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7話
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息が苦しい。もうダメだ。
運動なんてすごく苦手なはずなのに、今私は状況的に走るはめになっていた。そうなったのも、全部自分のせいではあるのだが、相手もやけになっているのではとさえ思う。
「カルホ!!!ストップしろーーーーっ!」
そう叫ぶ碧は初めはすごく遠くにいたのだが、私の脚力では敵わず、碧にもう少しで追いつかれそうになっている。
あの変化球作戦も失敗に終わったはずなのに、碧が必死になって私を追いかけ回している。今日の碧は一段としつこかった。追いかけられて嬉しい気持ちが半分、苦しいのが半分だ。
ここは誰かに助けを……。
そういえば兄!いや、だめだ……今日は兄は塾じゃん!
放課後の週3日、最近兄は塾に通うようになっていた。もちろん、父からの勧めではあるが、兄は反対することなく、すんなり塾に入った。なぜか母も少し遠慮がちに勧めた塾だった。学力も学年トップで、塾に入る必要などないはずなのに、塾に入る兄を可哀想だと思った。兄だけ牢獄に閉じ込められるみたいで。
そんなこと考えてる間に、碧追いついてきた!どうしよう……!
碧は不敵な笑みを浮かべながら追いかけて来ている。だから、もし、碧が人気者でもイケメンでもなければ、きっと犯罪を犯す人に見えるのだろうと思った。おかしいかもしれないけれど、そのくらいのオーラを今、碧はまとっている。必死になっているからだろう。
曲がり角に差し掛かったところで、荒くなった呼吸のまま、私は無理矢理カーブした。その瞬間、勢い余って上履きで滑ってしまい、転んでしまった。その時に頭は打たなかったからよかったものの、左腕と腰を強く打ちつけてしまった。
「カルホ!!大丈夫かっ!?」
あーあ。碧が来ちゃったよ……。
転んだ姿勢のまま、私は起き上がることなく、そう思った。そして、私は咄嗟に目を閉じた。
私の側にいる碧が、その様子を見て異変を感じ、1人でパニックになっている。
「え?嘘だ!……カルホーーー!!!」
笑いそうになる。けれど、必死にこらえて目を閉じ続けることにした。碧の様子をもう少し耳で聞いていたいから。
「いや……そんな……こんな所で死んじゃダメだって!」
追いかけてくるのは正直想定外だったけれど、嬉しかったのだ。こんな時も自分のことを心配かけてくれることも。でも、碧の心配とは他所に、私は死んでなどいない。
「あ!そうだ」
碧が何かを思いついたようだ。
ん?先生でも呼ぶのかな?それはちょっとめんどくさいな。目を開けようかな……。
「心肺蘇生だな!こういう時は!」
碧のその言葉を聞いて、瞬時に私はカッと目を開けた。
それだけは恥ずかしくて避けたかった。碧に体を触られるなんて、恥ずかしくて耐えられない。
しかも、碧が心肺蘇生なんてしてるところを想像すると、むちゃくちゃになりそうな感じもする。
私がゆっくり体を起こすと、ようやく私の様子に気づいた碧がびっくりして、わっと声を上げた。碧は本気で心肺蘇生をするつもりだったのだろう。私の体の近くに手を構えていた。
「びっくりするじゃん!てか、カルホ大丈夫なのか??」
私はさっきまで笑いを堪えていたはずなのに、本当に私に何かあったと心配する碧の様子を見ていて、嬉しくなった。碧にこんなに心配されると、心の奥の方がじーんと温かくなる。
「もしかして頭打った?それとも、どこか痛むか??」
さらに心配する碧。
ありがとう、碧。大丈夫だよ。
その思いが伝わるように、私は頭をぽんぽんと軽く叩きながら、碧にニコリと笑った。
