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第十六章:破滅の妖精たち
16-18ジルの村
しおりを挟む私とルラは村長のラディンさんに付いて行って広場の反対側にある石造りの三階建ての建物に入って行く。
「いやはや、エルフの客人は久しぶりですじゃな。どうぞこちらへ」
「あ、はい、お邪魔します」
言われて建物の中に入る。
そこは居間になっているようでテーブルに複数の椅子があった。
と、奥からお婆さんが出て来る。
「あらあらあら、広場で騒ぎあって女神様が戻られたと聞いたけど、エルフのお客さんかしら?」
「あ、お邪魔します。私はリル、こっちは双子の妹ルラです」
「こんにちは~」
奥から出てきたお婆さんはにこにこしながら椅子をすすめてくれる。
そして手を振るとそこへお茶のセットが現れる。
「え”っ!?」
「お口に合うかどうか、うちの花壇で作っているハーブティーですよ」
そう言ってポットから湯気の立つお茶を入れて手渡してくれる。
それをラディンさんは当たり前のようにすする。
いや、これって魔法だろうけどこのお婆さん呪文を唱えずに……
「お姉ちゃんこのお茶美味しいよ!」
「え? あ、ああ、いただきます……」
ルラがそう言うのでハッとして私もお茶をいただく。
ひと口飲んで思わずお茶を見る。
「これって! 凄い、ハーブのいい香りに清々しさがあって、ミントのように口の中がさっぱりとする! しかもほのかな甘みがあって凄く美味しいです!!」
「あらあらあら、エルフの方にも気に入ってもらえてうれしいわ。そうそう、そう言えばお菓子も焼いていたのでしたっけ」
そう言ってこのお婆さんは手を振るとそこにパイが現れる。
お婆さんはにこにこしながらそのパイを切って渡してくれる。
「エルフの方は果物のお菓子が好きでしたよね? ナシを甘く煮込んでシナモンをふったパイです」
そう言って切り分けてくれたお皿を渡してくれる。
私はそれを受け取り見ると、白く半透明な密で煮込まれたナシがパイ生地の中にいっぱい入っている。
これ絶対に美味しいやつだ!
「い、いただきます」
ごくりと唾を飲んでフォークで切り分け口に運ぶ。
と、途端に口の中にさわやかなナシの香りにシナモンのちょっと癖があるけど強すぎず弱すぎずの風味が絶妙に広がる。
「これってっ!」
「お姉ちゃん、これすごく美味しい!!」
驚きお婆さんを見るとニコニコしながら自分もパイを食べている。
私は思わずお婆さんに言う。
「凄い美味しいです! シナモンの香りも絶妙な量でナシの風味を殺していない、しかもナシのさわやかさを残しつつ甘さも控えめでこのハーブティーに抜群に合います!!」
そう、このナシのパイはこのハーブティーにものすごく合う。
口の中に清々しさがずっと残る感じ。
これは凄い。
「うふふふふ、良かった。昔、転生前にベイベイの街で修行した甲斐がありましたね」
お婆さんはそう言って嬉しそうにする。
って、転生前??
「あ、あの、今転生前って……」
「あらあらあら、私は前世の記憶が戻っているのよ。ああ、そうだった、リルさんとルラさんはこの村は初めてかしら? この村のほとんどの者が転生者なのですよ、そして中には前世を思い出す者も多いのですよ」
お婆さんはそう言ってニコニコとお茶をすする。
そう言えばこの村は力ある魂の人が転生するって言ってたっけ。
しかもエルハイミさんがらみが多いはず……
「あの、今無詠唱で魔法使いましたよね? 私もボヘーミャに留学していますので無詠唱の魔法使いなんて凄いって聞いてます」
「あらあらあら~、この村ではほとんどの者が無詠唱魔法の使い手なのよ~。勿論魔法が苦手な人もいるけどね」
そうにっこりと笑って言われる。
いややいや、無詠唱魔法の使い手がゴロゴロしている?
それって学園だったら大騒ぎの話よ?
