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4章: 波のまにまに愛を求めて

4-9 細い体躯

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「・・・くん?・・・ょっと!」


「蓮見くん!」


はっと我に帰った。
気づくと僕は、土砂降りの雨の中砂浜にぺたんと座り込んでいた。



「ちょっと!長いわよ!風邪ひくじゃない!」



神永もまた雨に打たれながら体を震わせている。いつの間にか雨が降り出していたようだ。すぐそばでは飛沫を上げて波が荒れ狂っている。時間にしてどれくらい経ったのだろう。僕はどうやら少しの間気を失っていたようだ。まるで、何かに取り憑かれていたかのように、先程までただぼーっと砂浜を見つめていた。



「ちょっとこの子運ぶの手伝って。波から離れたいの。その後に警察を呼ぶわよ。」



迷わぬ動作で、彼女は少年の死体の両肩を掴んだ。お前は足の方を持て、ということだろう。

青白く変色した彼の脛が、ズボンの裾から見える。



「・・・いいんだけど。警察を呼ぶなら、僕はいなかったことにしてくれないか。この子はお前1人がたまたま外出しているところ発見して、お前が引き上げた、と警察に説明してくれ。」



「どうしてよ?」



「実は少し前と、その前にも色々あって、警察の世話になってるんだ。両親もその事は把握してる。こう短期間に何度も事件に巻き込まれていると、流石に目立ちすぎるだろ?」



「チッ・・・使えないわね。」



彼女は低く舌打ちをした。



「本当なら、その役目は貴方だったのだけれど。」



「オイ。言っとくけど、今後も僕はそういう役回り出来ないからな。もう、リーチがかかってるんでね。」



自分で言ってて何のリーチだか分からないが、とにかくリーチはリーチだ。もうこれ以上、両親を召喚するような事は避けたい。片方だけでもキツイのに、これ以上両方揃うと僕の胃に穴が開いてしまう。彼女も警視庁長官の1人娘という事で、色々と面倒な事があるのかもしれないが、知ったことではない。僕よりはマシだろう。


僕は屈んで少年の細い脛を掴んだ。



ーーー冷たい。



そして、少年の体はとても軽い。神永とこうして2人で運ばずとも、1人で事足りるぐらい軽い。よく見ると少年の体は思ったよりもだいぶ痩せているような気がする。足首も、僕の腕より細いんじゃないんだろうか。

彼は一体今までどんな短い人生を送ってきたのだろう。彼には、彼自身を愛してくれる存在がいただろうか。こうして死んでしまった彼を、心から悼んでくれる人がいるだろうか。この細い体躯を抱きしめて、咽び泣いてくれる人がいるのだろうか。



とりあえず波が来そうに無いところまで運び終え、なるべく丁寧に砂浜に寝かせた。僕の掌には、まだ彼の骨の感触が残っている。



「それで、警察を呼ぶ前に聞くけれど、一体何を視たの。随分と具合が悪そうだけど。」



彼女は僕の顔を訝しげに覗き込んだ。そうだろう。自分でもわかるくらい、今の僕はきっと酷い顔をしている。



「・・・ただただ気分の悪いものを見させられたんだ。しかし、その割に、得られた情報が少なすぎる。」



「愚痴はいいわ。早く話して。」



僕が視たのは、「愛されたかったか」と問いかける少女の姿だけだった。見たところ年齢は、12、3歳といったところだろうか。ただ、実際はもう少し上の年齢かもしれない。手足も顔も酷く痩せこけていて、いまいち正確な年齢は分からなかった。薄汚れたワンピースを着ており、髪もボサボサと、とにかく酷い有様だった。

それと、感じ取ったのは猛烈に身を焦がす程の「愛されたい」という願望。少年が死ぬ前に抱いていた感情であり、それが頭の中の全てを埋め尽くしていた。死の恐怖など、まるで感じていなかった。目の前の海など、全く見えていなかった。ただただ愛されたいという願望に埋もれ、気づくといつの間にか記憶は終わっていた。



「異常な程に記憶が少ない。あと、単純に気持ち悪い・・・。」



先ほどの膨大な感情に僕はアテられていた。普通死ぬ前はぐるぐると色々な感情がごちゃ混ぜになっていたりするものだが、一つの感情があそこまで集まったものは見た事がない。甘ったるくて血生臭い、真っ赤な鍋底の中を覗き込んだような気味の悪さを感じた。



「洗脳、かもしれないわね。」



僕は頷く。



「僕も、そう思う。あんな頭の中身は見た事がない。洗脳じゃなきゃ説明がつかないよ。でも、そのせいで彼女に具体的に何をされて能力が発動したのかは、視る事が出来なかった。」



そうね、と短く答えてそれきり、彼女は何か考え込んでしまった。この状況の分析や、次の手立てのことでも考えているのだろう。

幼い子供の死体が横たわっている側で、高校生が2人雨に打たれながら話し込んでいるこの状況は、第三者から見たらとても奇妙に映るだろう。



「なぁ、考え込むのはいいけどとりあえず、僕帰ってもいいかな。また何か思いついたら呼んでくれ。」


夏とはいえここまでずぶ濡れだといい加減寒い。


「さっきも言ったように、後処理は頼んだ。」


身体を震わせながら僕は言う。だが彼女は何も答えない。一点を見つめ、まだ何かを思考しているようだ。僕はそれを「帰っても良い」という事だと勝手に解釈し、そのまま帰路についた。


家に帰った僕はその後、熱に浮かされた。恐らく雨に長時間打たれたせいで風邪をひいたのだ。傘を持って行けばよかったと後悔した。神永も、あの様子じゃ風邪をひくかもしれない。彼女の免疫力は、僕なんかよりもよっぽど低そうだ。

思えば、今回の彼女は彼女にしてはかなり体を張ってくれている方だ。警察への説明も彼女がしてくれるし、今回の僕の負担はかなり少ない。それに関しては胸がすく思いだが、次会う時にそれについての恨み言を言われるかもしれないと考えると、それはそれで気が重くなる。

意識が朦朧とする中、カーテンから差し込むわずかな朝日がやけに眩しく感じられた。僕はそれを振り払うように寝返りを打ち、目を瞑る。

あの少女は一体何者なのだろう。何故あの能力を得るに至ったのだろう。どうして子供たちを殺すのだろう。彼女の能力の正体とは?

そんな事をぐるぐると思考している内に、僕の意識は微睡の中に消えていった。



その日、夢の中で声を聞いた気がした。「愛して欲しかった?」と問いかける、あの少女の声を。

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