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第2話 最初の朝

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「やっぱり間違いない、窓から見えるあのでかい建物……ユリウス学園だ」
 
 プリンスとの箱庭学園、通称『プリ庭』と呼ばれていたこのゲームは平凡な自分が憧れの王子と付き合えるという体験ができる作品だ。舞台となるユリウス学園では、王家の子息も平民と同じように学園の生徒として通っている。平民と同様の生活を経験することで将来の王としての資質を計るという狙いらしい。
 
 一平民であるヒロイン、リリア・フレイルはヒーローである王子達と分け隔てなく接することができるユリウス学園に編入し、ヒーロー達との出会いを楽しむのがゲームの最大の目標であり魅力となっている。難しい操作や謎はあまり無く、ゲームが苦手な僕でもクリアできる程の難易度だった。
 
 しかしプリ庭は、乙女ゲームの中でかなり凡庸的という位置づけのゲームだった。数ある評価の中で『全ての要素が平均点並み』という批評はかなり的を射ていた。発売されてから多少話題にはなったが、すぐに別のゲームの話題に埋もれてしまっていた。
 
 (というか乙女ゲーに男の僕が来るなんて……こういうのって女性が主人公に、とかじゃないの?)

 確かに僕は一度このゲームをクリアしたことがあるし、ちゃんとヒーロー三人とのハッピーエンドを見ることができた。しかしそもそもこのゲームは妹が積みゲーしていた一部を『クリアしておいて!』と押し付けられたものだったのである。

 『自分じゃなくてもよかった』
 
 だからこそ、何で自分が転生したのかがわからない。神様にでも聞かないと分からないような問いがグルグルと頭の中を駆け巡る。

 コンコン、と僕の思考を遮るように部屋のドアをやや強めにノックする音が聞こえた。恐る恐る入っていいよと促すと、失礼しますとドアが開く。そこにはハルトにとって馴染みのある女性が立っていた。
 
「ハルト様! どうかなさいましたか!?」

 僕の部屋に入ってきたショートの黒髪を揺らす彼女はセレン、ハルトに仕えている侍女である。我が儘放題なハルトにも我慢強く仕えてくれている数少ない人だ。僕が突然大声を出したのを聞いてかけつけてくれたのようで、目を見開き額に一粒の汗を流している。それでも僕の身を優先して案じてくれている事に感謝と申し訳なさが同時に込み上げた。

「うるさくしちゃってごめんねセレン。僕は大丈夫だよ」
「僕? ……ほ、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だから。持ち場に戻って……くれて平気だよ」
「……畏まりました」

 言葉遣いに迷った僕をジッと観察してから、僕の言いつけを守って部屋から出ていった。僕の態度に不信感を持たれてしまっただろうか。

(そういえば記憶が戻る前は周囲に滅茶苦茶当たり散らしてたんだったっけな)

 ハルトはかなり人当たりがキツく我が儘な性格だった。前世の記憶の自分とはまるで正反対と思えてしまうほどの振る舞いをしていたのだ。料理が気に入らなければ作り直させ、勉強の時間も逃げ回る等、真面目の正反対を体現したようなハルトの横暴な振るまいによって使用人を困らせ続けていた。

 ハルトのこの性格には理由があるのだが、それよりも目下の問題であるこれからどうするかについて考えなければならない。
 
 前世の自分が今からハルトのように振る舞うのは正直厳しい。今の自分は我が儘に振る舞うなんて烏滸がましい、という考えが骨の髄まで染み付いている。そうなっては忽ちボロが出てしまう未来が目に見えている。
 
 ゆっくりと部屋の窓を開けて、見慣れていたはずの庭を眺める。澄んだ空気に一面の整った草木。前世の狭いベランダとはまるで別世界だ。

「僕は、どっちとして生きていけばいいんだろう?」

 ハルトのような性格がどこかへ行ってしまったため、強ち間違ったことはいっていない。僕としては本当に心が入れ替わったようなものだ。これから僕はこの世界でハルトとして生きる。ただし、我が儘言わず大人しく生きることにしようと決心した。

(そういえば……プリ庭での僕の役割ってなんだったっけ?)

 ベッドに腰かけて一息ついてから、プリ庭におけるハルト・ユークリウッドの役割が何であったかを思い出してみる。彼はヒロインと恋愛関係に繋がるような立ち位置ではない。メインヒーローの一人であるシリウス・ユークリウッドの弟である。

 つまり自分は、サブキャラなのだ。
 
 ユリウス学園は高等部と中等部が存在しており、ヒロインのリリアや兄を含むヒーロー達は高等部に通っている。けれどハルトはまだ中等部で、ヒロインと出会うイベントは本当に数少ない上にハルトとのルートは存在しない。唯一出番のあるシリウスルートの最中、リリアの恋路を邪魔してくるという録でもないキャラだった。

 今の僕には別に邪魔をしようなんて気は起きない。余程何かをやらかさない限り、特にハッピーエンドへの道が潰える心配は無い。
 
「あれ? もしかして僕、ここでやることないんじゃないか?」

 こうして僕のプリ庭転成は、自分の部屋で路頭に彷徨う所から始まったのであった。
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