は、自身を支える事が出来なくなり壁にもたれ掛かる。そんな健斗に、実子は更に体を寄せてくる。
 
「それに噂はもう一つ、あるんですよ」

 実子はまだまだ有利であると見せつけるかのように、また健斗の腕に絡み付く。健斗は底知れぬ恐怖に恐れをなしながら、まだあるのかと思い呼吸がしづらくなっていく。
 
「……それは、なんですか」
「貴方が、になるという話です」
「は!?」
「あ、これは噂じゃなくて確定事項なのでもう覆りませんよー?」

 健斗は更なる絶望に叩き落とされた。以前実子が誘ってきた経理部に異動させられる。自分の玲の下で無くなり、実子と同じ部署に飛ばされる。それはつまり、実質的に実子の手中に取り込まれるのと同じ事だ。
  
「そ、そんなの俺は認めてなんか……」
「手続きを終えた書類もありますよー。ですから……」

 チェックメイト、と言わんばかりに実子は健斗の頭を自分の胸に抱き寄せる。もう、彼は逃げられないと思わせるような光景は、幸い誰にも見られていない。
 
「諦めて、私のモノになってください。音無さん?」
「あ、お、俺は……」

 社内の交友関係で頼っていた同僚にも、今は声が届かない。実子を止める術が見当たらない。健斗は完全に追い詰められてしまった。味方の居ない孤独感と、足掻きようの無い絶望感に教われて、健斗はもう抗う事ができない。震えながら、首を縦に振ろうとしたその時だった。


「そんな話に頷いちゃ駄目よ、健斗君!」
「っ!」

 彼女の声は、またしても彼を救った。
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