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第5章 問題は思ったよりも大きく
第5話 作戦開始
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今日はこれまでの金曜日とは空気が違っていた。その原因は、金の冷女が本社にいないことである。彼女がいるオフィスは緊張感が生まれるために、空気がやや張り詰めたものになる。しかし、あるはずの緊張感がなくなっているせいか、皆浮ついたような雰囲気が漂っていた。
そんな冷女こと玲が今日も在宅に変更したのは、ストーカー対策の一環だった。勿論そんな理由を知っているのは玲と、彼女の空席へたまに目線を送っては、犯人を特定するために時折周囲を見渡している健斗だけである。そんな彼の様子は普段と違いすぎるので、いつも絡んでくる同僚二人が疑問に思わないはずはなかった。
「音無先輩ー、近頃なーんか先輩絡みの妙な噂が流れてるんですけど」
「ああ、みたいだな」
「みたいだな、って……。先輩と泉さんの話ですよ?」
「知ってるぞ、けど別に仕事には関係ないだろ?」
「まあ、それはそうなんですけど……」
小里の言葉に、周囲の人もこっそりと耳を傾けている。健斗と玲が同棲しているという噂はそれなりに広まっているのだろう。だが健斗にとっては想定通りといったところで、別に肯定や否定をしなかった。健斗に対して違和感を感じているのは、当然もう一人の同僚も同じだった。
「なあ音無、金曜日なのに泉さんがいなくて寂しくないのか?」
「玲さんがそう決めたんだから、仕方ないだろ」
「ぶっ!?」
「音無!?」
小里が飲んでいたお茶を吹き出し、聡一はキーボードをガチャンと言わせて驚いた。三人の会話が聞こえていた周囲がざわつく。原因は当然、健斗が彼女の事を名前呼びした事に戸惑っているのだ。玲の事を名前呼びする人は誰もいない。皆それは恐れ多い行為であるという暗黙の認識を持っていたからである。
「チッ……」
三人の会話によって発生したざわつきは、少し離れた山岸の耳にも届いたようだ。普段女性がいるところでは大人しいおじさんを装っているのだが、頭に血が昇り切っているようで周囲の目を気にすることなく健斗を恨めしそうに睨みつけて舌打ちをしていた。
(……あの人の反応は予想通りだな、呼び方が変わったらトマトみたいに顔が真っ赤になったぞ)
玲にご執心だった山岸にとってはそれ程に苛立つ情報だったのだろう、とずっと敵視されているにも関わらず健斗の思考は冷静だった。やることはやった、と作業に意識を戻そうとする健斗だったが、まだ彼を気にかけて声をかけるものがいた。
「音無君」
「高崎さん、どうしたんですか?」
「いや、君の噂の件が気になってね……大丈夫なのかい?」
「ええ、玲さんの件については全然問題ないですよ」
「そ、そうか……まあ君がそういうならいいのかな」
早く噂を聞きつけた上で健斗を気にかけて声をかけていた高崎、しかし健斗はそれでも意に介さない。戸惑いつつも高崎は言及を止めた。ここで健斗は違和感を感じた。高崎は他の人と違って健斗が彼女を名前で呼んだ事にあまり驚かず、そういえばと話題を切り替えた。
「さっき聞いたんだけど、泉が今日の夜デスクに置いていた物を取りに来るんだったっけ?」
「……らしいですね。俺も本人から聞きました」
「うん、だよね。話はそれだけだから、僕は行くよ」
「はい」
それじゃ、と高崎は去っていく。健斗はその後姿をジッと見送った。軽くため息をついて、ようやく作業に戻れると思いながら座りなおしたのだが、いつの間にか健斗の同僚二人が背後に立っていた。聡一と小里は、健斗の腕を掴んで立ち上がらせてオフィスから連れ出し始めた。
「音無、ちょっとついてきてくれ」
「連行し始めてからそれを言うのはおかしいぞ佐々木……」
「今回はガチの取り調べですよ」
「いや、別に取り調べられるような事は」
「はいはい、そういうの良いですから行きますよー」
「おい、お前ら……」
