死にたい私と生きたい君

赤井積木

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「何してるの」

 意図的に低い声で問いかけた優希に対して、瑞稀は「あはは」とバツの悪そうな乾いた笑い声を向ける。
 流石に怒っていることは伝わったようだ。

「一緒に学校行こうと思って、寄った」

 確かに、瑞稀の家の位置から学校に行くまでにこの辺りを通るから寄ったというのは間違いではない。
 だが、学校で声をかけられるくらいは想像していたが、まさか家に迎えにくるなんて思いもしなかった。

「私は君と関わるつもりはないんだけど」

 こういうのは濁したりせずに率直に言ってしまおうと、思い告げれば瑞稀は小さく頷く。

「それは何となくわかってる」
「なら、私に関わらないで。君みたいな人間嫌いなんだよ。普通に迷惑。昨日は流れで仕方なく会話したけど、今後はもう付き纏わないで」

 変に解釈されないようにはっきりと伝えるが、瑞稀は別にショックを受けたような表情をするわけでもなく悲しげに眉を歪めたりはしなかった。

「迷惑だろうな、って気持ちもある。でも俺優希と友達になりたいんだよね」
「はあ?何だそれ」

 思わず大きな声をあげてしまう。
 近くにいたサラリーマンが驚いたようにこちらを振り返ったのを見て、思わず口を押さえる。

「とりあえず、学校行くか。遅刻する」

 瑞稀に流されている感じがしつつも、確かにこのままここで立ち話をしていれば遅刻してしまう。
 優希は昨日と同じように瑞稀の先を歩く。
 そんな優希の隣に立つように、瑞稀も歩き始める。

「……なんで私なんかと友達になりたいわけ?君と友達になったらボクが自殺しなくなるなんて考えてないよね」

 住宅街を抜けて、学校近くの道路沿いを歩きながら瑞稀に問いかける。
 自分なんかと友達になりたいなんて、なにか裏があるしか考えられなかった。だが、優希自身に何かの価値があるわけでもない。
 学内で目立っている存在でもないし、特別顔がいいわけでも性格がいいわけでもない。
 その理由を考えた時に浮かんできたのは、そのことだった。
 瑞稀は命を大事にするという価値観のようだし、昨日のしつこさとお節介ぶりをみればそう思わずにはいられなかった。
 優希の問いに対して、瑞稀は一瞬驚いたような顔をしてすぐに否定した。

「別にそんな都合のいいこと考えてねぇよ。俺は優希が何で死にたいと思っているのかわからないし、俺と友達になったところで簡単にその考えを改めてくれるなんて思ってもない」
「なら、なんで」
「強いていうなら俺のため?」
「君の?」

 自分のため、という言葉が出てきて優希は少し驚く。
 瑞稀のことはよく知らないが、昨日の行動パターンからしてどちらかと言えば誰かのために動くタイプだと思っていたからだ。

「俺ね、もうすぐ死ぬんだ」

 その告白に、優希は思わず瑞稀の方に視線を向ける。
 瑞稀はふざけている様子などなく、ただまっすぐ前を見ていた。

「……それって」

 どういう意味か。そう聞こうとした時、優希の肩に誰かの手が置かれた。
 そちらを向けば、そこにいたのは同じクラスで同じ文芸部の赤桐岬だった。

「おはよう、優希。珍しく今日は一人じゃないんだね」
「……うん」

 赤桐が来たことで、瑞稀に聞けなくなってしまった。瑞稀は、突然現れた赤桐に対して少し驚いているようだった。

「あれ、誰と一緒かと思えばC組の成瀬くん?」
「あぁ。えっと赤桐岬さんだよね?」
「うん、そうだよ。優希と成瀬くんって関わりあったんだ?」

 赤桐の問いかけに優希は頷く。
 馬鹿正直に「昨日自殺しようとしてたところを止められた」なんて言えるはずがない。
 赤桐は「ふーん」とどこか納得のいかなさそうな声を上げる。
 何となく、隠し事しているのがバレているような気がしたが赤桐の性格上深くは踏み込んでこないだろう。

「赤桐さんと優希って仲良いの?」

 瑞稀の問いかけに赤桐はすこし考えるような仕草をする。

「どうだろう?ただの部活仲間って感じかな。仲良いかな?私たち」
「いや、その認識が一番あってると思う」
「だよね」

 赤桐とは部活では話すが、教室ではあまり話さない。
 別に嫌いあってるとか、そういうわけではなくお互い一人でいることが好きなのだ。
 優希は人間嫌いで最低限は他人と話したくもないし、赤桐は一人で読書するのが好きなようだからお互いに踏み込みすぎない関係を続けていた。

