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第2章 契約開始

第7話 徐々に染みる気遣い

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 契約開始から一週間が経過して、また月曜日が始まった。大抵のサラリーマンが嫌がる所なのだが、健斗にとってはベッドから意気揚々と起きられる程に楽しみな時間となっていた。

(楽しみがあるとスパッと起きられる。身だしなみをちゃんと整えるのも、段々癖が付いてきたか?)

 だらしない姿を玲に見せるわけにはいかないという意識が、彼の生活の質を上げる事に繋がっているようだ。ただ相変わらず弁当の具材は茶色いのだが、ここは見られないから彼的にはセーフなのである。

 ガチャっと玄関の扉を開けると、予定通り玲がお馴染みのスーツ姿で立っていた。

「音無君、おはようございます」
「泉さん、おはようございます。鍵を」
「はい、受け取りました。ではまた夜に」
「了解です、それではまた」

 バタン、と扉が閉まる所まで十秒足らず。朝に会ってから玲が扉を閉めるまでのこのやり取りは見違えてスムーズになっていた。

 但し健斗の気持ちとしては、効率化されていく事の気持ちよさと、玲と話す時間が削れていく事の悲しさの間で板挟みになっている様子である。

(慣れは怖い、最初は心臓がバクバクだったのに当たり前になってきてるんだからな……)

 幸せをもっと噛みしめていたいという思いを巡らせていると、足を止めていた事が幸いしてか、ガチャッっと先程閉まった扉が開いた事に気が付けた。

「音無君、よかった。まだここにいましたね」
「泉さん? どうかしたんですか?」
「これを。キッチンに置き忘れていました」
「あっ! 弁当を鞄に入れ忘れてたのか……わざわざすみません」
「気がつけて良かったです。危ない所でしたね」
 
 まだまだ健斗の朝の支度はまだ完璧とは言えなかった。表情の変わらない玲だったが、一安心している様子なのが雰囲気で健斗に伝わっていた。
 
「ありがとうございます! 助かりました!」
「いえ、気を付けてくださいね」
「はい! 行ってきます!」

 今のやり取りは、傍から見れば新婚のようである。健斗はそう感じて軽くスキップしてしまいそうな程に浮かれながら会社に向かう。一方玲は、自分がまるで旦那を送り出す妻のような行動をしていたことに気づいていなかった。

「……行ってきます、ね」

 けれど、健斗の何気なく発した言葉に温かいものを感じていたのであった。


 その日の夜も、少しだけ違うことが起きた。

『私の方が残業のため遅くなります。音無君の帰宅は十九時頃ですか?』

 玲は基本的には業務時間内に作業を終えるようにしている。しかし課長の業務となると時折足が出てしまうことがあるようだ。残業のため鍵の受け渡しなどの流れが少し変わることになる。
 
『はい、十九時頃です。玄関の鍵だけ開けてもらえば大丈夫です』
『いえ、十九時に私が扉を開けて鍵だけ先に渡す形でお願いします』
『わかりました』
「そっか、今俺の家には女性一人なんだよな。用心深くいかないと……」

 本当に彼女の考えは万全だなあ、と健斗は感心する。特にセキュリティに関して彼女はより徹底している様子である。

 健斗が帰宅した際、予定通りに玲から直接鍵を受け取った後に彼女はまた部屋に戻っていった。そこからずっと健斗はリビングでそわそわしてしまい、自分の部屋なのに緊張が解けないままだった。

 二十時頃になり、玲は仕事を終えて部屋から出てきた。すぐに帰るつもりだったのだが、彼女はリビングで足を止めた。

「今作業が終わりました。……この香りは」
「あ、泉さん。今コーヒーを入れたんですけど、飲みますか? インスタントのやつですけど……」
「……いただきます。私も即席の物は仕事終わりによく飲みますよ」
「そうだったんですか! あ、角砂糖はいくつ入れます?」
「二つでお願いします」
「はい。……出来ました。是非ソファで座りながらどうぞ!」
「ありがとうございます。では遠慮なく……」

 例はコーヒーを受け取ってリビングのソファに腰掛ける。スプーンでかき混ぜたコーヒーに口をつけて、一息ついてから玲はふと気づく。
 
「ふぅ、……あら? 音無君、私がコーヒーに砂糖を入れるって知っていたんですか?」
「え? ……あっ。砂糖を入れるのが自分の中で当たり前だったので、入れる前提で聞いちゃってました。俺もいつも二つ入れてます」
「ふふっ、気が合いますね」

 その後玲は、健斗と『料理の苦みは平気なのにコーヒーの苦みは何故か苦手である』という共通の話をしてから、飲み終えて帰っていった。

(泉さんとコーヒーの好みが同じか……。何だか嬉しいな)

 二人にとってその日に飲んだコーヒーは、いつもよりも心が満たされたように感じていた。
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