二人からガッチリと掴まれたまま、健斗は成す術無くオフィスから連れ出された。何かあったのかと周囲から懐疑的な目線を向けられる事は作戦の内だと覚悟してはいたのだが、こんな形で晒し物になってしまうのは想定していなかった。二人に一体何をされてしまうのか、健斗は不安でいっぱいになってしまうのだった。
そんな冷女こと玲が今日も在宅に変更したのは、ストーカー対策の一環だった。勿論そんな理由を知っているのは玲と、彼女の空席へたまに目線を送っては、犯人を特定するために時折周囲を見渡している健斗だけである。そんな彼の様子は普段と違いすぎるので、いつも絡んでくる同僚二人が疑問に思わないはずはなかった。
「音無先輩ー、近頃なーんか先輩絡みの妙な噂が流れてるんですけど」
「ああ、みたいだな」
「みたいだな、って……。先輩と泉さんの話ですよ?」
「知ってるぞ、けど別に仕事には関係ないだろ?」
「まあ、それはそうなんですけど……」
小里の言葉に、周囲の人もこっそりと耳を傾けている。健斗と玲が同棲しているという噂はそれなりに広まっているのだろう。だが健斗にとっては想定通りといったところで、別に肯定や否定をしなかった。健斗に対して違和感を感じているのは、当然もう一人の同僚も同じだった。
「なあ音無、金曜日なのに泉さんがいなくて寂しくないのか?」
「玲さんがそう決めたんだから、仕方ないだろ」
「ぶっ!?」
「音無!?」
小里が飲んでいたお茶を吹き出し、聡一はキーボードをガチャンと言わせて驚いた。三人の会話が聞こえていた周囲がざわつく。原因は当然、健斗が彼女の事を名前呼びした事に戸惑っているのだ。玲の事を名前呼びする人は誰もいない。皆それは恐れ多い行為であるという暗黙の認識を持っていたからである。
「チッ……」
三人の会話によって発生したざわつきは、少し離れた山岸の耳にも届いたようだ。普段女性がいるところでは大人しいおじさんを装っているのだが、頭に血が昇り切っているようで周囲の目を気にすることなく健斗を恨めしそうに睨みつけて舌打ちをしていた。
(……あの人の反応は予想通りだな、呼び方が変わったらトマトみたいに顔が真っ赤になったぞ)
玲にご執心だった山岸にとってはそれ程に苛立つ情報だったのだろう、とずっと敵視されているにも関わらず健斗の思考は冷静だった。やることはやった、と作業に意識を戻そうとする健斗だったが、まだ彼を気にかけて声をかけるものがいた。
「音無君」
「高崎さん、どうしたんですか?」
「いや、君の噂の件が気になってね……大丈夫なのかい?」
「ええ、玲さんの件については全然問題ないですよ」
「そ、そうか……まあ君がそういうならいいのかな」
早く噂を聞きつけた上で健斗を気にかけて声をかけていた高崎、しかし健斗はそれでも意に介さない。戸惑いつつも高崎は言及を止めた。ここで健斗は違和感を感じた。高崎は他の人と違って健斗が彼女を名前で呼んだ事にあまり驚かず、そういえばと話題を切り替えた。
「さっき聞いたんだけど、泉が今日の夜デスクに置いていた物を取りに来るんだったっけ?」
「……らしいですね。俺も本人から聞きました」
「うん、だよね。話はそれだけだから、僕は行くよ」
「はい」
それじゃ、と高崎は去っていく。健斗はその後姿をジッと見送った。軽くため息をついて、ようやく作業に戻れると思いながら座りなおしたのだが、いつの間にか健斗の同僚二人が背後に立っていた。聡一と小里は、健斗の腕を掴んで立ち上がらせてオフィスから連れ出し始めた。
「音無、ちょっとついてきてくれ」
「連行し始めてからそれを言うのはおかしいぞ佐々木……」
「今回はガチの取り調べですよ」
「いや、別に取り調べられるような事は」
「はいはい、そういうの良いですから行きますよー」
「おい、お前ら……」
二人からガッチリと掴まれたまま、健斗は成す術無くオフィスから連れ出された。何かあったのかと周囲から懐疑的な目線を向けられる事は作戦の内だと覚悟してはいたのだが、こんな形で晒し物になってしまうのは想定していなかった。二人に一体何をされてしまうのか、健斗は不安でいっぱいになってしまうのだった。
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