「そうか」
「そうだよ。あ、ていうかもうそろそろ予鈴じゃない?」
「うわ、本当だ」

 学校が見えてきて、正面にある時計に目をやれば時刻は八時五十分だった。
 赤桐の言葉に優希と望美は少し歩くスピードを早める。
 周りにいた生徒たちも急いでいて、まるで昇降口に吸い込まれるように消えていく。

「じゃ、俺こっちだからまたね。優希、赤桐さん」

 下駄箱に入ると、瑞稀と別れる。
 結局、あの言葉の意味を聞くタイミングを逃したと思いながら赤桐と共に上履きへと履き替えて教室へ向かう。
 その道中、赤桐が優希の制服を少し引っ張り呼び止めた。

「ねぇ、優希」
「なに?」
「気をつけたほうがいいよ。彼」

 赤桐の言葉に優希は思わず苦笑する。
 気をつけるも何も、もうすでに色々と手遅れのような気がしていたからだ。
 
「多分、あいつ……優希の嫌いなタイプだから」

 それだけ言うと、赤桐は自分一人でさっさと教室に入ってしまった。
 嫌いなタイプ、それも当たっている。
 
 さすが、趣味を人間観察と言い切るだけはあるな。そんなことを思いながら優希も後を追うように教室に入った。

 その日、授業はつつがなく終わった。
 授業は、だ。

 問題だったのは休み時間。
 他クラスだと言うのに、なんと瑞稀が毎回優希の前に現れたのだ。
 だが、うるさく話しかけてくるわけではなくただ遠くから見てくるだけ。
 瑞稀のことをストーカー気質なのか、と気持ち悪くて思いつつも優希は徹底的に無視した。
 もう直ぐ死ぬと言うのはどう言うことだと。聞きたい気持ちがなかったわけではない。ただ、他の人も大勢いる上に瑞稀に声をかけたくなかった。
 なにせ、休み時間毎に今まで来ていなかった他クラスの生徒が来るとなれば、注目されないわけがない。

 それに、瑞稀は学内ではある程度有名人だ。
 スポーツ万能、成績優秀で顔も整っている。女子からの人気もあると聞く。

 そんな他の生徒が注目している中、優希に声をかけたくなかったのだ。

 今日は部活の活動日でもないし、瑞稀が来る前にさっさと帰ってしまおうと荷物をまとめて立ち上がる。
 だが、そんな優希の考えを見抜いているかの如く瑞稀は目の前に現れて「一緒に帰ろう」と言ってのけたのだ。

「君、ボクのストーカーなの?」

 思わず口に出してしまう。

「は?なわけないだろ。別に盗撮したいとか思わないし、優希の使ったもの欲しいとか思わないし」
「君のストーカーの定義おかしいでしょ」

 付きまとい行為からストーカー行為に入ることを認知していないようだった。
 ため息をつきつつ、優希は教室を出る。
 そして、勿論瑞稀もその後に続いた。

 昨日や朝とは違い、瑞稀は静かだった。
 ただ、二人並んでただ歩いているだけ。
 何を思って瑞稀はついてきているのだろうと考えながらも、わかる気もわかろうとする気もしなかった。

 優希の自宅がある住宅街に入ろうとした時、優希の腕が掴まれる。

「ちょっと、話したいことあるんだけど」
「……なに?」
「ちょっと、そこの公園で話さなそうぜ?」

 望美が指さしたのは、優希が小さい頃にはよく遊んでいた公園だった。
 木々が生い茂り、遊具は錆びている。一応いまも整備は入っているらしいが、ゲームやスマホが発達した今では誰もこんな寂れた公園で遊ぶものはいなかった。

 だから、誘いに乗ったのはただの郷愁。

 優希は公園に入れば、誰もいなかった。
 生い茂っている木の間から、夕陽が差し込んでいて公園はオレンジ色に照らされていた。
 瑞稀は「懐かしい」と笑いながら錆びたブランコに腰をかける。
 少し揺らせばブランコは、キーキーという悲鳴をあげていた。そんな瑞稀の隣に優希は腰をおろす。

