上 下
43 / 43
4章: 波のまにまに愛を求めて

4-9 細い体躯

しおりを挟む
「・・・くん?・・・ょっと!」


「蓮見くん!」


はっと我に帰った。
気づくと僕は、土砂降りの雨の中砂浜にぺたんと座り込んでいた。



「ちょっと!長いわよ!風邪ひくじゃない!」



神永もまた雨に打たれながら体を震わせている。いつの間にか雨が降り出していたようだ。すぐそばでは飛沫を上げて波が荒れ狂っている。時間にしてどれくらい経ったのだろう。僕はどうやら少しの間気を失っていたようだ。まるで、何かに取り憑かれていたかのように、先程までただぼーっと砂浜を見つめていた。



「ちょっとこの子運ぶの手伝って。波から離れたいの。その後に警察を呼ぶわよ。」



迷わぬ動作で、彼女は少年の死体の両肩を掴んだ。お前は足の方を持て、ということだろう。

青白く変色した彼の脛が、ズボンの裾から見える。



「・・・いいんだけど。警察を呼ぶなら、僕はいなかったことにしてくれないか。この子はお前1人がたまたま外出しているところ発見して、お前が引き上げた、と警察に説明してくれ。」



「どうしてよ?」



「実は少し前と、その前にも色々あって、警察の世話になってるんだ。両親もその事は把握してる。こう短期間に何度も事件に巻き込まれていると、流石に目立ちすぎるだろ?」



「チッ・・・使えないわね。」



彼女は低く舌打ちをした。



「本当なら、その役目は貴方だったのだけれど。」



「オイ。言っとくけど、今後も僕はそういう役回り出来ないからな。もう、リーチがかかってるんでね。」



自分で言ってて何のリーチだか分からないが、とにかくリーチはリーチだ。もうこれ以上、両親を召喚するような事は避けたい。片方だけでもキツイのに、これ以上両方揃うと僕の胃に穴が開いてしまう。彼女も警視庁長官の1人娘という事で、色々と面倒な事があるのかもしれないが、知ったことではない。僕よりはマシだろう。


僕は屈んで少年の細い脛を掴んだ。



ーーー冷たい。



そして、少年の体はとても軽い。神永とこうして2人で運ばずとも、1人で事足りるぐらい軽い。よく見ると少年の体は思ったよりもだいぶ痩せているような気がする。足首も、僕の腕より細いんじゃないんだろうか。

彼は一体今までどんな短い人生を送ってきたのだろう。彼には、彼自身を愛してくれる存在がいただろうか。こうして死んでしまった彼を、心から悼んでくれる人がいるだろうか。この細い体躯を抱きしめて、咽び泣いてくれる人がいるのだろうか。



とりあえず波が来そうに無いところまで運び終え、なるべく丁寧に砂浜に寝かせた。僕の掌には、まだ彼の骨の感触が残っている。



「それで、警察を呼ぶ前に聞くけれど、一体何を視たの。随分と具合が悪そうだけど。」



彼女は僕の顔を訝しげに覗き込んだ。そうだろう。自分でもわかるくらい、今の僕はきっと酷い顔をしている。



「・・・ただただ気分の悪いものを見させられたんだ。しかし、その割に、得られた情報が少なすぎる。」



「愚痴はいいわ。早く話して。」



僕が視たのは、「愛されたかったか」と問いかける少女の姿だけだった。見たところ年齢は、12、3歳といったところだろうか。ただ、実際はもう少し上の年齢かもしれない。手足も顔も酷く痩せこけていて、いまいち正確な年齢は分からなかった。薄汚れたワンピースを着ており、髪もボサボサと、とにかく酷い有様だった。

それと、感じ取ったのは猛烈に身を焦がす程の「愛されたい」という願望。少年が死ぬ前に抱いていた感情であり、それが頭の中の全てを埋め尽くしていた。死の恐怖など、まるで感じていなかった。目の前の海など、全く見えていなかった。ただただ愛されたいという願望に埋もれ、気づくといつの間にか記憶は終わっていた。



「異常な程に記憶が少ない。あと、単純に気持ち悪い・・・。」



先ほどの膨大な感情に僕はアテられていた。普通死ぬ前はぐるぐると色々な感情がごちゃ混ぜになっていたりするものだが、一つの感情があそこまで集まったものは見た事がない。甘ったるくて血生臭い、真っ赤な鍋底の中を覗き込んだような気味の悪さを感じた。



「洗脳、かもしれないわね。」



僕は頷く。



「僕も、そう思う。あんな頭の中身は見た事がない。洗脳じゃなきゃ説明がつかないよ。でも、そのせいで彼女に具体的に何をされて能力が発動したのかは、視る事が出来なかった。」



そうね、と短く答えてそれきり、彼女は何か考え込んでしまった。この状況の分析や、次の手立てのことでも考えているのだろう。

幼い子供の死体が横たわっている側で、高校生が2人雨に打たれながら話し込んでいるこの状況は、第三者から見たらとても奇妙に映るだろう。



「なぁ、考え込むのはいいけどとりあえず、僕帰ってもいいかな。また何か思いついたら呼んでくれ。」


夏とはいえここまでずぶ濡れだといい加減寒い。


「さっきも言ったように、後処理は頼んだ。」


身体を震わせながら僕は言う。だが彼女は何も答えない。一点を見つめ、まだ何かを思考しているようだ。僕はそれを「帰っても良い」という事だと勝手に解釈し、そのまま帰路についた。


家に帰った僕はその後、熱に浮かされた。恐らく雨に長時間打たれたせいで風邪をひいたのだ。傘を持って行けばよかったと後悔した。神永も、あの様子じゃ風邪をひくかもしれない。彼女の免疫力は、僕なんかよりもよっぽど低そうだ。

思えば、今回の彼女は彼女にしてはかなり体を張ってくれている方だ。警察への説明も彼女がしてくれるし、今回の僕の負担はかなり少ない。それに関しては胸がすく思いだが、次会う時にそれについての恨み言を言われるかもしれないと考えると、それはそれで気が重くなる。

意識が朦朧とする中、カーテンから差し込むわずかな朝日がやけに眩しく感じられた。僕はそれを振り払うように寝返りを打ち、目を瞑る。

あの少女は一体何者なのだろう。何故あの能力を得るに至ったのだろう。どうして子供たちを殺すのだろう。彼女の能力の正体とは?

そんな事をぐるぐると思考している内に、僕の意識は微睡の中に消えていった。



その日、夢の中で声を聞いた気がした。「愛して欲しかった?」と問いかける、あの少女の声を。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

1000文字以上10000字未満のジャンルさまざまな短編小説集

醍醐兎乙
ライト文芸
1000文字以上10000字未満のジャンルさまざまな短編小説集です。 それぞれの話に繋がりはありません。 カクヨムにも投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...