友よ

赤花雪夜

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日常

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朝、重業は布団を引かずに寝ていた。庭に飼っている犬の平太郎の鳴き声で目を覚まし頭を掻きながら上半身を起き上がらせ大きく欠伸をしま。
新しい着物に着替え草履を履きながら平五郎の散歩に出掛けた。
いつもの散歩道、変わらぬ風景、いつも挨拶してくれるご近所さんが重業に話しかけた。
「あら、シゲちゃん。おはよう。全くまたそんなだらしない格好して。男ならシャンっとしなきゃ駄目よ。この前もうちの旦那がね、もう……」
いつもと変わらぬ愚痴を重業は聞こうとするが、平五郎は其れを許そうとはしない。
「すみませんね。今、平五郎の散歩なので愚痴はまた今度聞きますよ」
「あら、いや私ったら。ごめんなさいねお散歩の邪魔しちゃって」
そう言い家に戻って行った。
重業はまた再びへと歩き始めた。
川沿いを歩くと平五郎は嬉しそうに川に飛び込んで行った。これも変わらぬ光景。
重業は平五郎が遊んでいるのを眺めながら戻って来るのを待っていた。
川に遊んで満足したのか重業の元に行き体を激しく振って水しぶきを飛ばした。
その水しぶきが重業にかかり、かけていた眼鏡にも水が少しついてしまう。
重業は笑いながら平五郎の頭を撫で着物の袖で眼鏡を拭くと、平五郎は早く早くと意思表示を見せているのか重業の袴下を噛みながら引っ張る。重業は急いで眼鏡をかけ平五郎に振り回された。
ようやく家に帰ると平五郎は犬小屋に戻り重業は家に入って平五郎の飯の用意をした。
平五郎は重業が用意した飯を美味しそうに勢いよく食べ始めるとあっという間になくなってしまった。
平五郎がが気持ち良く食べているのを見ていた重業は腹の音を鳴らし自分の朝飯を作り食べ始めた。
重業は手を合わせ、箸を持って食べると、平五郎は舌を出しながら重業が食べているのをじっと見ていた。重業は少し気まずくなり、諦めたかのように自分の好物よ鳥の塩焼きを平五郎に半分あげた。平五郎は嬉しそうに食べ重業も嬉しそうに平五郎が食べているのを見ていた。
飯を食べたら皿を片付け、部屋に戻り床に置かれた本の山から一冊取り出し読み始めた。
その一冊の本は小田心作が書いた詩集の本だった。小説とは違い字が少なく、重業は早く読み終わった。
「やっぱ、心作の詩はいつ読んでも良い」
誰もいない部屋で重業一人で呟いた。
それから暫くの間は天井を眺めていた。
重業はふと暇と思っていた。
「仕方ねぇ。久々に書くか」
重業は重い体を動かし紙と万年筆を出した。
これと言った物語は決まっておらず重業は何気に書き出した。何気に書いていた筈なのに止まることなく紙に文字を浮かび上がらせ物語の話が進んでいく。
すると突然、重業は一枚の原稿用紙を握りくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。
重業は顔を顰めていた。
物語の話が進まなくなりそこで止まってしまい、重業は何度も何度も続きを書いていましたが納得のいくものが書けずキガツケば部屋の周りには丸まった原稿用紙其処ら中に落ちていた。
重業は頭を掻き、煙草をを吸い、酒を飲みながら小説を書いていった。
すると外から平五郎の鳴き声が聞こえ重業は外を見ると空はすっかり暗くなっていた。
重業は慌てて部屋から出ていき平五郎のご飯を用意してついでに自分の分も作った。重業は誰かに言われた訳でもないがご飯を食べる時は必ず平五郎と一緒に食べる事にしていた。
重業は手を合わせ「頂きます」と言い箸を持って食べ始めると平五郎も食べ始めた。
平五郎も重業が「頂きます」と言うまでは例え誰かに餌を用意されても決して食べないとても賢い犬なのです。
重業が用意したご飯を良い食べっぷりを見せる平五郎に重業は思わず笑ってしまう。
「そんなに慌てて食わなくても、飯は逃げねぇぞ」