「ははははは、そうでしたな。客人はこの村が初めてでしたな。シェル様から言われている通り儂が案内しますじゃ。当面我が家にお泊りくだされ」
ラディンさんはそう言ってパイプを取り出し掲げる。
タバコを吸っていいかどうかを私たちに聞いているのだろう。
私は無言でうなずくと、ラディンさんは軽く頷いてからパイプをくわえる。
そして、指でトンっとパイプを叩くとそこから煙が立ち上る。
ここでも無詠唱で火をつけている。
生活魔法は呪文を唱え、イメージさえすれば誰でも使えるけど無詠唱でこれを使うとは……
「して、リル様とルラ様は村のどんなところが見たいのですかな?」
煙が私たちにかからない様に横を向いて吐き出すラディンさんはそう聞いてくる。
私はお茶のカップを置いてからラディンさんに話始める。
「実は、エルハイミさん……いえ、女神様に私の友人をこの村に転生させるかどうか聞かれました。彼女は私の親友で、今度こそ幸せになって欲しいのです。女神様の話では強い魂なのでこの村に転生させるのが良いと言われまして……」
「なるほど、女神様のおすすめであれば間違いないでしょう。あなたのご友人はこの村に転生すればきっと幸せになれるでしょう」
ラディンさんはにこにこしながらそう言う。
しかし……
「失礼ながら、ラディンさんも転生者ですよね? その、生前の記憶は??」
「ええ、もう戻っておりますじゃ。儂は早い方で十歳の時には記憶が戻りましたが、先生に指導を受けていて混乱をする事もなく無事に今の自分も受け入れる事が出来ましたじゃ」
「先生?」
ラディンさんの先生って言ったらかなりの御高齢になるのかな?
「ラディンさんの先生ならすっごいお年寄り?」
私が思っていたことをルラがナシのパイをもごもご食べながら聞いている。
ちょっと、お行儀が悪いって!
「はははは、流石に儂を指導してくれた先生はお亡くなりになってしまいましたが、すぐにこの村に転生されて今も子供たちを指導してくれておりますじゃ、今では儂よりずっと若い姿で日々色々を教えてくれておりますのじゃ」
そう言うラディンさんの眼はとてもやさしかった。
「あの、もしかしてその先生って……」
「アイン先生と言いますのじゃ。もしかしてリル様は知っておりますかな?」
だっはぁーっ!
もしやと思ったらやっぱり!
アインさんと言えばあのちょっとほっそりした人だ。
シャルさんの思い人。
何度も転生しているって聞いたけど、ジルの村の先生って言ったらアインさんに決まっていた。
「あ、あの、もしかしてそのアインさんって人に皆さん指導を受けているとか?」
「そうですじゃな、アイン先生が十五歳になるまでは代理で当代のお父上が指導しますが、基本皆アイン先生に指導を受けた記憶がありますのじゃ」
そう言ってラディンさんは懐かしそうに遠くを見る。
「あれは儂が二回前転生した時ですじゃ、当時まだアイン先生は若く十五になる前でしたなぁ。儂の方が体は大人で強いはずでしたが、アイン先生には全く歯が立ちませんでしたじゃ」
当時を懐かしむ様にそう言うラディンさん。
いや、なんか聞いてると話がこんがらがる。
「へぇ~、その先生ってそんなに強いんだ」
もしゃもしゃとナシのパイを両手に掴みながら食べているルラ。
「ルラ! いくら何でもお行儀が悪い!! すみません、妹が無作法で……」
「良いのよ、若いって良いわねぇ~。まだまだ沢山有るから遠慮なく食べてね。うちの子供たちは大人になって家を出てしまったの、『前世の自分の娘に世話になるには気が引ける』とか言ってねぇ~。今は私の方が親なのだから素直に甘てくれてもいいのにねぇ」
自分の子供が転生したら自分の親だった件
いや、確かにそれはちょっと……
なんか複雑な気分になっているとラディンさんは笑いながら言う。
「まあ、そんなに嫌そうな顔をしなくても良いですじゃ。ここではそう言った事も普通に有りますからのぉ。そうだ、リルさんやルラさんも一度先生にお会いしては如何ですかの?」
複雑な顔をしていたらラディンさんは笑いながらそう言う。
確かに、もし静香がこの村に転生したらアイン先生の指導を受けるだろう。
ジュメルに加担してそして世界を滅ぼそうとしていた静香だけど、もしこの村に生まれ変わりそしてアインさんの指導で平穏で温和な生活が出来るなら……
「そうですね、是非合わせてください」
私はラディンさんにそう、お願いをするのだった。
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