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第1章 思いがけない交渉
第3話 金の冷女
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「おはようございます」
仕事前の雑談が飛び交っていたオフィスが、一瞬だが静寂に包まれる。それ程に中心を歩く彼女は存在感を放っていた。ちなみに本人は周囲の様子を全く意に介していない。
「やっぱオーラが違うよなー、『金の冷女』こと泉さんは」
「毎回来るたび注目されてますよねー、本人は気に留めて無さそうですけど」
「……だな」
背中まで伸びた銀髪のポニーテール、つり目の中からはやや冷たい印象を与える青紫の瞳、モデルのようなスタイルによってオフィス中の男を魅了出来るほど綺麗な彼女は、泉玲。健斗の憧れの先輩であり、健斗が所属する課の課長である。モデルの様な整った容姿や凛々しい言動から、社内の人間から『金の冷女』という名称を付けられていた。
彼女がなぜ『金の冷女』などと呼ばれているのか。彼女は基本的には在宅勤務なのだが、金曜日だけ本社へ来るようにしているから『金』。仕事での彼女は厳しめな態度であり、ほぼ無表情で丁寧口調も一切変えず、プライベートも一切謎であることから『冷女』と付いたのである。失礼な名前だよな、と健斗は独り言ちる。
「泉君……。今日の飲み会、私と一緒の席で……」
「山岸さん、おはようございます。準備を進めたいのでその話は終業後にお願いします」
「あ、はい……」
隣の課からわざわざそんな事を言いに来たおじさんは、山岸さん。ああ見えて課長なのだが、何人もの女性に今みたいに言いよってはやんわりと断られている、そんな情けない姿をよく見ているせいで威厳が無い。玲には特に話しかける頻度が高いのだが、全てバッサリと跳ね返されている。
「あの人も懲りないよなー。誰から見ても脈無しなの丸わかりだぜ」
「ですよねー。あ、あの人今公園で餌貰えなかった鳩みたいな顔してましたよ」
「……いや、その例えから全然浮かばないんだが」
「そりゃー適当に言いましたんで」
「おい、鳩の顔を思い出そうとした俺の時間を返せ」
そもそも三人から山岸の顔は見えない角度にいるので小里にもわかるはずがない。真面目に受け取った健斗とは対照に、聡一は完全に聞き流していた。
「音無ー、こいつの言う事を真面目に考えても良いことないぞー?」
「ちょっと佐々木先輩、それじゃまるで私がいつも適当な人みたいじゃないですか!」
「その通りじゃないのか……?」
「マジ顔で疑うの止めて貰えます!?」
気の抜けた会話を終えると、健斗は始業時間がかなり近づいている事に気が付いた。健斗が始業の準備を黙々と進める玲の事を見ていると、二人は時間を気にせず玲の話を始めようとする。
「にしてもなー、泉さんっていつも飲み会への参加は断ってるところだけど、今日は参加するなんて予想外だなー」
「ですよねー、どういう風の吹き回しなんですかね?」
「もうそろそろ始業時間なんだから、お前らもそろそろ準備始めとけよー」
「へーい」
「はーい」
聡一と小里は渋々とパソコンを起動し始めた。やれやれと健斗が二人から目を離すと、ふと視線を感じた。目を向けると、そちらは玲のいる場所である。
(……? 今、ちょっとだけ泉さんと目があったような……?)
本当に一瞬だけで、玲は既に自分の作業に目を移している。そしてもう一つ見えた気のせいに健斗は動揺していた。
(気のせいだったのか? ほんの少し、微笑んでいたような……?)
