ある日常のお話

竜泉寺成田

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アンドロイド人

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意識と自我とは別のものに他ならない。
 
「我思う故に我あり」。
デカルトは考える意識をもって自己の存在を確認した。

しかし、意識は自我ではない。断じて。
私こそが自我の欠けた人間であるから。
この書記を書いている私はたしかに意識をもって行動しているだろう。
私は私を考えることができる。
哲学的ゾンビではない。

しかし、私とは何か。
こう問われた時、私は何も答えられない。
もう少し具体的に述べるならば、私は何がしたいのかさっぱり分からない。

自我。自我。自我。自我。ああ、自我。

一体どこにあるのだろう。

やりたい曲もなければ、聴きたい曲もない。入れ込むような熱烈な情熱を注ぐ趣味もない。
好きな女をどうしても手に入れようとする激情もない。
最近は、もう、食べたいものもなくなってきた。
 
欲望が生を象り、彩るのだとしたら、欲望の減退はそのまま死に向かっている。
欲がなければ人間ではない。
生を欲するものが人間だとすれば。
人間を人間たらしめているのは欲望に他ならない。
 
私は、ずぅっと周りに合わせて生きてきた。
真の賢人は周囲と軋轢を生まないことが後の利益になると理解しているはずだ、と固く信じ続け、この真理を意識している私は真の賢人なのだと自惚れてきた。
選曲をまかせ、旅先もまかせ、席もまかせ、進路もまかせた。
自らがやりたいことなどしない方が世の中うまくいく。
そう、思い込み、芽吹き始める自我を押さえ込んで生きてきた。
 
たしかに、人望は得た。
人望?
そんな美しいものではない。
 
周りに合わせた結果、私は都合のいい1ピースに過ぎなくなっていた。
 
なくなったら完成しない。
色付きのピースだ。
決して真ん中の方にはない。
なかったら気付く人もいるだろう。
 
しかし、あっても存在を放つことはないし、存在をこわれるような重要なピースではない。
雰囲気を維持するため、主要なピースが幸せを感じるためだけに、わざわざ余分に作られたピース。
それが、それこそが私なのである。
 
色が綺麗ならそれでいい。
私がどんな材質でできていようが、構わない。
私が単体で何を表す部分なのかは全く気にならない。
 
ただ、洋館の、光さす一部屋の、椅子に座る、幼き少女の、ドレスの裾の、ボタンのヘリを表しているピースが、周りができあがってから消去法でうめられればそれでみんな満足だ。
 
私がいないことを嘆く人はいる。
それは幸せなことかもしれない。
少なくとも私はくずかごには行かずにすんでいる。
一度使われたら、飽きられ廃棄されるティッシュペーよりかはマシかもしれない。
 
でも、私がいて、嬉しい人はいない。ほとんど。
周りの数ピースは喜んでくれる。
私が埋まったことで、自分が輝けるから。
 
これが私の人生である。
 
自我は意識に包まれ、意識は皮膚でコーティングされ、人は存在する。
 
皮膚のすぐ下に意識はある。
精神はある。皮膚のすぐ下に。
思考する機械。精神=意識=思考。
 
骨がなければ立てない。人間にはなれない。どうしてもなれない。
自我は、自我こそが人間味を与えるのである。
 
私は私という意識をもったハリボテで、どうやら人間味というものを胎内へ置いて生まれてきてしまったようだ。
生まれた時から、私は死んでいた。
 
私は私だと認識できる。
しかし、私は自我を持たない。
 
アンドロイドのようだ。
 
まだ、アンドロイドの方が救いがある。
奴らは意識がない。悩まなくてすむ。
 
我らアンドロイド人は悩む。悩みの種も分からず、悩む。自我もなく、悩む。
答えはハナからない。やりたいことがないのだから。解決などしようがない。
 
あるのは、承認欲求のみ。
周りに合わせて生きていく。自我もなく、生きていく。さながら、人の形をした社会のように、流れに流され、生きていく。
 
我らアンドロイド人は、空っぽの胸に虚しさを詰め込んで、晴れぬ寂しさに気づきもせずに、笑って、笑って、笑って、笑って、譲って、譲って、心を殴って、他人の生を、生きていく。
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