「頭大丈夫なのか?それならよかった~~~」
いつものように優しくて、気にかけてくれる碧が私は好きだ。そう、私はきっと碧が好きなのだ。
今まで自覚のなかった感情を、今になってようやく実感することができた。
碧は私の顔をじっと見つめる。そして、見つめたまま、碧の右手が私の方へと伸びてきた。その手は私の頭を優しく撫でる。
頭というか顔が熱くなる。自分の全神経がマヒしたかのように、ピクリとも動けなくて、私はきっと顔が真っ赤だろうと思った。
こんなに碧のことを想っている自分がいるなんてと思った。嬉しくてたまらなくて、でも少し戸惑いもあって。このまま私達の邪魔がいなければいいのにと思った。
「カルホ……?」
私の顔を見つめたまま、碧が不思議がっている。
きっとそれは私の反応がじっと何かを待っているかのように見えたからだろうか。いや、それは思い違いで、碧は駆け引きや計算などはしないし、通用しない。
碧の気を引きたくてたまらない。
そう思った時には、碧は私が起き上がれるように両手を目の前に差し出してくれていた。
この手は握ってもいいのだろうか。
そう意識すると、なんだか自分が今からいけないことをするみたいで、興奮と少しの恐怖を感じた。
戸惑っている内に、ある声のせいで、この幸せな時間というものは急に幕を閉じた。
「あ!碧ー!」
そう、いきなり碧を呼ぶその女子の声の主は、あの人に違いないと思った。
碧が先に振り向き、遠くにいる彼女に向けて手を振る。そして、私も彼女を見た。
「間宮じゃん。どうしたんだろう?」
呟くように言う碧。
碧にとったら、間宮さんのことを話すのなんて何てことないのかもしれないけれど、私にとっては、間宮さんの名前すら今出してほしくない。ましてや、碧が間宮さんの存在に気づいたせいで、ここに間宮さんが来て2人で話したりするのじゃないのだろうかと不安になる。
その嫌な予感は当たり、間宮さんはどんどん碧の元へと近づいてくる。
そして、間宮さんは私達の近くまで走ってきて到着すると、私のことなんておかまいなしかのように、碧と対話をする。
「碧!移動教室でしょ?早く行かなきゃチャイム鳴っちゃうよ」
「お、やべ!あ、じゃあな。カルホ!」
そう言って碧は間宮さんとその場を颯爽と去って行った。
なんだよ……結局、そうなんじゃん。
碧に対して変な期待がなかったとは言えない。
それに、間宮さんもわざと私を無視しているのではないと思う。急いでいてそれどころじゃなかったのだろう。
落ち込んだのはそこじゃない。
碧が私に対して向ける態度は、きっとその他大勢の人と変わらないのだろうということ。
それがわかった気がして、落ち込んだ。
運動なんてすごく苦手なはずなのに、今私は状況的に走るはめになっていた。そうなったのも、全部自分のせいではあるのだが、相手もやけになっているのではとさえ思う。
「カルホ!!!ストップしろーーーーっ!」
そう叫ぶ碧は初めはすごく遠くにいたのだが、私の脚力では敵わず、碧にもう少しで追いつかれそうになっている。
あの変化球作戦も失敗に終わったはずなのに、碧が必死になって私を追いかけ回している。今日の碧は一段としつこかった。追いかけられて嬉しい気持ちが半分、苦しいのが半分だ。
ここは誰かに助けを……。
そういえば兄!いや、だめだ……今日は兄は塾じゃん!
放課後の週3日、最近兄は塾に通うようになっていた。もちろん、父からの勧めではあるが、兄は反対することなく、すんなり塾に入った。なぜか母も少し遠慮がちに勧めた塾だった。学力も学年トップで、塾に入る必要などないはずなのに、塾に入る兄を可哀想だと思った。兄だけ牢獄に閉じ込められるみたいで。
そんなこと考えてる間に、碧追いついてきた!どうしよう……!