重業がそう言うと平五郎は一旦食べるのを止めて重業を見たが、ものの数秒でまた飯に食らいつく。重業は微笑みながら味噌汁を啜った。
晩飯を食べ終え皿を片付ける重業。そして部屋に戻り万年筆を握る。左手で顎を撫でるように触り何を書こうかと悩んでいた。一考に考えても何も浮かばず重業は着替えて羽織を肩に掛けて家に出た。
向かった先は赤春雀の家だった。
知り合いの家に着けば時間は夜の十時は回っており正直この時間は寝ているのではと重業は思いながら玄関の戸を叩いた。
「どなた?」
玄関の鍵を開け出てきた雀は如何にも不機嫌な顔をしていた。
「飲まねぇか。俺が奢るぞ」
「分かったから静かにして、今寝ているから」
「誰かいるのか?」
重業は雀の言葉が気になり尋ねた。
「住み込みの家政婦兼恋人よ。少し嫉妬深くて口煩いの」
「なんだ男か。それは悪かったなそれより早く行くぞ」
「男じゃないわ」
「女か?」
雀はなにも言わず急かす重業を玄関に置いて部屋に戻り新しい着物に着替えて書き置きの手紙を残して静かに家を出た。
二人は横に並んで歩きながら他愛無い話をしていた。
何処にでも聞く馬鹿っぽい話。
少し歩けば少しボロいバーのような店があり二人は迷わず中に入る。中に入ればとても綺麗で清潔があり色んな本がありとあらゆる場所に置かれいた。カウンターには一人の女性が煙草を吸って立っていた。
客は一人も居らず二人はカウンター席に座りメニューも見ずに女性に酒とつまみを注文した。
「それで、いったいどういう風の吹き回し?」
「新作を考えていてな。でもどれもしっくりこねぇ。その相談だ」
「大方、二人と約束でもしたの?」
「いや、約束はしてねぇ。ただ新作を書いてあいつ等に読んでほしくてな」
「そう」
雀は目の前に置かれた酒のグラスをゆっくりと飲みながら重業の話を聞いていた。
「あなたはどんなものが書きたいの?」
「それがわかったら苦労しねぇし、こうやって相談してもらおうとも思わねぇよ」
「それもそうね」
重業は笑いながら酒の入ったグラスを持ちグラスの半分位迄酒を飲んだ。そして御手上げと言わんばかりに両手を少し上げてひらつかせる。
「恋愛は?」
「思いつかねぇ」
「推理小説は?」
「ネタ切れ」
「サスペンスは?」
「無理。書いたことがねぇ」
「ホラー等の怪談話」
「良いな! だが、ピンと来ねぇ」
そこで雀は止まった。次に出る言葉はやや怒りを含めて言った。
「あれも無理、これも無理。一体私にどんな答えを求めているの? これ以上は付き合えないわ」
「悪いな。でも、どれもしっくり来ねぇんだよ。何かを書きたい。でも書けない。誰だってあるだろ」
「そうね。誰にでもあるわ。勿論私にもね。私達作家は書かないと生きていけないもの」
そこから二人は何も話さなくなった。店の中の空気が二人を覆い少し重く感じさせる。
其れでも二人は酒を飲み続けた。カウンターにいる女性も酒を以外二人はまるでそこにいないかのようにしていた。
時間が経ち早くて一時間。雀はまた口を開いた。
「友との別れは?」
「は?」
突然の言葉に一文字だけ、口から溢れた。
「そう言う別れ話の小説はどう?」
「あー、そういう事か、確かに悪くねぇな。いけるかもしれねぇ。なんだか書けるような気がするよ。ありがとな」
「別に。奢ってくれるって言うからその対価を支払っただけよ」
雀はそう言うとそっぽ向き酒が回っているのか頬と耳が赤く染まっていた。重業は小さく笑いながら雀の頭を撫で少し子供扱いをしている。それが癪に障ったのか「子供扱いするな」と少し怒っている。
「悪い々々。じゃあ大人の扱いをしてやろうか」
悪い顔をする重業を見て雀は仕返しをするかのように右手に持っていた煙草を思いっきり吸って重業の顔に吹き掛け勝ち誇ったかのような顔をしていた。
重業は少し咳き込みながら懐に二人分の金を払い店を出て雀は何故か自分の家ではなく重業の家迄二人は歩いた。雀は当たり前のように重業の家に入り、重業も何も言わず雀を自分の家に、部屋に招き入れた。
そして二人は共に夜を明かした。
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