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1章:死後の不在証明

1-7 音無幽子(挿絵あり)

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「やあ、レイくん。どうしたの?浮かない顔だねぇ。」



同じ美術部の先輩、音無幽子先輩に部室に入る際に声をかけられた。



「えぇ、まぁ。ところで、面白い噂を聞いたんですよ、幽子先輩。」



彼女は美術部とオカルト同好会を兼部していて、こういう話には目がない。あまり期待はできないが、情報収集にもなるだろう。



「へ~確かに、それだけ自殺が連続していると妙だね。しかも全部飛び降り。何者かが自殺を誘導していると。まぁただ、怪談としては微妙かな。設定と情報が少なすぎるよ。もっと背景を練らないと。」



「いえ、怪談としての質を聞いているわけではなく。似たような話聞いた事ないですか?もしくはそういうのを見たり体験したりとか。そういう所によく行くでしょう。」



彼女はアクティブな性格をしており、そういう類の噂がある場所に直接出向いてはよく危険な目に遭っている。最近では、夜な夜な土を掘る音が聞こえるという事で行ってみると、明らかにカタギでない男2人組が人の大きさほどの何かが入った袋を埋めている現場に遭遇したそうだ。



「いや~あの時は参ったねぇ。後ろから『待てゴラァ!!』ってドスの効いた声で追いかけられてさぁ。顔は見られてないと思うんだけど。心霊スポットって聞いて行ったのに、まさか心霊スポットになる真っ最中だったとは!」



そう言って彼女は不気味にニヤニヤと笑っていた。オカルトというよりかはそういう非現実的なスリルが彼女は好物なのだ。嗅覚が優れているのか、そういう星の元に生まれているのか、彼女のこういう話は枚挙にいとまがない。それ故に僕の『趣味』にも役立つので、よく彼女とは会話をするようにしている。



「うーん、その話は初めて聞いたからね。現場に出向いた事は無いなあ。それに似たような怪談も沢山あるから、よく分からないなぁ。よくあるんだよねぇ。魅了したり取り憑いたりして殺すタイプの怪談って。」



顎に手を当て足を組み直し、最もらしい口調で先輩は語り始めた。



「ときに、どうしてこういった幽霊は生きている者を引き込んで殺したりするんだと思う?」



少し考えてから僕は答える。



「逆恨みとか八つ当たりとか寂しいからとかですかね。あとは自分の居場所を荒らされて怒ったりとか。」



幽子先輩はまだまだだねぇと、言いたげな表情だ。



「まあ確かにそういうことも考えられるけど、私は別の見方をしている。」



「あれはね『思いやり』なんだよ。彼ら彼女らのね。」



「思いやり?」



「そう。『今君が生きている世界よりも、死後の世界の方が楽だよ。君に合ってるよ。』ってね。そういう『善意』なのさ。」



「だとしたら、ずいぶん傍迷惑な善意ですね。」



ふふっ、と彼女は笑う。



「果たして本当にそうかな。人によってはそれが本当にいいことなのかも知れない。この世界を生きづらいと思っている人にとっては背中を押してくれるいいきっかけになっているかもよ?」



「何故そう思うんです?」



「こんなに望んでいるのに、私はいまだに幽霊を見た事がない。つまり、私のようにこの世界をエンジョイしている人間に幽霊は興味を持たないということなのさ。自明の理だろう?」



「・・・」



「そうだ!じゃあ今回のオカルト同好会はその一連の自殺現場巡りといこうじゃないか!」



彼女は元気よく椅子から立ち上がる。また始まってしまった。



「運が良ければ君か私に幽霊が取り憑いてくれるかもしれないぞ。しかも2人で行けばどちらかが取り憑かれた場合、片方を助けることもできる。素晴らしいアイデアだろう。」



正直気は進まない。何せ先輩は危険を引き寄せるトラブルメーカーだからだ。過去何度も僕は痛い目にあってきている。しかし今回に限っては何か決定的な情報を引き寄せる存在になるかもしれない。リスクはあるがリターンも望める。

僕は少しの間逡巡した。



「・・・いえ、先輩とのデートは丁重にお断りします。過去何度か先輩の奇行に付き合いましたが、全部ろくな目に会っていません。第一、勝手に僕をオカルト同好会にカウントするのもやめて下さい。」



やはり、自分の命は惜しい。神永からの報酬は欲しいが、命には代えられない。危険な能力者を引き寄せて最悪2人とも死ぬ可能性もある。安全に調査を進める為にも、先輩にはついて来てほしくない。



「おいおいだからいいんじゃ無いか~。私達は『ユウ』『レイ』コンビだろう~?あと私の事はゆうちゃん先輩と呼べと何度も言ってるだろ。頑なに先輩と呼ぶのは君だけなんだぞ。」



「とにかく、僕は今からコンクールに提出する作品を描き始めるので幽子先輩は向こうに行っててください。」



「あー話を逸らしたな~。嘘をつけ嘘を!君は美術部を適当な休憩室としか見てないだろ。」



「それは先輩もそうでしょ。事件現場巡りなら別のオカルト同好会の後輩と行ってください。」



「誰も私とそういうところに行きたがらない事を知っててそう言っているだろ、君。」



そそくさと僕は教室を出る。



「なんだもう帰るのかい?」



「先輩が居たんじゃうるさくて作品が描けないので。家でやります。」



よく言うよ、と後ろから悪態をつく先輩を背に、僕は部室を後にする。彼女から有力な情報を得られるかもと思ったが、無駄足だったようだ。



「『今君が生きている世界よりも、死後の世界の方が楽だよ。君に合ってるよ。』ってね。そういう『善意』なのさ。」



先ほどの幽子先輩の話を頭の中で反芻した。仮にこの一連の自殺が能力者によるものだとして、その能力者もそのような思想の元、事件を起こしているんだろうか。



「死んだ方が楽、か。まぁ分からんでもないけど。」



だが仮にそうだとしても、それをするかどうかの決断は当人がするべきものだ。それを勧めようが止めようが、そういった介入を他人がして良いはずがない。結局のところ今回の件は悪意にせよ、善意にせよ、大した違いは無い。どちらも僕と同じ類の人間のクズだ。いや、殺人を犯している以上人間ですら無い。死に強く魅せられ、倫理観を失った哀れな獣だ。

しかし神永は、この事件をどうしたいのだろう。能力者を探しているとは言っていたが、探してどうするつもりなのか。この能力者の暴走を止めたいのだろうか?彼女にそういった正義感があるようには見えないが。別に隠すつもりも無いようだし、機会があれば能力者探しの目的について聞いてみることにしよう。
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