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第4章 玲は気にかける
第5話 病欠
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ピピピ……。
健斗が毎朝お世話になっている目覚まし時計のアラームが、また同じ時間に部屋に鳴り響く。ここ一月以上はすぐに起きられていたはずなのだが、中々出ることができない。起きてすぐに開けているカーテンも開けられずに、部屋はまだ薄暗いままだ。
「ゴホッ……、なんか喉が痛いし、体が熱い……?」
喉が痛くて、身体が火照るように熱い。体が思うように動かず、朝の支度の事を考えるととても億劫になってしまっている。そう、彼は風邪を引いてしまったのである。
(これは、不味いな。もう着替えを始めないといけないのに、体が重すぎる……いや駄目だ、起きなきゃだろ! 今日も泉さんは時間通りに来るんだから!)
息を切らしながら腕に力を込めて強引に身体を起こす。フラフラと歩きだして着替えを始めるが、手元がおぼつかずにワイシャツのボタンを掛け違えてしまったりとやけに時間を食ってしまう。このままでは間に合わないと踏んで、仕方なく弁当を諦めて身支度だけを終えた。
やけに遠く感じた玄関に着き、左腕に着けた腕時計を確認して玲との約束の時間に合わせて扉を開けた。そこにはいつもと同じく身なりをしっかりと整えた玲が立っていた。彼女は健斗の様子がおかしいことにすぐに気が付く。
「おはよう音無く……顔色が悪いわ」
「おはようございます。こ、この位ならなんとかなります……、では――」
「待ちなさい」
力無く右腕をフラフラと上げて健斗は外に出ようとする。しかし、玲に両肩を掴んで止められてしまった。そして玲は彼を玄関から家の中に引き戻した。玲は健斗を玄関の段差に座らせた後、彼女はしゃがみこんで彼と目線を合わせ、眉を顰めながら言った。
「駄目よ、今日は休んで」
「ですが……ゲホッゲホッ!」
「ほら、そんな調子じゃ無理よ。弁当を作る気力も無かったんでしょう?」
「あ……」
玲の目線の先には、広げるだけ広げてあった弁当箱。健斗が料理を作る事が出来なかったという事を、彼女は家の中を見てすぐに察知していたのである。
「確か音無君、有給を全然使っていなかったでしょう? 課長の私が許可するから、今日は休んで」
「は、はい……」
「さあ、支えてあげるからベッドに戻って」
思考が纏まらない健斗に抵抗する力は無く、玲に肩を支えられながら自室のベッドに腰掛けさせられた。『休暇の手続きは私がしておくから、着替えて安静にね』と言い残して玲は防音部屋に入っていく。
(いかん、どうにかしなければ……)
静かになった自室には彼の呼吸音と咳だけが響く。もう動きたくても上手く動けない状態のはずなのに、それでも彼は何もせずにはいられない。
(音無君が、過労で倒れてしまった。……彼が無理をしていると気づいていたのに、止められなかった)
健斗の休暇手続きを済ませた玲は、軽くため息をつきながら彼の病欠を阻止できなかった事を後悔していた。風邪をひいた原因は間違いなく仕事の引き受けすぎだろう。思わず両手で頭を抱えていた。
(どうして、君はそこまでしてしまうの?)
健斗が真面目で人の頼みを断らない性格だという事は知っている。それは一人の上司としても褒めるべき美徳である。けれど玲としては、自分の身体に鞭を打ってまで頑張りすぎる彼の事が心配だった。それと同時に、他人に対してなぜそこまで出来るのかが玲には理解できなかった。
(……もしかして、彼も私みたいに何か抱えて――)
そこまで考えていた所で、防音部屋の扉がノックされる音によって彼女の思考が打ち切られた。家には自分以外で一人しかいない、健斗が何かヘルプを求めているのかと思いすぐに扉を開けた。
「音無君! 何かあった……の?」
そこに立っていたのは、スーツから着替えておらず、温かいお茶が入った湯呑を一つ持った彼の姿だった。玲が全く予想だにもしていなかった状況に唖然としていると、健斗は湯呑を彼女に差し出しながらガラガラの声で言った。
「ねえ、音無君。……何をしているの?」
「あ、泉さん。……お茶入れたので、良かったら……」
「……音無君、貴方病人よね?」
「え? まあ、そうですけど……」
玲は一度顔を下げてから、健斗に激情の目を向けた。健斗は全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら彼女の言葉を待った。
「なら動いたら駄目でしょう!? 早く戻って寝ていなさい!」
「っ!?」
玲が彼にぶつけた言葉は冷女と呼ばれるような冷たい怒り方とは全く違う、とても感情的な怒り方だった。健斗が完全にすくみ上がってしまい倒れそうになったところを、玲は彼の湯呑を持っている方の腕を掴んで辛うじて倒れない様に支える事が出来た。
「……怒鳴ってごめんなさい。けどお願いだから、無理をしないで」
「いえ、俺のほうこそ、すみませんでした……」
(やっぱり様子がおかしいわ。こんなにも体が震えているのは本当に風邪のせい?)