「で、何?」
「……いや、なんかさ。率直にいうのもアレなんだけど。なんで優希は死にたいって思っているんだ?」

 本当に率直だ。
 優希は思わず笑ってしまった。

「言うと思ってるの?それ」
「いや、言わないと思ってる。だから探ってみようかなって今日一日見てた」

 少し納得した。
 遠くから眺めているから、本当にストーカーだと思っていたがそれを探るためならなんとなく納得した。

「別にいじめられてるわけでもないだろ?家で何かされているわけでもなさそうだし。お前の父さん優しそうだったし」
「まあ、別に。関係ないし」

 優希の言葉に、瑞稀は驚いたように目を見開く。
 ならなんで、と言いたいような表情だ。

「死を望む人が、必ずしも現状が辛いわけじゃないんだよ」
「そういうものか……」

 優希の言葉はきっと瑞稀にとっては予想外のものだったのだろう。
 そんな瑞稀のことを馬鹿にしながら、優希はニヤリと笑う。

「で、君はなんで死ぬの」

 不躾な質問をされたのだ。こちらも不躾な質問をしてもバチは当たらないだろう。
 その程度の気持ちだった。答えが返ってこなくてもそれはそれでいい。
 ただ瑞姫に対しての意趣返しのようなものだった。
 だが、瑞稀は少し悩んだように「そうだな」と笑う。

「……感情欠落症って知ってるか?」

 病の名前だろうか。
 だが、優希はそんな病の名前は知り得なかった。首を横に振ると瑞稀は淡々と語る。

「その名前の通りだよ。発症したら感情がどんどん欠落していく。喜びも、悲しみも、怒りも。それ以外にも意思や欲望全てが欠落して最終的には死にいたる。そんな病」
「それで、君はその病気なの」
「そう。余命はあと一年って言われてる」

 聞いたことのない病名、聞いたことのない症状。
 そして余命一年という言葉。どこか現実味がないと思いながらも瑞稀は嘘をついていないだろうなという根拠のない確信があった。
 命を大事にしている。そう言っていた瑞稀が、自身がもうすぐ死ぬなんて言葉を吐くわけがない。

「それでもうすぐ死ぬの」
「そ、一年も持つかもわからないけどな。原因不明、治療方法も不明。進行は個人によって違うらしいからな」
「へぇ、いいな」

 思わず、口から漏れた言葉だった。
 ギロリと睨まれる。それは怒りからくるものだろうか。
 ずっと笑っていた瑞稀のそのような顔に少し驚きながらも、確かに生を望んでいながらも死ぬ相手に今の言葉は不躾だったろう。

「ごめん、口が滑った」
「……別にいい。優希が死にたいって思っているの知っているし」

 瑞稀は呆れたようなため息をついて自分を納得させているようだった。
 
 けれど、いいなと思ったのは本心だ。
 自殺ではなく、病気で死ぬ。それは優希の理想だった。

「でさ、優希。一つ提案があるんだけど」
「何」
「俺たち、付き合わない?」
「はあ?」

 瑞稀の提案は突拍子もないものだった。

「付き合ってよ。俺が死ぬまでの間」

 瑞稀は笑みを浮かべて優希の顔を覗き込んでくる。
 その笑みは、とても優しげでそれでいてどこか悲しそうな、諦めたような、どこか後悔を滲ませたような。そんな不思議な笑みだった。

「……なんで私なの。君だったら私じゃなくても他にも付き合ってくれるような女いるでしょう」
「それがさ、みんな俺が病気だってわかってから気使ってくるからさ。なんか付き合いづらくて」
「へぇ。でも、私は君に付き合う気はないよ」

 優希の言葉に、瑞稀はあからさまに不満気な声を漏らした。

 だって、優希にとって昨日出会った瑞稀が死のうがなんだろうがどうでもいい。
 それに付き合うなんて最も面倒くさそうな関係になるつもりもない。

「……そうだな。じゃああんまりこんな手は使いたくないけど」

 声を顰めた瑞稀に眉を潜める。

「優希が死にたがってるの、両親に言うかな」
「は?」
「お父さん優しそうだったからな。娘が死にたがっているなんて知ったら驚くんじゃないか?」

 確信したように告げる瑞稀に思わず立ち上がり、頬を叩く。
 頬を叩いた手のひらがジンジンと痛む。だがそこに罪悪感を抱くことはなく、ただ怒りしかない。

「嫌なら付き合おうぜ。別に、損はないと思うけど?ほら、俺って結構顔いいし」
「ふざけないで。私はお前みたいな人間嫌いだ」

 叩かれたことをものともせずに、瑞稀はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。

「付き合ってくれないならいいよ。まじで言うから」
「……最低」

 だが、瑞稀はやる。そんな確信があった。
 それに父親には今日の朝、友達ということを肯定してしまっている。なんなら彼氏と思われている。
 そんな人物が「娘さん、死にたがってます」なんて言ったら信じる可能性が高い。
 そんなことになったら両親には泣かれて、根掘り葉掘り聞かれることは間違いないし、さらに最悪カウンセリングに行かされかねない。

「どうする?付き合う?付き合わない?」

 瑞稀は握手するかのように手を差し伸べる。
 そんな手を憎々しげに睨みつけるも優希はもう手を取るしかなかった。
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