碧は不敵な笑みを浮かべながら追いかけて来ている。だから、もし、碧が人気者でもイケメンでもなければ、きっと犯罪を犯す人に見えるのだろうと思った。おかしいかもしれないけれど、そのくらいのオーラを今、碧はまとっている。必死になっているからだろう。
曲がり角に差し掛かったところで、荒くなった呼吸のまま、私は無理矢理カーブした。その瞬間、勢い余って上履きで滑ってしまい、転んでしまった。その時に頭は打たなかったからよかったものの、左腕と腰を強く打ちつけてしまった。
「カルホ!!大丈夫かっ!?」
あーあ。碧が来ちゃったよ……。
転んだ姿勢のまま、私は起き上がることなく、そう思った。そして、私は咄嗟に目を閉じた。
私の側にいる碧が、その様子を見て異変を感じ、1人でパニックになっている。
「え?嘘だ!……カルホーーー!!!」
笑いそうになる。けれど、必死にこらえて目を閉じ続けることにした。碧の様子をもう少し耳で聞いていたいから。
「いや……そんな……こんな所で死んじゃダメだって!」
追いかけてくるのは正直想定外だったけれど、嬉しかったのだ。こんな時も自分のことを心配かけてくれることも。でも、碧の心配とは他所に、私は死んでなどいない。
「あ!そうだ」
碧が何かを思いついたようだ。
ん?先生でも呼ぶのかな?それはちょっとめんどくさいな。目を開けようかな……。
「心肺蘇生だな!こういう時は!」
碧のその言葉を聞いて、瞬時に私はカッと目を開けた。
それだけは恥ずかしくて避けたかった。碧に体を触られるなんて、恥ずかしくて耐えられない。
しかも、碧が心肺蘇生なんてしてるところを想像すると、むちゃくちゃになりそうな感じもする。
私がゆっくり体を起こすと、ようやく私の様子に気づいた碧がびっくりして、わっと声を上げた。碧は本気で心肺蘇生をするつもりだったのだろう。私の体の近くに手を構えていた。
「びっくりするじゃん!てか、カルホ大丈夫なのか??」
私はさっきまで笑いを堪えていたはずなのに、本当に私に何かあったと心配する碧の様子を見ていて、嬉しくなった。碧にこんなに心配されると、心の奥の方がじーんと温かくなる。
「もしかして頭打った?それとも、どこか痛むか??」
さらに心配する碧。
ありがとう、碧。大丈夫だよ。
その思いが伝わるように、私は頭をぽんぽんと軽く叩きながら、碧にニコリと笑った。
「頭大丈夫なのか?それならよかった~~~」
いつものように優しくて、気にかけてくれる碧が私は好きだ。そう、私はきっと碧が好きなのだ。
今まで自覚のなかった感情を、今になってようやく実感することができた。
碧は私の顔をじっと見つめる。そして、見つめたまま、碧の右手が私の方へと伸びてきた。その手は私の頭を優しく撫でる。
頭というか顔が熱くなる。自分の全神経がマヒしたかのように、ピクリとも動けなくて、私はきっと顔が真っ赤だろうと思った。
こんなに碧のことを想っている自分がいるなんてと思った。嬉しくてたまらなくて、でも少し戸惑いもあって。このまま私達の邪魔がいなければいいのにと思った。
「カルホ……?」
私の顔を見つめたまま、碧が不思議がっている。
きっとそれは私の反応がじっと何かを待っているかのように見えたからだろうか。いや、それは思い違いで、碧は駆け引きや計算などはしないし、通用しない。
碧の気を引きたくてたまらない。
そう思った時には、碧は私が起き上がれるように両手を目の前に差し出してくれていた。
この手は握ってもいいのだろうか。
そう意識すると、なんだか自分が今からいけないことをするみたいで、興奮と少しの恐怖を感じた。
戸惑っている内に、ある声のせいで、この幸せな時間というものは急に幕を閉じた。
「あ!碧ー!」
そう、いきなり碧を呼ぶその女子の声の主は、あの人に違いないと思った。
碧が先に振り向き、遠くにいる彼女に向けて手を振る。そして、私も彼女を見た。
「間宮じゃん。どうしたんだろう?」
呟くように言う碧。
碧にとったら、間宮さんのことを話すのなんて何てことないのかもしれないけれど、私にとっては、間宮さんの名前すら今出してほしくない。ましてや、碧が間宮さんの存在に気づいたせいで、ここに間宮さんが来て2人で話したりするのじゃないのだろうかと不安になる。
その嫌な予感は当たり、間宮さんはどんどん碧の元へと近づいてくる。
そして、間宮さんは私達の近くまで走ってきて到着すると、私のことなんておかまいなしかのように、碧と対話をする。
「碧!移動教室でしょ?早く行かなきゃチャイム鳴っちゃうよ」
「お、やべ!あ、じゃあな。カルホ!」
そう言って碧は間宮さんとその場を颯爽と去って行った。
なんだよ……結局、そうなんじゃん。
碧に対して変な期待がなかったとは言えない。
それに、間宮さんもわざと私を無視しているのではないと思う。急いでいてそれどころじゃなかったのだろう。
落ち込んだのはそこじゃない。
碧が私に対して向ける態度は、きっとその他大勢の人と変わらないのだろうということ。
それがわかった気がして、落ち込んだ。
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