泉玲が冷女と呼ばれる理由として、オフィスで彼女は全く表情を変えないという点がある。増して彼女の笑顔は誰も見たことが無いとまで言われている。
(もしかしたら、今日は何か起こるかもしれない……。佐々木とは違う理由だが、飲み会はちょっと期待してしまっているな)
そんな淡い期待を胸に抱きながら、今日の作業に取り掛かるのだった。
仕事前の雑談が飛び交っていたオフィスが、一瞬だが静寂に包まれる。それ程に中心を歩く彼女は存在感を放っていた。ちなみに本人は周囲の様子を全く意に介していない。
「やっぱオーラが違うよなー、『金の冷女』こと泉さんは」
「毎回来るたび注目されてますよねー、本人は気に留めて無さそうですけど」
「……だな」
背中まで伸びた銀髪のポニーテール、つり目の中からはやや冷たい印象を与える青紫の瞳、モデルのようなスタイルによってオフィス中の男を魅了出来るほど綺麗な彼女は、泉玲。健斗の憧れの先輩であり、健斗が所属する課の課長である。モデルの様な整った容姿や凛々しい言動から、社内の人間から『金の冷女』という名称を付けられていた。
彼女がなぜ『金の冷女』などと呼ばれているのか。彼女は基本的には在宅勤務なのだが、金曜日だけ本社へ来るようにしているから『金』。仕事での彼女は厳しめな態度であり、ほぼ無表情で丁寧口調も一切変えず、プライベートも一切謎であることから『冷女』と付いたのである。失礼な名前だよな、と健斗は独り言ちる。
「泉君……。今日の飲み会、私と一緒の席で……」
「山岸さん、おはようございます。準備を進めたいのでその話は終業後にお願いします」
「あ、はい……」
隣の課からわざわざそんな事を言いに来たおじさんは、山岸さん。ああ見えて課長なのだが、何人もの女性に今みたいに言いよってはやんわりと断られている、そんな情けない姿をよく見ているせいで威厳が無い。玲には特に話しかける頻度が高いのだが、全てバッサリと跳ね返されている。
「あの人も懲りないよなー。誰から見ても脈無しなの丸わかりだぜ」
「ですよねー。あ、あの人今公園で餌貰えなかった鳩みたいな顔してましたよ」
「……いや、その例えから全然浮かばないんだが」
「そりゃー適当に言いましたんで」
「おい、鳩の顔を思い出そうとした俺の時間を返せ」
そもそも三人から山岸の顔は見えない角度にいるので小里にもわかるはずがない。真面目に受け取った健斗とは対照に、聡一は完全に聞き流していた。
「音無ー、こいつの言う事を真面目に考えても良いことないぞー?」
「ちょっと佐々木先輩、それじゃまるで私がいつも適当な人みたいじゃないですか!」
「その通りじゃないのか……?」
「マジ顔で疑うの止めて貰えます!?」
気の抜けた会話を終えると、健斗は始業時間がかなり近づいている事に気が付いた。健斗が始業の準備を黙々と進める玲の事を見ていると、二人は時間を気にせず玲の話を始めようとする。
「にしてもなー、泉さんっていつも飲み会への参加は断ってるところだけど、今日は参加するなんて予想外だなー」
「ですよねー、どういう風の吹き回しなんですかね?」
「もうそろそろ始業時間なんだから、お前らもそろそろ準備始めとけよー」
「へーい」
「はーい」
聡一と小里は渋々とパソコンを起動し始めた。やれやれと健斗が二人から目を離すと、ふと視線を感じた。目を向けると、そちらは玲のいる場所である。
(……? 今、ちょっとだけ泉さんと目があったような……?)
本当に一瞬だけで、玲は既に自分の作業に目を移している。そしてもう一つ見えた気のせいに健斗は動揺していた。
(気のせいだったのか? ほんの少し、微笑んでいたような……?)
泉玲が冷女と呼ばれる理由として、オフィスで彼女は全く表情を変えないという点がある。増して彼女の笑顔は誰も見たことが無いとまで言われている。
(もしかしたら、今日は何か起こるかもしれない……。佐々木とは違う理由だが、飲み会はちょっと期待してしまっているな)
そんな淡い期待を胸に抱きながら、今日の作業に取り掛かるのだった。
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