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出立 そして危機と出会い

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「では、竹千代。気をつけて行ってくるのですよ」
「はい。母上。いずれまた、必ずやお会いましょう」
 
 竹千代と於大の方は、再び別れることとなる。
 於大の方は、この機会を作ってくれた時田に礼を述べた。
 於大の方にも時田達の任務を説明し、協力を得ることが出来た。
 
「時田殿。此度の事、なんとお礼を申し上げて良いのか……広忠殿の事も、よろしくお願いします」
「無論です。万事、この時田にお任せ下さい!」
 
 最後に、於大の方は竹千代に話しかける。
 
「竹千代。広忠殿によろしくと、お伝え下さい」
「はい。母上。お元気で」
 
 時田達は久松らに別れを告げ、安祥城へ向かった。
 暫く歩き、気が付けば三河に入る頃であった。
 
「さて、いざ三河へ、ということですが……竹千代様、お母上とは存分に話せましたか?」
「はい。お陰様で。話したい事はまだまだ山程ありましたが、今はそれどころではありませんし……生きてさえいれば、いつでも機会はありますので」
 
 すると、竹千代はとあることに気が付く。
 
「そう言えば、時田殿も策の算段はついたのですか? 私達が話している間、話し合っていたようですが……」
「はい。久松様も快く引き受けてくださりました。まぁ、時間はかかるそうですが……」
 
 時田達は念の為に人目につかぬよう、三河に入ってからは人があまり通らない道を選んで歩いていた。
 それが、仇となる。
 
「……竹千代様。止まってください」
「……え?」
 
 安祥城は、西三河にある。
 そして、今川義元は西三河に進出していた織田信秀を警戒していた。
 今川義元は西三河の奪還を目論んでおり、多くの間者を放っていた。
 尾張から三河へ入った者を、それも織田方の城からでてきた者を見逃す筈が無かった。
 
「……囲まれています」
「っ!」
「動かないで下さい。下手に動けば、危ないです」
 
 時田は慎重に行動する。
 人目につく道を選んでいればこんなことにはならなかったのだろうという後悔も既に遅く、時田は次の対処を考えていた。
 もしここで何かあれば、信長の努力や久松の準備、全てが台無しになるからである。
 すると、目の前に男達が現れる。
 
「貴様ら、何者だ」
「只の、商人でございます」
 
 時田は頭を下げ、すぐに答える。
 しかし、その嘘はすぐに見破られる。
 
「ならば品はどうした? 城からでてきた所は見ておる。全て売り切った訳ではあるまい? 言い逃れは出来ぬぞ」
「……それは……」
 
 時田は何か言い逃れが出来ない物かと、思考を巡らせる。
 しかし、それを阻むかのように男達は続ける。
 
「何故幼子と二人きりでおるのか聞こうか。女子と幼子、二人きりで城から出てくるとは……怪しい。正体を話せ」
 
 男達はまだ刀を抜いてはいない。
 しかし、問答を間違えば、すぐにでも斬り掛かってくる雰囲気であった。
 
「先程も申し上げました通り、商人でございます。品物は現在、久松様の城にて荷下ろしなど、作業がございますので遅れております。我ら二人は戦によって親を失った姉弟にございます。先に次の商売先へ交渉するために我ら二人のみで城を出た次第にございます」
「……ならば、荷がここを通るまで待とう。問題無いな?」
 
 時田は少し考えた後、仕方ないかと頷く。
 竹千代は少し怖いのか、時田の服の裾をずっと掴んでいた。
 
「問題ありません」
「……」
 
 時田達は暫くの間、そこで待った。
 来るはずの無い荷をひたすらに。
 もう日が暮れようとした頃、流石に男達が痺れを切らした。
 
「……来ぬな。やはり嘘か。無駄な時間を過ごしたな」
「……おかしいですね。流石に時間がかかり過ぎですが……」
 
 時田はひたすらに時間を稼ぐ。
 それが今の所の最善策であると考えた。
 
「城に戻って様子を見てきても?」
「……その場合、弟は置いて行け。人質だ。もし帰って来ぬのなら……」

 男は刀を抜く。

「……分かっておるな?」
「……いやー! 参った参った! まさか荷車が壊れるとは!」
 
 すると、突如として声が響く。
 尾張の坂部城の方角から、荷車を押した男がやって来る。
 
「……おや? 何故このような所に居られるのですか!? 次の場所へ向かわれたのでは!?」

 十歳ほどの見た目の若い男は頭を下げつつ、時田の目を見る。
 ヘラヘラとした様子とは裏腹に、その真っ直ぐな瞳から、何かを感じた。

「……え!? あ、あぁ! ちょっと、色々あってね! 全く、遅いですよ!」
「も、申し訳ありませぬ!」
 
 荷車を押していた男は時田の前に駆け寄り、地面に膝をつき、頭を下げた。
 
「……さ、これで分かったでしょう? 予期せぬ事もありましたが、分かって貰えましたか?」
「……良いだろう」
 
 男は刀をしまう。
 そして、道を開けた。
 
「さぁ、いくが良い」
「ありがとうございます」
 
 時田達は頭を下げ、通過する。
 男達の監視が無くなったことを確認した時田は、荷車を押す男に声をかけた。
 
「……助かりました。あのままでは、死んでいたかもしれません」
「いやいや、助けとなったのならばよかった! 何やら揉めている声が聞こえたもので、なんとか出来ぬかと思いましてな!」
 
 男は荷車を叩き、続ける。
 
「この荷車もあの者達を誤魔化すために用意したもの。針売をしておったのですが、儲けや残っていた針を交換したりして、この荷物と荷車を手に入れたのです。いや~苦労した! 時間がかかってしまいましたが、間に合って良かった!」
「……本当に、ありがとうございます。お名前は? 何かお礼をさせてください」
 
 男は頷き、続ける。
 
「木下藤吉郎と申します! 尾張中村の出で、色々とあって……家を飛び出して来たのです!」
「……え?」
 
 その名を聞き、時田は驚く。
 木下藤吉郎。
 その名は、歴史に詳しくない人でも一度は耳にしたことがある偉人の昔の名前である。
 その者の名は。
 
「……じゃあ、君が豊臣秀吉って事?」
 
 時田は気が付けば、後の天下人を二人連れていたのだった。
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