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2章: リンドウの花に、口づけを

2-2 助っ人、登場。(挿絵あり)

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「お、学校お疲れ~!」



「ユ、ユズキさん!?」



先日神永に指定された場所は公園だった。広い市民公園。その中で特に人気の少ない道で、1件目の事件が発生したのだ。

そして問題の街灯の側には、あの権藤の下にいたユズキさんが立っていた。ギャル系ファッションに身を包んでいる。やはり彼女はギャルだ。僕は清楚系の方が好みでギャル系は苦手だ。



「助っ人ってユズキさんだったんですか?でも、権藤は『うちに2度と関わるな』って・・・」



「あれ、あのキツイ性格した女の子から話聞いてないの?神永ちゃん、だっけ?あの子バリ美人だよね~。あの子と権藤さん、手を組むらしいよぉ。」



派手なマニキュアを確認しながら、彼女は答える。



話はこうだった。権藤は能力者が欲しい。そして神永は能力者をどうにかしたい。利害が一致した彼女らは「神永(僕が)能力者を捕まえて権藤側に送る代わりに、権藤は能力者を捕まえるのに協力する」という関係を結んだということらしい。

よく考えたものだ。確かに法的に捕まえられないのなら、権藤に渡して仕舞えば良い。そうすればあちら側が上手いこと能力者をコントロールするだろう。コントロールできない場合はいくらでも『処理』する力が彼らにはある。

しかし、権藤もなかなか器が広い。あれだけ僕達にコケにされたのに。恐らく彼は利用されていることにも気づいているが、寛大な心でそれを受け入れている。それ程までに能力者を集めることに執心しているということだろうか。



「つまりユズキさんは犯人を捕まえるための『戦闘員』ということですか。」



「そゆこと!あとアタシのことは『ユズキ』で良いよ。ウチそういう上下関係とかあんま好きじゃないし。」



ユズキさんは笑顔でピースする。ノリが軽い。本当にこの人でいざという時大丈夫なのだろうか、と一抹の不安を覚える。



「そんで、これからどうするの~?確か、レイ君は死者の記憶を読み取れるんだよね?」



今日は鬱陶しいほどの夏晴れだ。雲一つない青空に、喧しい蝉の声が聞こえてくる。このクソ暑いなか、あまり外に長時間いたくない。今回は早めに終わらせたいところだ。



「そうですね。今からそれをします。まずは・・・」



「いやガン無視じゃん!タメ口で良いってば~!」



笑いながら、肩をバシバシと叩いてくる。
痛い。そして距離が近い。



「いや、ちょっとそれは・・・」



そんなやり取りをしつつ、僕は注意深く地面を観察する。



「あ、あった。」

「何がー?」



僕はその場にしゃがみ、血痕を確認する。ユズキさんもそれを覗き込む。アスファルトの放つ熱気で、より一層空気が熱くなった。



「それじゃあ今から能力を使うんで、暫く静かにお願いします。あと、あんまり人に見られるのもアレなんで、もし誰かに話しかけられたりとかしたら、上手いこと誤魔化して下さい。」



「あぁ・・・うん、オッケー」



ユズキさんは少し動揺する素振りを見せ、了承する。これから何が行われるのだろう、と疑問に思っているのだろう。

僕としてはあまり他人が近くにいる状態でやりたくないのだが、仕方ない。幸い、この市民公園はかなり広い上にこの道はあまり人が通らない。制服を着た男子高校生がギャルと多少変なことをしていても、周囲の注目を集めることはない。



一呼吸置いて、袖をまくる。指先に意識を集中させ、血痕がついた地面に軽く触れた。



もう季節は夏に差し掛かっている。強い陽射しの熱を溜め込んだ地面が、僕の指先を刺激し、それと共に情報も流れ込んだ。



夜。後ろから突き飛ばされる。振り向くと男が立っている。恐怖。よく見ると片腕が無い。ふと上を見上げる。青藍に光る街灯。鳴り響く警笛音。列車が近づく音。何が起きているか分からないことへの不安感。乱れる呼吸。汗ばむ額。突然視界が乱れる。宙を浮く自分。地面。痛み。ひしゃげた手足。飛び出た骨。流れる血。動転。恐怖。混乱。次第に薄れ、途切れる意識。



「ゲホッ!ゲホッ!おぇっ!」



急激に覚醒する意識と共に、僕は激しく咳き込み、その場にうずくまった。アスファルトの熱さで火傷しそうだが、今は身を起こす事が出来ない。



「えっ!ちょ、大丈夫!?」



僕の背中をさするユズキさんに、僕は片手を上げて応じ、急いで立ち上がった。制服が燃えるかと思った。

やはりこの使い方は負担がかかる。何度この使い方をしても慣れる気配がない。

それはそうと先程の記憶、色々と不思議な点があった。いや、ありすぎだ。



まず、被害者は突然片腕のない男に突き飛ばされる。見た目は割と若めだったか。20代ぐらいだろう。そしていつの間にか頭上にある街灯は青く光り始め、列車の到来を告げる警告音が鳴り始めた。この付近に線路は無い筈なのに、だ。おまけに列車の近づく音が次第に大きくなったかと思えば、突然、何の前触れもなく被害者の体は衝撃で宙に吹き飛んだ。

