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落とし物
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人生は、いつだってどうなるのかわからない。
それは、僕が昔、妹とやっていたオセロみたいなもので、たくさんひっくり返したと思った数分後には、何故か負けていたり、するような。
僕の人生も、そのオセロと一緒なのかもしれない。
僕は、英語の教科書を引き出しから出して準備すると、元々机の上に置いて置いた小説を手にとって読み始めた。
周りではクラスの連中が騒がしくお喋りをしている。そんななか教室の前の方から、女子たちのうるさい声が聞こえてきた。
「ツボミってなんでそんなに可愛いんだろぉ~」
「そうかな…」
通称クラスのお母さん桜井葵は、相変わらず真顔で大人しい少女、通称プニちゃんのほっぺを人差し指で優しく突いている。
どうやら、このあだ名は、彼女のホッペが柔らかいことから付けられたものらしい。それにしても酷いあだ名だ…。
僕は本に視線を戻すと、すぐに物語の中へと意識を飛ばす。いつまでも女子のことを見ていると、変態だと勘違いされる。面倒な事は嫌いだ。
放課後、僕が学校の校門を出ようとしたときだった。靴の裏に、感触があった。何かを踏んでしまったらしい。恐る恐る踏み出した足をゆっくりと上げてみると、それは白い熊のぬいぐるみ…いや、キーホルダーだった。
僕が踏んでしまったせいで、少し型がついてしまっている。これは持ち主に申し訳ないな…。
僕は、それをゆっくりと拾い上げる。
持ち主はまだ近くにいるだろうか。するとそのときだった。声が聞こえてきた。
「今日は食べてくるから、ご飯いらない、うん。うん、わかった。」
わずかだけど、確かに聞こえた。
実を言うと、僕はこのキーホルダーの持ち主を知っていた。
僕はそれを持ったまま、声の聞こえる方へと歩き出す。彼女はバス停の椅子に一人で座っていた。さっきまで電話をしていたようで、携帯を鞄の中にしまうところだった。
「なに」
僕が彼女の前に立つと、彼女は不思議そうに僕を見る。
当たり前だ。僕と彼女は言葉という言葉を交わしたこともない。ほぼ初めましてと言ってもおかしくはない関係だった。
「これ、君のだよね。違ったらごめん」
僕はそっと、さっき拾った物を差し出した。
彼女はそれを見ると、少し焦った様子で自分の鞄にキーホルダーがついてないことを確認すると、それを受け取った。
「ありがとう」
笑ってはいなかったけど、どこか嬉しそうな顔で、彼女はそういう。
白野崎蕾(しらのざき ツボミ)。
通称プニちゃん。
僕は彼女が、このキーホルダーを鞄に付けているのを目にした事があったのだ。
「でも、さっき踏んじゃってさ。ごめん。」
僕は素直に謝る。前からつけてるからもしかしたら結構大事な物だったりしたんじゃないだろうか。
「ううん。洗ったら取れるから大丈夫だよ。ありがとう」
彼女は、珍しく少しだけ笑ってそう言った。彼女の嬉しそうな顔を僕はこの時初めて見た。教室にいる彼女はいつだって真顔だ。別にブスっとしているわけでもない、明るい顔をしているわけでもない、単なる真顔。まさに無と言えるほどに。
だからこの時、少しだけ、彼女が笑顔になったことに驚いたのだ。
「じゃあまた」
落とし物を届けただけの割には長くここにいる事に気付いて、僕はすぐに帰ることにした。
「うん、また」
彼女はそう言って、小さく手を振った。
それは、僕が昔、妹とやっていたオセロみたいなもので、たくさんひっくり返したと思った数分後には、何故か負けていたり、するような。
僕の人生も、そのオセロと一緒なのかもしれない。
僕は、英語の教科書を引き出しから出して準備すると、元々机の上に置いて置いた小説を手にとって読み始めた。
周りではクラスの連中が騒がしくお喋りをしている。そんななか教室の前の方から、女子たちのうるさい声が聞こえてきた。
「ツボミってなんでそんなに可愛いんだろぉ~」
「そうかな…」
通称クラスのお母さん桜井葵は、相変わらず真顔で大人しい少女、通称プニちゃんのほっぺを人差し指で優しく突いている。
どうやら、このあだ名は、彼女のホッペが柔らかいことから付けられたものらしい。それにしても酷いあだ名だ…。
僕は本に視線を戻すと、すぐに物語の中へと意識を飛ばす。いつまでも女子のことを見ていると、変態だと勘違いされる。面倒な事は嫌いだ。
放課後、僕が学校の校門を出ようとしたときだった。靴の裏に、感触があった。何かを踏んでしまったらしい。恐る恐る踏み出した足をゆっくりと上げてみると、それは白い熊のぬいぐるみ…いや、キーホルダーだった。
僕が踏んでしまったせいで、少し型がついてしまっている。これは持ち主に申し訳ないな…。
僕は、それをゆっくりと拾い上げる。
持ち主はまだ近くにいるだろうか。するとそのときだった。声が聞こえてきた。
「今日は食べてくるから、ご飯いらない、うん。うん、わかった。」
わずかだけど、確かに聞こえた。
実を言うと、僕はこのキーホルダーの持ち主を知っていた。
僕はそれを持ったまま、声の聞こえる方へと歩き出す。彼女はバス停の椅子に一人で座っていた。さっきまで電話をしていたようで、携帯を鞄の中にしまうところだった。
「なに」
僕が彼女の前に立つと、彼女は不思議そうに僕を見る。
当たり前だ。僕と彼女は言葉という言葉を交わしたこともない。ほぼ初めましてと言ってもおかしくはない関係だった。
「これ、君のだよね。違ったらごめん」
僕はそっと、さっき拾った物を差し出した。
彼女はそれを見ると、少し焦った様子で自分の鞄にキーホルダーがついてないことを確認すると、それを受け取った。
「ありがとう」
笑ってはいなかったけど、どこか嬉しそうな顔で、彼女はそういう。
白野崎蕾(しらのざき ツボミ)。
通称プニちゃん。
僕は彼女が、このキーホルダーを鞄に付けているのを目にした事があったのだ。
「でも、さっき踏んじゃってさ。ごめん。」
僕は素直に謝る。前からつけてるからもしかしたら結構大事な物だったりしたんじゃないだろうか。
「ううん。洗ったら取れるから大丈夫だよ。ありがとう」
彼女は、珍しく少しだけ笑ってそう言った。彼女の嬉しそうな顔を僕はこの時初めて見た。教室にいる彼女はいつだって真顔だ。別にブスっとしているわけでもない、明るい顔をしているわけでもない、単なる真顔。まさに無と言えるほどに。
だからこの時、少しだけ、彼女が笑顔になったことに驚いたのだ。
「じゃあまた」
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彼女はそう言って、小さく手を振った。
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