今度こそ着替えて寝てもらった健斗の様子をしばらく見届けてから、玲は作業を再開するために防音部屋へと戻った。しかし彼女は今の会社に勤め続けた中で初めて、仕事がまともに手につかなくなってしまっていたのであった。
健斗が毎朝お世話になっている目覚まし時計のアラームが、また同じ時間に部屋に鳴り響く。ここ一月以上はすぐに起きられていたはずなのだが、中々出ることができない。起きてすぐに開けているカーテンも開けられずに、部屋はまだ薄暗いままだ。
「ゴホッ……、なんか喉が痛いし、体が熱い……?」
喉が痛くて、身体が火照るように熱い。体が思うように動かず、朝の支度の事を考えるととても億劫になってしまっている。そう、彼は風邪を引いてしまったのである。
(これは、不味いな。もう着替えを始めないといけないのに、体が重すぎる……いや駄目だ、起きなきゃだろ! 今日も泉さんは時間通りに来るんだから!)
息を切らしながら腕に力を込めて強引に身体を起こす。フラフラと歩きだして着替えを始めるが、手元がおぼつかずにワイシャツのボタンを掛け違えてしまったりとやけに時間を食ってしまう。このままでは間に合わないと踏んで、仕方なく弁当を諦めて身支度だけを終えた。
やけに遠く感じた玄関に着き、左腕に着けた腕時計を確認して玲との約束の時間に合わせて扉を開けた。そこにはいつもと同じく身なりをしっかりと整えた玲が立っていた。彼女は健斗の様子がおかしいことにすぐに気が付く。
「おはよう音無く……顔色が悪いわ」
「おはようございます。こ、この位ならなんとかなります……、では――」
「待ちなさい」
力無く右腕をフラフラと上げて健斗は外に出ようとする。しかし、玲に両肩を掴んで止められてしまった。そして玲は彼を玄関から家の中に引き戻した。玲は健斗を玄関の段差に座らせた後、彼女はしゃがみこんで彼と目線を合わせ、眉を顰めながら言った。
「駄目よ、今日は休んで」
「ですが……ゲホッゲホッ!」
「ほら、そんな調子じゃ無理よ。弁当を作る気力も無かったんでしょう?」
「あ……」
玲の目線の先には、広げるだけ広げてあった弁当箱。健斗が料理を作る事が出来なかったという事を、彼女は家の中を見てすぐに察知していたのである。
「確か音無君、有給を全然使っていなかったでしょう? 課長の私が許可するから、今日は休んで」
「は、はい……」
「さあ、支えてあげるからベッドに戻って」
思考が纏まらない健斗に抵抗する力は無く、玲に肩を支えられながら自室のベッドに腰掛けさせられた。『休暇の手続きは私がしておくから、着替えて安静にね』と言い残して玲は防音部屋に入っていく。
(いかん、どうにかしなければ……)
静かになった自室には彼の呼吸音と咳だけが響く。もう動きたくても上手く動けない状態のはずなのに、それでも彼は何もせずにはいられない。
(音無君が、過労で倒れてしまった。……彼が無理をしていると気づいていたのに、止められなかった)
健斗の休暇手続きを済ませた玲は、軽くため息をつきながら彼の病欠を阻止できなかった事を後悔していた。風邪をひいた原因は間違いなく仕事の引き受けすぎだろう。思わず両手で頭を抱えていた。
(どうして、君はそこまでしてしまうの?)
健斗が真面目で人の頼みを断らない性格だという事は知っている。それは一人の上司としても褒めるべき美徳である。けれど玲としては、自分の身体に鞭を打ってまで頑張りすぎる彼の事が心配だった。それと同時に、他人に対してなぜそこまで出来るのかが玲には理解できなかった。
(……もしかして、彼も私みたいに何か抱えて――)
そこまで考えていた所で、防音部屋の扉がノックされる音によって彼女の思考が打ち切られた。家には自分以外で一人しかいない、健斗が何かヘルプを求めているのかと思いすぐに扉を開けた。
「音無君! 何かあった……の?」
そこに立っていたのは、スーツから着替えておらず、温かいお茶が入った湯呑を一つ持った彼の姿だった。玲が全く予想だにもしていなかった状況に唖然としていると、健斗は湯呑を彼女に差し出しながらガラガラの声で言った。
「ねえ、音無君。……何をしているの?」
「あ、泉さん。……お茶入れたので、良かったら……」
「……音無君、貴方病人よね?」
「え? まあ、そうですけど……」
玲は一度顔を下げてから、健斗に激情の目を向けた。健斗は全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら彼女の言葉を待った。
「なら動いたら駄目でしょう!? 早く戻って寝ていなさい!」
「っ!?」
玲が彼にぶつけた言葉は冷女と呼ばれるような冷たい怒り方とは全く違う、とても感情的な怒り方だった。健斗が完全にすくみ上がってしまい倒れそうになったところを、玲は彼の湯呑を持っている方の腕を掴んで辛うじて倒れない様に支える事が出来た。
「……怒鳴ってごめんなさい。けどお願いだから、無理をしないで」
「いえ、俺のほうこそ、すみませんでした……」
(やっぱり様子がおかしいわ。こんなにも体が震えているのは本当に風邪のせい?)
今度こそ着替えて寝てもらった健斗の様子をしばらく見届けてから、玲は作業を再開するために防音部屋へと戻った。しかし彼女は今の会社に勤め続けた中で初めて、仕事がまともに手につかなくなってしまっていたのであった。
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