不可解だ。これ程訳の分からない現象は見た事が無い。というか、本当にこれが1人の人間によって引き起こされたものなのか。俄には信じ難い。こんな芸当ができてしまう、僕達の能力とは、一体何なのだろうか。





「わけわからんね~」



公園から場所を変え、僕たちは近くの喫茶店に入った。時刻はもうすっかり夕方であり、もうすぐ暗くなり始める頃だ。



「ええ、全くです。あれが全てあの片腕の無い男の能力によるものなら、恐ろしいですね。」



水滴のついた、テーブルに置かれたコップのコーラを僕は眺める。

被害者はまるで透明な電車に轢かれたかのような状態だった。あれが人の能力によるものだと考えると身の毛がよだつ。



「この調子で残りもやってくんだよね?大丈夫なん?なんか調子悪そうだったけど・・・」



彼女はストローで頼んだメロンソーダをぐるぐるとかき混ぜる。入れられた氷がグラスに当たり、涼しげな音を立てる。



「大丈夫ですよ。前にも連続で使いましたけど、全部あんな感じでしたし、体はなんとも無いんです。」



それでも彼女は心配そうな表情だ。

どうやら彼女は良い人らしい。僕があの場にうずくまった時も僕のことを心配してくれていた。権藤の下にいるからといって、冷酷な性格というわけでも無いらしい。むしろその正反対にすら見える。これだけ人の良さそうな人間が、何故権藤の下についているのだろうか。

僕はそれを、聞いてみることにした。



「あの、ちょっと踏み込んだ質問になるようで恐縮なんですけど、どうしてユズキさんは権藤の下にいるんですか?なんというか、ユズキさんはあんまりその、権藤とは性格が合わなそうというか。」



メロンソーダに浮かんだアイスクリームを美味しそうに頬張る彼女に、僕は質問した。



「んー、私は親が元々エーテル会に入っててね~。私がまだ小さい頃から。でもすぐ色々あって両方死んじゃって。身寄りがなくなった私を拾ってくれたのが権藤さんなの。」



少し踏み込み過ぎてしまったようだ。ここはとりあえず謝っておく。



「・・・すいません。聞かない方がよかったですかね。」



「いーのいーの。もう大昔のことだし。それでまぁ~なんていうか、恩返し的な?そりゃ権藤さんがちょっとヤバい人で、平気で人とか殺しちゃう人だってのは分かってるけどさ・・・。でもあの人、根は多分悪い人じゃ無いし・・・でも今後も悪いことしようとしてんのは分かってんだけど・・・」



そこまで言うと、彼女は背もたれに深く腰掛け、宙を仰ぐ。



「うーん・・・自分でもどうしたいか分かんないかな!ぶっちゃけ、その内権藤さんの下は離れるかも!まぁあの人がそれを許してくれるとはあんまし思えないケド。」



こともなげに、彼女は自身の心情を話してくれた。僕に対しては特になんの警戒心も抱いていないらしい。

それを聞いて、僕は彼女が助っ人で良かったと思った。そこまで権藤に対して忠誠が強く無いのなら、とりあえず僕が背後から彼女に刺されるような危険性は低いだろう。もしもの時にも、それなりに安心して彼女には任せられる。



「それにしても、権藤はこの能力者を捕まえてどう利用するつもりなんでしょう?」



能力的に、間違いなく人殺しに使う能力だ。権藤はどうやら能力者を使って人を殺める気満々のようだが、そのことについて神永はなんとも思わなかったのだろうか。



「さぁ・・・。まあ間違いなく物騒なことに使うつもりだよね・・・。まぁ、神永ちゃんとの約束もあるし、能力者はいればいるだけ良い、みたいな考えなんじゃない?」



その日は、ユズキさんと連絡先を交換、今後の日程を決めて解散をした。駅前で無邪気に手を振る彼女に、軽く一礼して見送った。手を振りかえすのは流石に気恥ずかしい。

あの人はなんとなくだが、いつか権藤の元を離れるだろうと改めて思った。彼と彼女は、あまりに波長が合わない。ああいうタイプの人間が、権藤のような人間の下で働くのはストレスだろう。



帰路に着く中、僕は今後のことを考えていた。

正直、現場を調べるだけならユズキさんはそこまで必要では無い。だが、用心に越したこともない。放火犯は犯行後現場に戻ってくるとも言うし、何よりあの片腕の男と同じ『一線を超える能力者』が側にいるのは心強い。あんな性格だが、能力は強力だ。犯人を捕まえるにはもってこいの力である。権藤がこちらに寄越したのも納得の理由だ。

だが同時に「もし彼が協力してくれなかったら」と考えると恐ろしい。その場合、神永は一体どういう作戦で、僕に犯人を捕まえさせようと思っただろうか。彼女の不気味な笑みを思い浮かべ、少し悪寒がした。
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